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伯爵令嬢の七日目

「この日が来たわ」

「そうですね、アマーリア様」


アマーリアが公爵邸に来てから一週間。滅多に別邸へ顔を出さないジークムートが、顔を出すらしい日。そして、一人一人の部屋に来て、様子を聞き、何か必要なものがあればねだれるという日。


「この日の為に私は頑張ったのよ」


アマーリアは拳を握り、ここ数日の出来事を思い出していた。


そう、主に、他の令嬢に合わないように起こしていた出来事の数々を。


まず、サロンへの招待状が届いてもまだ支度が終わってないから、と失礼な返事をして逃走し、部屋の前で出待ちされた時はクラウスに抱えてもらって自室の窓から逃走して顔合わせしないようにし、厨房で待っていた時はクラウスがあの手この手で追っ払ったり、と、クラウスが頑張っていた。


それを自分の手柄のようにアマーリアは語るが、クラウスは何も異を唱えることはなくそれに頷く。若干、遠い目をしながら。


いや、何もクラウスはそんなアマーリアを見て呆れているのではなく、単に諦めの悪い他の令嬢方の行動を思い出して、遠くを見つめているだけだ。


「ねえ、ジークムート様はいつ頃来るかしらね?」


現在二の鐘が鳴る前。


恐らく三の鐘か、四の鐘が鳴る頃には戻ってくるか、もしくは五の鐘が鳴った終業の後か。


アマーリアとしては来てくれればそれで良いのだが、訪れるタイミングによって自室で本を読み待機するか、中庭で本を読むか、図書館で本を読むか、決めなければならない。


「どうでしょうね。本宅にいらっしゃる様子は無く、恐らくは()()()の方と逢瀬を重ねているとは思いますが」


現実へと帰って来たクラウスはそう意見を発し、アマーリアはうーん、と頭を傾げる。


クラウスに任せればアマーリアが何処にいても、何をしていても、ジークムートが帰って来た段階で報せに来るだろう。しかし、アマーリア的には途中で本を投げ出してジークムートに会いに行くなんて許せない。そう、基本的には読書をする方が優先なのだ。


せめて、読書の合間にジークムートに会いに行きたいと思っていた。


「いいわ。今日は読書はしないで、一緒にマナーレッスンしましょ」


しかし丁度続き物の本を読み終えたので、アマーリアは本日読書をすることを諦めた。


新しく読み始めた本の良い所でジークムートが帰って来てしまったらうっかり会いに行くのを放棄しそうだし、という懸念は端から持たないようにする為に。


「大方本に書いてある内容は覚えたわ。あとは如何に優雅に、それらしく、出来るかよ」


図書館に会ったマナー教本には全て目を通した。しかし、実際やってみると中々に難しく、それでいて、合っているのかどうかを指摘してくれる人間もいない。クラウスとアマーリアはお互い見合いながらああでもないこうでもないと、言い合うことしか出来ないのだ。


「ダンスもマナーも社交界にいらしてた令嬢方と同じようにこなせているとは思いますが、やはり固いですね」

「そう、やはり流石に無理があるのかしら」


アマーリア立ち方、姿勢、話し方、食べ方。一つ一つの動作にクラウスは優秀な五感を持ってして矯正していく。


お手本はこれまで沢山見てきた。その中で最も美しかった女性と比較し、出来る限りそれに近付ける。


「流石は()()様ね」


社交界で見掛けた彼女の姿を思い出すアマーリア。


腰まですとんと落ちた淡い水の髪。それによく似合う柔らかい眼差しをした金の瞳。立ち姿はすっと伸びる背に惹かれ、歩けば靡く水髪を視線が追い、ふわりと微笑んだその赤差す頬に、目を奪われる。


