嫁3
完全に地面に降り立った彼女を、まばたきも忘れて凝視する。実を言うと、俺と彼女がこうして対面するのはかなり久々な事だ。理由は当然俺が倉庫キャラに成り下がってしまった事で、フレンドもフレンドで彼女が固定キャラという訳でも無かったという理由もある。
フレンドは割と支援とか補助が好きな気質だったので、俺のプレイヤーのキャラと相性の良い職業でプレイする事が多かった。対して俺のプレイヤーは攻撃役が好きで、俺の他には弓使いと魔法使いを使っていたはずだ。職業的には俺も十分火力が出せる戦士だったのだが、ステとスキルのせいで十分な火力を出す事が出来ず、本来かみ合うハズの彼女とのペアでも大した効率を出す事は出来なかった。
「…ん」
「っ!」
僅かに声を漏らし、彼女の目が開く。その両目が目の前の俺を見つめてきたみたいで、思わずドキっとしてしまった。こうして改めて対面すると分かるけど、彼女は身内贔屓無しで非常に可愛い美少女なのだ。
「え…?あれ?」
「っ~!」
彼女は目の前の俺を確認して、次に周囲を見渡して困惑の声を上げた。ゲームの時は攻撃の掛け声と被ダメ、スキル使用の時ぐらいしか声を出す事は無かったのだが。今聞こえたのは、そう言った決められたセリフでは無い生の声だ。しかも外見に違わない可愛らしい声だったので、俺の心臓の動悸はまた早くなる。
(やばい、中身が男だと知っていたから線引き出来てたけど。こうして見るとアテナって…)
「ナギ!?久々じゃねぇか!なんかいつもと違うっていうか…プレイヤー?ん?なんだ?つーか自由に動けてる?どういうことだ!?」
「………」
転生したてだった時の俺と同じように、急な体の感覚を覚えた彼女は慌てて俺に問いただしてきた。しかしその口調は明らかに俺のプレイヤーのフレンドそのままで、声の可愛らしさとのアンバランスに思わず面を食らう。
「おーい。オレ呼んだのはお前だろ?なんで固まってんだ?早く説明してくれ」
「あー…うん、ごめん」
なんか動じてるようで動じて無いように見える彼女に、俺は今までの経緯を説明した。俺が削除されたのにゲームの中のような現実世界に転生した事、そこではこっちからは干渉出来ない勇者と呼ばれているプレイヤーキャラ達が居る事、ゲームの時と現実での様々な違い、今俺はどんな生活をしているかだ。
「って事は…オレも削除されたって事なのか?」
「いや、違うと思うぞ。俺にはお前のプレイヤーキャラにアイテム預けて消された記憶があるけど、お前はそうじゃないんだろ?」
俺の言葉にアテナは「うーん…」と唸りながら考え込む。中身とのギャップはさておき、容姿のおかげで可愛らしいと思ってしまうのが非常に哀しい。話す分には問題無いけど、なんかすごく、扱いに困る。
「最近お前の代わりの新キャラの手伝いをやったのは覚えてるな。補助回復掛けまくってゴリゴリLv上げやってたわ。まぁ、ある程度上げたら別のキャラに変えてたけど。共闘可能Lvまで上げ終わったんだろ」
「そうか…新キャラ、もうそんなとこまで行ってるんだな」
サポートがあったとはいえ、どうやら新キャラは俺のLvをあっさりと超えて冒険に出ているようだ。かすかに覚えているプレイヤー同士の会話から、今頃新しいダンジョンとやらで楽しんでいるのだろう。
「まぁー…もう気にする事ないんじゃね?だってあっちからこっちに何しか出来るって事じゃ無いんだろ?新キャラ君がお前にマウント取ってくる訳じゃ無いし、ナギはナギで人間になって良かったみたいな事言ってたじゃんか?折角転生なんて面白い事になったんだし、こっちはこっちで楽しもうぜ」
「………」
実にあっけらかんとした言い方と笑いかけてくるアテナの笑顔に俺は言葉を失った。転生されてから言い訳のように自分に言い聞かせていた事を、改めて他人から言われるとは思ってもみなかったのだ。
「さてっと…オレは別に削除された訳じゃないけど、お前に呼ばれたおかげでなんか自由に動けるみたいだ。折角の機会だしゲームが現実になったらってのを楽しませてもらおうかな」
「わっ!?」
アテナは俺の腕を掴むと、薬草の群生地から森に向って歩き出す。
「とりあえずメシだ!一週間も暮らしてたら旨いとこぐらい知ってるだろ?案内頼むぜ、旦那さま!」
眩しいほどの笑顔と、前向きすぎる物言いに、俺はプレイヤーのフレンドを思い出していた。「このゲーム楽しそうだから一緒にやろうぜ」って誘ってくれたのも、アテナのプレイヤーだったっけ。