GM11
『あぁ、そういえば』
いざ帰ろうとなった時、神様は何かを思い出したのか声を上げた。とことん人間臭い神様である、ド忘れとかするんだな。
『君達は何でこんな所まで来ていたんだ?ワタシは基本的に表立った行動が出来ない。なのでゲームでは入れないようになっていて、この世界でも人が滅多に立ち入らないこの場所でゲームマスターとして仕事をしていたのだ。墓に手を合わせに来たわけでもあるまいし、君達の目的いかんでは場所を移動した方が良いのかもしれん』
確かに、こんな隅っこの怪しい小屋になんて普通は近づかない。葬式があったとしてもそっちがメインなのだから小屋には気を向けないだろう。出会った時の緊張はどこへやらで普通に話してしまってるけど、目の前のこの人物は世界を作った神様なのだ。本来なら目にする事すらありえない存在だろう。
「えーっと…そのゲームの時に入れなかったっていうのが一番の理由で、この世界の人間になったから入れるんじゃないかという好奇心で来てしまっただけなんです」
「ここ意外にも色々試してたんだけど…なにかマズかったりしますかね?」
『ふむ…』
神様は少し考え込んだ後、納得した雰囲気で『うん』と呟いた。
『まぁ大丈夫だろう。この街に留まる元アバターは今の所君達だけだ。君達がワタシの事を言いふらさなければ早々見つかる事も無い。ただ…なるべくその辺りの事を調べるのは止めておいた方が良い、理由は分かるだろう?』
「その人物さんでしょ?」
「わかりました。他の人に教えたり、これ以上首を突っ込んだりはしないようにします」
『うむ、では行きなさい。もう会う事は無いだろうが、ワタシはこうして世界の裏から君達の生活を見守っている。健やかに、幸せに…この世界で生きてくれ』
俺とアテナは姿勢を正してお辞儀をすると、神様が居る小屋を後にした。日が傾き、すっかり薄暗くなった墓地を手を繋いでゆっくりと歩いて行く。
「………」
「………」
無言のまま歩き続け、やがて墓地を抜けて外に出る。本当に、別世界に行って居たかのような感覚だ。
「なぁ…さっきのアレ、良かったのか?」
唐突…では無く、ずっと聞きたかったであろう質問をアテナが問いただして来た。
「あぁ…まぁ、いいかなって」
アレとは当然、神様が提示してきたステリセットの事だ。俺はその提案を…受けなかったのだ。
「でも…ずっと気にしてたんだろ?」
「そりゃあな。でも、もういいんだ」
さっき俺が神様にした質問もあったせいかアテナは気にしてくれているけど、本当にもう大丈夫だ。その時の質問に答えてくれた神様のおかげで、俺はもうステータスに関しての負い目というものをスッキリ無くしていたからだ。
「そっか」
安心したように微笑むアテナの顔を見て、俺は思わずその顔に手を伸ばす。そのまま優しい手つきで頬を撫でていると、アテナは恥ずかしそうにしながら目を閉じた。
「………」
「…ん」
そういう雰囲気だったとはいえ、やはり往来でするものじゃ無いな…。墓地の近くで人通りが皆無だったのが救いだろう。
「帰るか」
「だな」
手を繋ぎなおして家路につく。いや待てよ、帰る前にみちのひらきで夕飯を食べて行こう。そして家に帰ったらグッスリ寝て、また明日の仕事への鋭気を養うのだ。
その次の日も、そのまた次の日も…俺はこの街で、アテナや街の人と一緒に何でもない日常を過ごしていく。ステ振りを失敗した初期キャラだった俺が、削除された果てに手に入れたのがこの幸せな日常だ。時間的にもうそろそろログインするであろう俺の元プレイヤーには、俺が手に入れた幸せの大きさなんか分からないだろう。
(俺を削除してくれてありがとうよ。ざまぁみろ。俺はきっと、お前よりも幸せだぜ…)