とても美しい人なのだ。ジークムート・バーゼルトが好きな、人間は。


「でも、王女様は隣国の皇子の()()、ですしね」


ジークムートが恋する王女は実に有能である。刺繍、作詩は勿論、読み書き、計算、等々。


貴族へ嫁ごうが名を上げた名将へ嫁ごうが何処でも役に立てる程、才女だ。


しかし。


「あの人、腹黒よね」


アマーリアは、王女が好きではない。


あの、柔らかく聖女のように微笑む微笑の裏に隠れたどす黒い何かが、自分を見下して見るあの哀れみの眼差しが、好きではなかった。


「誰も気付かれてはいないようですが」

「そりゃそうよ、だって見た目よし才能よし性格よしで通っているもの」


ぬるま湯に浸かってる貴族令嬢なんか気づくもんですか、と、毒吐いたアマーリアの小さな唇が、食まれる。


「…………いいわ、仕方ないもの」


事実なのだし、と、我慢した言葉全て、口の中で、噛んだ唇で、押し留めた。


「よし、再開しましょう」


愚痴吐くのはここまで。パンパンと手を叩いてから気持ちを作り直し、再び王女様に立ち振舞いを近付けていく。



アマーリアは大変、プライドが高くある。


それは貴族の矜持だと、亡き母から受け継いだものだから。


誰かに笑われることは許せないし、誰かから哀れまれることも許せないし、ましてや、見下されるなんてこと、許せるはずもない。


けれど己の力量に見合わぬプライドなどはただの恥でしかないということも、わかっている。


だからこうして努力出来る機会に努力し、より美しくあるために、誰にも何も言わせぬように、ありたい。


勿論、努力を重ねなければならないのはアマーリアだけではない。


従者の質が主の質を表す、という言葉があるように、クラウスにも、それ相応の振る舞いが求められる。


が、それについては然程問題なかった。獣人というのは全てにおいて人よりも優れた能力を持っている。一度見ただけで覚え、己で三度こなせば形になると言われる程に。


故に、こうやってアマーリアへ叱咤することが出来る。


しかしアマーリアが教養を磨けば磨く程従者であるクラウスが努力し続けなければならないのも事実。


そういった意味では、アマーリアとクラウスはお互いを高め合うような、良き友みたいな存在だろうか。




「ふう……」


四の鐘が鳴り終え、アマーリアは漸く椅子に腰掛けた。


通しで踊った脚はふるりと震えるが、それでも、きちんと練習を始めた時のような疲労感程ではないことに、アマーリアは笑みを浮かべる。


「そろそろいらっしゃるかしらね?」


鐘が鳴る頃には一応帰ってきたかどうかクラウスが確認をしていたものの、そういった気配はなかった。


次の鐘が鳴る頃には帰ってくるのか、と、アマーリアが疑問に思うのも自然なことである。


アマーリア的には早く帰ってきて用件を告げて読書に専念したい、というのが、主な理由ではあるが。


「今日はここまでにして、一応支度をするわ」


蒸すような暑さではないとはいえ、動けば普通に汗を掻くような季節。窓を開けて風通しがいいとはいえそれなりに汗を流したアマーリアは、浴場へ向かうことにした。


ささっと汗を流し、さささっと湯上がりの支度をクラウスに手伝ってもらって、主人を出迎えられるようなドレスは一人では着れないので仕方なくいつものような、コルセット不要のドレスに着替える。



そうして準備万端になったが、ジークムートは未だに帰ってこない。



「あっ……」

「ダメです」


少し時間を持て余したアマーリアは読書をしようかと本に手を伸ばしたものの、クラウスにそれを取り上げられる。


代わりにクラウスにが寄越したのは真っ白な絹地と、色とりどりの糸と、針。


「…………はい」


アマーリアは読書を諦め、大人しく、刺繍に精を出すことにした。


別に苦手な訳ではない。嫌いな訳でもない。ただ、読書の方が好きなだけ。


それでも器用に、何種類もの糸を使って鮮やかな花を作っていくその手は軽やかで、アマーリアの口許も緩んでいく。


やってみれば楽しいとは思うし、出来上がりも悪くはないと思う。しかしやはり読書の方が好きなのだと、アマーリアは実感した。





「アマーリア様、ジークムート様が」

「そう」


五の鐘が鳴った終業後に、ジークムートがこの別邸に現れたようだった。


アマーリアはその間に縫っていた刺繍をひとまずテーブルに置いて、いつ来ても良いようにとソファに移動。


そうしてクラウスが淹れる紅茶で舌を潤していれば、部屋にノック音が響いた。


「やあアリー、元気だったかな?」


どうやらジークムートは一番最初にここに来たようだと、アマーリアの内心は穏やかでない。


「ごきげんよう、ジーク様」


それでも淑女らしく微笑みを湛え、ジークムートをソファに誘導して茶と軽食をクラウスに用意させる。


「ここには慣れたかい?」

「はい」


世間話から始まり、ジークムートの話に相槌を打ち、いつ本題を切り出そうかとアマーリアは様子を窺う。


そんなアマーリアに気を遣ったのか、ジークムートは話を変えた。


「何かして欲しいことはあるかな?」


と。


「講師を付けて頂きたいです、ジーク様」


そんなジークムートにアマーリア久々に感謝して要求を述べた。そんなアマーリアにジークムートは一瞬驚き、にこやかに快諾。


マナーレッスンの講師と、アマーリアが望む勉学の講師を付ける、と、約束してくれた。


講師が手に入ったのなら、と次に望むのは勿論。


「それと大変厚かましいとは存じていますが……」

「なんだい?」


深刻そうに話し始めたアマーリアに顔を少し歪め、続きを促すジークムート。そんな彼を見つつ、アマーリアは告げた。


「身の回りの世話をする侍女を、付けて頂けませんか?」


すごーく困った顔で、告げる。


その言葉に、ジークムートは当初アマーリアへ付けたはずの侍女がこの部屋にいないことに気が付いた。


「直ぐに手配しよう」


そうか、だからドレスがそんなにも質素なのか、とも察したジークムート。当初用意した令嬢も悪くない出の出身だったが、アマーリアを見るに令嬢ではなく夫人の方がいいだろう、と用意出来る人材の目星を上げていき、来週中には用意する、と、有難い言質を得た。


そして次に。


「使用人が付けている指輪が欲しい?」


そう、アマーリアが初日で壊した属性鉱石付の、魔素を扱うための指輪のおねだりである。


「実は……」


かいつまんで話はしたものの、魔法が使いたいということ、以前クラウスがもらった指輪を借りたら壊れてしまったことを話した。


「そう、そんな悪いものではないはずなんだけどね」


クラウスがアマーリアの壊した指輪を持ってきてジークムートの前に置き、それを確認したジークムートは首を傾げる。


「そういうことなら講師を頼むついでに用意させるよ」


またもアマーリアの願いを聞き届けたジークムート。


そうすればアマーリアのおねだりは全て叶えられたことになり、アマーリアとしてはもうジークムートに用などない。


「それでは、おやすみなさい」


なので、それとなく次の令嬢の元へ行くように促し、扉の前でジークムートを見送った。


ジークムートの姿が見えなくなるまで送り、パタンと扉を閉める。


「完璧ね!」


若干ジークムートがそんなんでいいのか?というような視線を向けてたことを気にしなければ、本日の訪問はまさにアマーリア的には望んだ通りに事が運んだ。


講師も手に入れ、侍女も手に入れ、なんと属性鉱石付の指輪まで手に入れることが出来たのだから。


ルンルン気分のままアマーリアはネグリジェに着替え、読書をしてから、眠りについたのだった。



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