嫁2
今日も今日とて薬草を採りに森の中の群生地までやってきた。まるで固定モンスターのようなスライムも退治済みで、薬草の生え方などを観察しながら必要な分だけ採取していく。ちなみにスライムを倒した時のドロップである魔石は今の所一回も落ちてない。
(けどタヂカラさんのとこは、この一週間で2個くらい納品出来てるんだよなぁ…)
こうなると運というよりは徳の違いなのかもしれない。俺は出たらラッキーぐらいの感覚で、あえて探したりせずに群生地に寄ってきているのだけをついでで狩っているだけだ。対してタヂカラさん達はあえて危険なモンスター退治というものに挑み、自らの命を懸けて街の為に頑張っているのだから、こうした結果に出るのも妙に納得してしまう。
タヂカラさん達がそうして採取している魔石というものは、街の運営に関わる大事なアイテムらしい。使い道は主に街の灯り。実は街灯や室内灯は魔力で光る魔道具というものらしく、魔石を集めている施設から街の各所に魔力が送られているのだとか。大分ゲームの時と扱いが違うものだけど、現実でのスライムの脅威を考えれば妥当なものなのかもしれない。
(要するに電気と電池の代わりか)
ゲームの時は二束三文の換金アイテムだったくせに、また随分と出世したもんだ。そこらにいる勇者様もちょっとくらい現実に素材を分けてくれてもいいんじゃないか?
「まぁ、ゲームはゲーム。コッチはコッチってね」
タヂカラさんと一緒にスライム狩りに行って怪我した人が居たらしいから薬草と、ウズメさんのように病気の人が増えたという話を聞いたから解毒草を多めに採集しておく。こうして需要に応えるように採取出来るのも、ギルド関係の他にみちのひらきや泊っている宿で色んな人と世間話を交わしたからだ。
(ゲームの時は、フレンドぐらいとしか話さない事多かったからな)
なんか最近のオンラインゲーム全般では、通りがかりの他プレイヤーと話すという機会が無くなってしまったように思える。話すとしてもフレンドやギルド、サークルという仲間内だけ、場合によっては無言ギルドみたいなものあるくらいだ。
合う合わないで怖がるのも、最初から話が合う前提で付き合いたいというのも分かる。しかしそれでは、人と人との輪というものは広がらない。なにより周りの人は割と良い人ばかりで、遠慮がちになって居るだけでは申し訳ないし勿体ないという事に、俺は転生して数日で気付かされたのだ。
(そういえば…フレンドのキャラは元気にやってるのかなぁ?)
思わず、左手に光る指輪を見てしまう。プレイヤーは俺と相手の結婚式ムービーを大笑いしながら見ていたけど、俺は中身が男とはいえ女キャラとそういう事をするのにかなり緊張していた。凝ったキャラメイクの出来るゲームだったので、フレンドが作ったキャラは結構な美少女だったのだから仕方ない。
(そういえば…俺という意識は削除されるどのくらい前から芽生えたんだろう?)
記憶としてはキャラメイクされた瞬間からあるけれど、こういった感傷を抱くようになった時期は曖昧だ。振り返って「こうだったなぁ」と思ってしまう事で、さらに曖昧さは増していく。
(俺以外にも自我が芽生えているのが居るとしたら…あの時彼女はどう思ってたのかな?)
所詮プレイヤーの言いなりだからと諦めていたのか。一緒に戦ってきたからと納得してくれていたのか。もし彼女も転生したなら是非とも聞いてみたいものだ。
(でも…転生するって事は消されちまうって事でもあるんだよな)
となると、俺よりは遥かに役に立つ彼女が削除される事はそう無いだろう。元夫なんて言うのもおこがましいけど、まだまだ現役で頑張って貰いたいというのも偽らざる本心だ。
(そういえば結婚システムってどんな事が出来たっけ?)
大々的に実装された結婚システムだが、ガチで使ってる人は一割にも満たなかっただろう。大抵の人は結婚した夫婦間だけで使える特殊スキルが目当てで、それを利用した狩りの仕方なんかも研究されてたような気がする。俺達はそんなにガチな使い方はして無かったけど、そんな中でそれなりに使っていたスキルは…。
『今すぐ君に会いたい』
これは結婚相手をノーコストで呼び寄せるというもので。俺達はこれを使って街と街のファストトラベルの料金をケチるという使い方をしていた。ロマンティックなスキルのハズだったのだが、世知辛い使い方をされたものである。
「え?」
突然、左手が眩しい光を放っている。光っているのは結婚指輪で…この反応は確か『今すぐ君に会いたい』の…。
眩しい光は徐々に俺の目の前に人型のような形を作り、俺はそのシルエットからそれが誰であるかにすぐに気付いてしまった。
「…アテナ?」
光が収まって光る人型が人間へと変わっていく。そこに立っていたのは…俺のフレンドのキャラクターで俺の結婚相手。純支援職の聖職者である「アテナ」という女の子だった。