嫁1
今後の方針を決めてから早くも一週間近くが経った。あれから俺は悪目立ちしないように無難にクエストをこなし、大分現実世界というものに慣れ始めてきたところだ。まだまだその日暮らしのような生活を続けているけど、なんとか貯金出来るくらいには稼げている。
貯めたお金の使い道として、当初の予定通り武器を買うか、もしくは賃貸に切り替えてさらに貯蓄しやすくするかを決めかねている状況だ。先を見据えてれば後者なのだが、万が一に備えて早く武器が欲しくもある。頼れる先輩タヂカラさんのアドバイスは装備一択で、「死なない事、そして余計な怪我をしない事」を第一考えろというものだった。
(俺の強さなら今の所不要なんだけどな…)
しかしタヂカラさんの意見はもっともな事で、むしろいきなり武器やら家やらに金を使おうとしている俺の方が間違っている。こればっかりは元プレイヤーキャラ…勇者とか言われてる奴らと同じだと明かせないのだからしょうがない。別の方法としては回復や補助魔法を使える人とPTを組むというのもあるのだが…強さを隠しながら一緒に行動する事の大変さや、そもそも魔法を実用的に使える冒険者が少なくて重宝されている事を知って断念した。
(支援職かー…)
ふと、ゲームだった頃を思い出す。俺みたいなステ振り失敗がそれなりのレベルまで上げる事が出来たのも、一緒に遊んでくれたフレンドが居たからだったっけ。俺は最終的に削除されちまったけど、その時のフレンドのキャラ…純支援の聖職者はまず食いっぱぐれる事は無いだろう。もし街中で見かける事があれば、密かにエールを送るだけだ。
「ごちそうさまでした」
今日も朝から飲食店「みちのひらき」で朝食を頂く。取っている宿は食事別なので、この店で食事をするのはもはや定番になっている。ちなみに店主で料理人の親父さんは「サルタ」さん、給仕の奥さんは「ウズメ」さんで、店の雑用をこなすしっかり者の息子「ヒコ」君の三人家族での経営だ。
「おそまつさまでした」
「今日も頑張れよ、活躍は聞いてるぜ。ナギのおかげでかなり安定して薬草を確保出来てるってな」
「たまたまですよ」
実際はゲームの時の知識で群生地を知っているだけなのだが、疑われないようにたまには収穫0にする事もある。なぜ他の人に群生地を教えないのかというと、決して独占をしようと思っている訳では無い。普通の冒険者が群生地に行くには、かなりの危険が伴ってしまうからだ。
まず群生地は森のかなり奥にあるので知らない人が辿り着くのは困難だという事。そしてその道中はモンスターとの遭遇する可能性を考えるとかなり危険な事。極めつけは群生地に行くと必ずと言っていい程モンスターと遭遇してしまう事だ。
(本当、元プレイヤーキャラの俺だからこそだよな)
また群生地と言っても乱獲したら採りつくしてしまうかもしれない。ゲームの時は何も考えずにリポップしてくれていたけど、現実ではどうなるか分からないのだ。見た感じ採ってもまた生えてきていたから大丈夫だろうけど、必要以上に取る事は無いと思う。
「そういえば…ナギさんって結婚してるんですか?」
「え?」
食後のお茶をすすっていると。突然ウズメさんがそんな事を聞いてきた。
「その左手の指輪…結婚指輪ですよね?確かこの前この街に来たばかりだと言ってましたけど…今は一緒ではないので?」
「えー…と」
言われて左手を見てみると、薬指には確かに指輪がはめられていた。
(この指輪…装備みたく外されて無かったんだな)
俺は削除の時に金も装備も全て没収されて、残っているのはアバターとしての服だけだった。今のいままで忘れていたけど、戦士のアバターに指輪なんて装飾品は無かったハズだ。つまりこれは…ゲームの時に入手したもので残った、唯一の物という訳か。
「…そう、ですね。今は故郷に残っていて、会えなくなってしまいました。正直、別れてしまったといっても違いないのかもしれません。単に外し忘れていただけですよ」
「まぁ…もうしわけありません、込み入った事を聞いてしまって」
「気にしないでください、俺自身も納得しての事だったので」
なんて言って場をしんみりさせてしまったが、この指輪はある意味黒歴史の産物だ。ゲームでは結婚システムなんてものが実装されていて、任意の男女プレイヤー間で結婚をする事が出来たのだが…リア彼女もゲーム内彼女も居なかった俺のプレイヤーは、結婚システムを試すためにフレンド女キャラと俺を結婚させやがったのだ。フレンドは女キャラを使ってはいたけど完全な男であって、つまり俺は…実質男と結婚していたという事になる。
「そうでしたか…ありがとうございます」
本当にお気遣い無く…モテない男どもの、空しい行動の結果なので…。