クエスト6
「調子こいてすみませんでした!」
夕暮れの森の中で帰路につきながら、俺は俺を転生させてくれた神様か何かに向って懺悔した。人間、唐突に力を手に入れたり、欲にまみれたりするとロクな事にならないという事を思い知らされたからだ。喜び勇んで森の中を探索した結果、モンスターを狩って大儲けの目論見はあっさりと崩れ去ったのだった。
「結局地道が一番って事か…」
まずモンスターのリポップがゲームの時に比べて遅いか少ないという事だ。ゲームの時はモンスターが湧く所で突っ立ってたらワラワラと湧いてきてたけど、森を探し回ってようやく会えるぐらいの遭遇率になっている。ついでにドロップ率が悪い。こればっかりは運かもしれないけど、あの後スライム三匹ほど倒したが何も落とさなかった。これが普通なのだとしたら、スライム退治だけで生計を立てるというのは結構なギャンブルになってしまう。
ならばとより気合を入れて探した兎のモンスターなのだが、多分スライムよりも出現率が低そうだった。つい先ほど、帰ろうかと諦めかけた頃に出会えたくらいだ。当然狂喜乱舞して倒そうとしたのだが、さらにゲームとの違いを見せつけられる結果となる。
「スライムは所詮スライムだったのになぁ…」
とりあえず、スライムの例に漏れず縮尺間違ってるんじゃないかと思う程デカイ。そしてその巨体がゲームと同じ速さで動く。ハッキリ言って序盤のザコモンスターとは言えない程の強さだった。
ゲームの時はちょこっと動いて止まる、ちょこっと動いて止まるを繰り返して移動していたのに、現実ではそんな分かりやすい動きをしてくれる訳じゃない。さらに速度自体はゲームのキャラよりも早かったせいで、攻撃を避けまくるし、追っかけても追いつけないし、逃げても追いかけてくると散々だった。
結局、一発当てれば倒せると息巻いていた俺を翻弄した兎は、的確なヒットアンドアウェイで俺をボコボコにして森の中へ消えていったのだ。俺だったから生きていたけど、この世界の標準的な冒険者だったら確実に死んでいたと思う。そりゃあ皆して注意喚起してくるはずだ。
「まぁ、万が一出会っても死ぬ事は無いって判っただけ良しとするか」
これは普通の冒険者と一線を画する、ゲームから転生した俺だけの特典だろう。なんの後ろ盾も無い無一文から始まった時は絶望しかけたけど、多少なりともゲームでの成長が役に立ったのには感謝するしかない。
「一応薬草は拾えたし、今日はあそこでメシ食って宿に泊まるとするか」
森を抜けて城門に辿り着いた時にはもう日は落ちていた。朝よりも多いプレイヤー達をなるべく避けて、俺は城門付近の衛兵さんに声を掛ける。ちなみに交代したのか朝に居た人とは別の人に変わっていた。
「どうも、クエストが終わって帰ってきました」
「うむ…おお君か!無事帰って来たんだな!」
衛兵さんは渡したカードを確認すると、嬉しそうな顔で肩を叩いてきた。
「ええと?」
「夕暮れになっても帰って来ないから交代前の奴が心配してたぞ。初めてのクエストで張り切ってしまったのかもしれないが、こんな遅くまで森に居るとか危険すぎる。せめて夕暮れの前には戻って来るように調整するように!」
「あ…はい。心配かけてしまったようで、すみませんでした」
真剣な顔で注意をされて、俺は素直に頭を下げた。
(そうか…普通の冒険者は、そう言う風に活動するべきなんだな…)
「とにかく無事でよかった。君たち冒険者の頑張りはこの街の支えになっている。だからといって成果を追い過ぎて、自身の身を疎かにしてはいけない。俺達衛兵はな…街と外を出入りする奴を全て把握している、だから見送った奴が無事に帰って来ない…居なくなるっていうのが一番堪えるんだ」
「………」
衛兵さんの話す言葉が胸に刺さる。どうやら俺は…削除されたキャラだとか、転生したゲームのキャラだとかで、無自覚に自分自身の事をないがしろにしていたんじゃないかと気づかされた。ここはもうゲームなんかじゃない現実で、この衛兵さんやタヂカラさん、ギルドの人達も俺という新米冒険者を気にかけてくれていた。
(…本当にありがたいな)
「あの…朝の衛兵さんって、次はいつ仕事に来ますか?」
「明日も同じ時間の出勤予定だ、良ければ顔を見せてやりな」
俺の質問に、衛兵さんは笑顔で答えてくれた。明日の朝が待ち遠しい。
(そうだな…まずは、名前を聞いておこう)