妻7
市場での軽食の後、アテナの提案でアルハの街を見て回る事になった。アテナは街の主要な施設や建物、そしてそこに居る人達を眺めて楽しそうに笑っている。まるでさっきの事が無かったような振る舞いに、俺はただ合わせる事しか出来なかった。
(触れられたくないって事は分かってる…けど、本当に放っておいていいのか?)
アテナとの付き合いは長いようで短い。気兼ねなく話せているのは俺達の性格がある程度プレイヤーの影響を受けているからで、プレイヤーのフレンドと話す感じならば問題無く話す事が出来る。しかし、今目の前に居るアテナはどう考えても距離感がバグった女友達みたいなもので、そこに女慣れしてない俺の性格が加わると上手く気を遣う事が出来なくなってしまうのだ。
(俺は…俺達は何でこんな性格で転生したんだろう?)
考えても分からない事だけど、さっきの俺の失言にも関係する事だ。俺は別に男のプレイヤーに使われていて男のキャラに転生した、けどアテナの場合は男のプレイヤーに使われていたのに女のキャラになってしまっている。きっとそれは俺が思っている以上に大変な事で、俺が無遠慮に聞いてはいけなかった事なんだろう。
「どうした?」
「なんでも…なくはない。やっぱ恥ずかしいわこれ」
俺はさっきまでの考えを誤魔化すように、繋がれた手を軽く掲げた。あんな事があった手前距離が離れるかと思いきや、移動する時になったらお構いなしに手を繋いでくっついて来たのだ。気まずいままよりは遥かにマシだけど、これはこれで恥ずかしいというものまた事実。現実になったアテナは、俺にとってあまりにも可愛い女の子過ぎる。
「えー。お前が手綱握っててくれないと、オレ好き勝手どっか行っちゃうぞ?あ!あれ何してんだろ?」
俺の手をぐいぐいと引っ張りながら、アテナはまた興味が引かれたのか人込みに近寄っていく。アテナはさっきからこんなこんな感じで、決して無理矢理楽しんでいるようでは無いという事に俺はさらに困惑を深めていた。
「なんだろ?アクセサリー?」
「みたいだな」
集まっていた人の隙間からそこを覗くと、そこはアクセサリー類の露店だった。指輪にイヤリングにネックレス…確かゲームの時は装備枠として2個まで身につける事が可能で、守備力はさておきステータスが上がるのでかなり貴重品だった覚えがある。まぁ、ここに並んでいるのは値段からして一般向けの物で、俺達が身に付けたとしても何の効果も無い物だろう。
「ふーん…」
興味深くアクセサリーを見つめるアテナを見て、やっぱりコイツは女なんだなと思ってしまった。そう、今になって確信出来たけど…やっぱりコイツは女なんだ。口調も基本的な性格もプレイヤーのフレンドそのままだけど、動きや所作というか…雰囲気を考えると女性としか思えない。
(これにさっさと気付けていれば、さっきみたいな変な事を聞かずに済んだのに…)
「よし、行こうぜ」
しばらく露店を眺めていると、アテナはそう言って俺の手を引いた。
「いいのか?」
「うん、気になったけどやっぱいいや」
(やっぱりいいって…?もしかして欲しいのはあったけど、俺に金を出させるのを遠慮したのか?)
どうやらアテナはゲームの時に持っていた金を物理的に持っていた訳では無かったようで、さっきの食事にしたって俺が全部払っていた。確かにさっきのアクセサリーはそれなりの値段ではあったけど、買えないほど貯金が無いという訳では無い。さっきのお詫びって訳じゃ無いけど、コイツは今の俺達の状況をデートと言っていた。なら、こういうアクセサリーをプレゼントするのは定番中の定番と言えるんじゃないか?
「気に入った物があったなら言えよ。折角のデートなんだ、こういうのプレゼントする甲斐性ぐらいあるぞ」
引かれた手を引き返し、俺はアテナの目をじっと見つめた。
「………」
アテナは少しだけ呆けたように俺を見つめると、すぐに振り向いて俺を引っ張って歩き始めた。
「わっ!」
そのままアテナに引っ張られ、俺はされるがままに付いて行く。最終的に着いたのは街の中央の噴水前広場だった。
「ありがとな」
「え?」
そう言って俺に振り返ったアテナの顔は、今日見たアテナの表情の中で一番穏やかな笑顔だった。
「色々気を遣わせちゃったけど、そういうんじゃないんだ。まぁ…気持ちはマジで嬉しかった、うん」
少しだけ照れ臭そうにしながら、アテナは言葉を続ける。
「オレもちょっと戸惑ってたんだ色々と…けど、さっきのお前の顔見てなんかどうでもよくなった」
アテナは俺の目の前に、手の甲側を向けて左手を差し出した。
「デートって事を覚えてたのは褒めてやろう、ついでに定番を抑えようとした事もな…けどさ、オレはもう、お前から最強のアクセサリー貰ってた。これより嬉しいプレゼント他に見当たらねぇよ」
「おまっ…!?」
眼前に結婚指輪を見せつけながらそんな事を言われて、俺は一気に顔が熱くなった。
「はははっ!真っ赤になってやんの!」
「っ~…」
あまりのクサさと恥ずかしさで言葉にならない。さっきの失言を取り返すくらいアテナは上機嫌になってくれたけど、その反動はとんでもないものだった。俺からしてもこの上ない程嬉しい事ではあるが、こんな事をアテナから言われるのは破壊力が凄すぎる。
顔どころか全身が熱くて、心臓は激しく動いて痛いくらいだ。とりあえず…落ち着くまではアテナの顔を見る事は出来ないだろう。おっぱいがついたイケメンって…こういう奴の事言うのかもしれない。