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ささやかに世は廻りて

作者: 久賀 広一

「わたしは死んだの?」


少女はそう尋ねました。


『そうだね。とてもつらい人生だったけど、よく頑張ったよ』

神様は言いました。


「……あの人たちは?」

アパートの登り階段、その脇に花を置いていく人たちを見て、彼女はまた尋ねました。


『君は、これまでつらくても頑張ってきただろ? それでも、思った以上に早く亡くなってしまった。…それに心を痛めて、想ってくれる人もいるのさ。たとえ親が良い人だったとは言えなくても、世の中のどこかに、その分の優しさを与えてくれる人はいるのかもしれない』


まだ少年のような姿をした神様は、微笑む。


もうお母さんの所へは帰れないんだね、と少女は下を眺めていた。

ーーそこは、アパートのベランダである。

小さな物置で、彼女の死体は発見された。


身体には火傷のあとがいくつかあり、死因が判然とせずに調べられた臓器に、飲食物はまったく見つからなかった。


『まず、お腹いっぱいにご飯を食べよう』


神様は言い、空に浮かび上がった。

少女は後を追い、うん、と小さくうなずく。


『世界には、確かに誰かを傷つけようとする人間がいる。そしてそれは、ほとんどが無知によるものだ。“神は何もしてくれない”なんて言う人もいるけど、そういった弱者の叫びに世界が気づいてくれたなら、少しは力を使うことができるんだ。

……こんど君が生まれる家には、長いあいだ新しい命を待っていて、心から君を抱きしめてくれる人たちがいる』


「……そうかな。そうだといいけど……」


少女はぎこちなく笑った。

……でも、わたしはまた、今のお母さんの所に戻って一緒に笑えるのがいいかな。


その言葉を聞いた神様も、困ったように微笑むだけだ。


ーー少年だって、ある意味では残酷な存在なのだ。過去のことは過去にしなければならないし、この世から失われたものは、次に繋げなければならない。


『……さあ、僕が案内できるのはここまでだ。あとは君が、食べたいものをたくさん食べて、次に生きる道でまた頑張らなきゃ』


分かった、と少女は言って光の中に消えていった。

完全に消え去る瞬間まで、彼女の目に、母親を恨むような思いはひと欠片もなかった。


『……』

子供は、神に近い存在だと言われることもある。たぶん、親の過ちの本当の原因は、もっと遠い場所にあったことをどこかで理解しているのだ。


しばらくして、ため息をついた神様は、また空の上から町を見下ろしていく。



『今日はもう、行き場に迷ったりする魂はなさそうだな……。

あとは、あの子が住んでたアパートに集まってる幾人かの気持ちがまだ温かいから、今のうちに、どこかで寂しい心でいる子にでも、それを届けてあげようーー少しでも救いがあるといいけど』


こういう誰にも気付かれない、こっそりした仕事の方が、僕には向いてるんだよな……


久しぶりに迷子の魂と話してこわばった肩を回すと、小さな神様はまた、たくさんの思いが交錯して行き場を失っている心を整理するため、町へ降りて行ったのだった。












ありがとうございました。


最近書いてきたものよりぬるい内容なんですが、これは、しばらく前のものなんですよね……


事件があって、現実の方が残酷過ぎて、まったく話を掘り下げられずにそのままにしておいたものです。


読み返しても、やっぱりどうにもならなかったと……


あらすじにも書きましたが、たとえ偽善だとしても、どんなに悲惨な事件や事故が新たに起こったとしても、忘れないようにしたいですね……








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― 新着の感想 ―
[良い点] >最近書いてきたものよりぬるい内容 上のようにおっしゃっていますが、悲惨な事柄ゆえに、物語としてはこういう柔らかい表現の方が、読む方の心に染み込んでいく気がします。 >……でも、わた…
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