プロローグ
書きます
不定期です
「くたばれクソ龍が!」
竜の咆哮が天を薙ぐ。
地が揺らぎ、天が啼く。
戦士たちの声が空虚な空間に谺する。
この薄暗い空間に天から注ぐ一筋の光。
その光はまるで神からの祝福のようで。
大きな翼に光の加護。
龍の背に光を落とす。
その竜の名は天抱龍フィルマメント。
10の自然を司る『森羅』と呼ばれる龍のうち一体。
この世界に存在する10の国の紋章も森羅を元に描かれている。
その自然のうち、大空を司るこの龍の翼は、
人知を超えた規格外の大きさである。
とても人が倒せるようなものではない。
誰がどうみたってそんなのわかることだった。
「ルクス!あなただけでも逃げて!」
「君を置いて逃げれるほど僕は臆病者じゃない!」
天に向かい叫び続ける龍の目前。
比べてみれば、豆粒のようにしか見えないそれは、
人間であった。
その人間の周囲には戦士たちの魂と亡骸が転がるばかりだ。
この龍は現在、王都に対し進攻中であり、
いくつかの街を破壊して回った。
世界の守り神とされてきた龍でも、
人の生活を脅かせば害獣に過ぎない。
人とはそういうものだ。
「逃げるってのは覚悟を捨てるってことだ。
自分の信じたことすら貫けないやつに、
勇者なんてなれるわけないだろ!」
目の前に迫った爪で弾き飛ばされる。
込み上げる覚悟に剣が追いつかない。
今のルクスには龍の動きが目で追えなかった。
ただ一瞬の出来事。
腹から滴る雫で自分が生きていることを実感する。
防げなかった。
見えなかった。
地面に転がる自分に悔しさが込み上げてくる。
「まだ、終われないんだよッ......」
ルクスと呼ばれた男は力のない手で剣を構える。
倒れている魔法使いの女を守るためだろうか。
小刻みに震えるその手。
いつ剣を落としてしまってもおかしくないほどに震えは大きかった。
しかし彼は剣を決して手放さない。
己の中に眠る覚悟を信じているからだ。
周りに倒れている仲間たち。
中には見知らぬ者たちもいる。
王国に召集され、集められた見ず知らずの者たち。
戦いに出る前は勇ましかった彼らも、
今や虫の息である。
倒れた彼らの願いを。
倒れた彼らの思いを。
託された全てを背負い、
その使命感だけで剣を握っていた。
「俺の覚悟、舐めんじゃねぇ」
ルクスの眼前に再び巨大な龍の爪が迫る。
風圧で倒れそうになるも、
その両足で耐え抜く。
目は開いたまま自分の運命を受け入れる。
その爪を、龍の刃を。
自らの体で、覚悟で受け止める。
「覚悟か、よく言った少年」
刹那の出来事だった。
ルクスの目の前に閃光が走る。
天から雷が落ちたようにも思えた。
一閃。
まさにその言葉がふさわしく感じた。
「あんたは、」
金色の髪をなびかせる男。
華奢な体と高い身長。
稲妻のように曲がった剣。
首に巻いた黄色のマフラーが風に揺れる。
ルクスは確かにその姿に見覚えがあった。
彼は『霹靂の勇者』。
王都に勇者の称号を与えられたものの中の一人。
過去は一切不明で、突如閃光のように現れた戦士。
雷の固有魔法を扱い、閃光のような素早さで戦場を駆け回る。
彼の通った後には稲妻が走り、
息をすることをやめた肉塊のみが転がる。
戦場を駆ける一筋の稲妻。
救世の光。破壊の閃光。雷神。
呼び名はいくつあれど、
どれも彼の強さを讃えるものしかない。
「覚悟を持つのはいいが、実力が伴っていないようだね」
龍の大きな咆哮が再び天を薙ぐ。
ルクスは耳をつんざくようような声に身を一歩引く。
しかし霹靂は違った。
引くどころか油断する龍の元へ一歩踏み込む。
光が弾けた。
その瞬間彼が視界から消える。
ルクスが気づいた時には龍の裏に霹靂がいた。
宙空でマフラーをなびかせる一筋の光。
音を置き去りにし、光のみが彼を捉える。
光速という人が到達することのできぬ領域に踏み込み、剣を振りかぶる。
神の領域。
神以外、誰も彼を捉えることはできないだろう。
また視界から彼が消えた。
次の瞬間目に飛び込んできたのは、
龍の首から出る飛沫と、
目の前に立つ、赤く染まった剣を握る男だった。
「来い、俺のいる高みへ」
そう言い残した彼は立ち去る。
再び閃光のように。
自らの後を残さず、颯爽と駆け抜けていく。
「おい!いたぞ!」
「あいつ、倒したのか!?」
後ろから声がして振り向くと王国の騎士たちだった。
援軍として駆けつけたようだった。
目の前に転がる龍の亡骸。
その前で剣を構えるルクス。
ルクスが倒したと考えるのが妥当だ。
「ちがっ、」
「血が?たしかにひどい怪我だ。早く応急班を!」
必死で否定しようとするが騎士たちは勘違いしている。倒したのは俺じゃない。
そう声をあげようとするも、力が出なかった。
自分が倒したわけじゃないのに。
その罪悪感と生き残ったという安堵感を胸に、
ルクスは目を閉じ、意識を失った。