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元伯爵令嬢の下克上と恋愛譚  作者: 高槻いつ


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伯爵令嬢と中庭2

アマーリアは、二人きりの茶会を心の底から楽しんでいた。


自身より三つ歳下とはいえ聡明な彼女とは様々な談議が捗り、端的に言えばウマが合う。


大国の皇女相手に失礼な物言いではあるが、これ程までに気兼ねなく話せたのは一体いつぶりであったか。


無論公爵邸にてハイディと話をするのも楽しいのだが、彼女はやはり友人といった立ち位置よりは師と仰ぐ面のほうが強いから。


そう考えると最後に友人と話して楽しいと思えたのはいつだろう、とサラセリーカの話に相槌を打ったとき、視界の片隅でアーノルドからお茶の淹れ方を伝授されているクラリスが見えた。


「それで、お姉様が……」


姉を慕うことが窺える話を、大切にしてされていることが伝わる彼女の話を、アマーリアは可愛らしいと思って聞いていた。


それは決して、嘘ではない。


「……申し訳ありません、私ばかりが話し過ぎてしまいました」


しかし意識の逸れた先にクラリスがいたこと、密かにアマーリアの境遇を知っているサラセリーカはそれを無神経だと受け取って謝罪を口にした。


「いえ、聞きたいとお願いしたのは私ですサラセリーカ様。私の方こそ余所見をしてしまい申し訳ありません」


しょんぼり、そんな言葉が似合いそうなくらい目に見えて肩を窄めている友人に慌てて首を振り貴女は何も悪くないと伝える。


「その、少し……両親を、思い出していて」


それでも尚気落ちした様子が見える彼女を見て、今度はアマーリアが家族の話を始める。


もう既に亡くなってはいるが、愛されていたこと。幼少期の思い出深いこと。楽しかったことも怒られたことも、悲しかったことも。


ただひとりを除いた彼以外には、誰にも話せずにいたことまで。ぽつぽつと、吐露していた。


「何ですかその新しい家族達!何の罪もない子供を塔に幽閉!?そのくせ恥を掻かせるために教養も身に着けさせないために社交界に出す!?自分達の家紋がどう見られるか理解出来ないんですか!人としての尊徳は持ち合わせていないんですか!!」


サラセリーカがアマーリアの境遇を聞いて一番激昂したのは義家族のことだった。


躾として部屋に閉じ込めるというのは貴族界の教育にありがちな話ではある。


しかし何もしていない子供を、目障りというだけで衣食住を奪ったこと、尊厳を貶めようとしていたことは彼女の逆鱗に触れてしまったらしく語気がとても荒い。


「……お身体は、大丈夫なんですか?」


暫し怒っていたサラセリーカが不意に声を潜めてそう尋ねてくる。一瞬何の話かと意図を掴めずにいたものの、行き過ぎた折檻の末の体罰であるということに気が付いたアマーリアは小さく頷いた。


「そういうことは、しない人たちでした。従姉妹で格差を設け、両親が大切にしていた本を燃やしたりして私が泣くのを見ていただけの人達で。そこまでの興味がなかったのだと思います」

「そうですか……」


それならまだ良かった、いえ良くはないけれど。


そう口にして慮ってくれたサラセリーカに、何処か遠くを見たサラセリーカにふと違和感を覚える。


「アマーリア様?」


何か引っ掛かるけれど、何に引っ掛かっているのかがわからない。


結果的にじっと見つめることになっていた自分にこてりと首を傾げた彼女と視線を交わして、思う。


細い。


ドレスや装飾品によってわかりにくくはなっているものの、良く良く見れば首筋や手首の線が細い。この見覚えのある細さは、少し前までの自分だと。


皇女であるのに食が足りていないなんてことは有り得ないだろう。家族から愛されている様子を見れば尚の事。


「サラセリーカ様も、ご自愛くださいね」

「はい、今は大丈夫ですよ」


ならば昔からの体質なのかもしれないと、変に拗れてしまった思考を反省しつつサラセリーカが心配してくれたように彼女の身体を案じた。


「……()()()


滑り落ちて行った言葉に驚いたのはアマーリアだけでなかった。呟くような声量だったとはいえ静かな場所で、互いに注意を向けている状況ではその言葉は確かに、相手へと伝わっていた。


口を押さえ、しまったと顔に書いてあるサラセリーカ。


余計なことに気が付いてしまったと口を押さえるアマーリア。


「……何してるの?」


そして丁度その場に現れたランドルフ。


気まずい表情を浮かべていた二人の顔がまた揃いのものになったのは言うまでもない。


「ふーん、なるほどね」


自身が人よりも細いせいでアマーリア様に心配を掛けてしまった、そう誤魔化したサラセリーカに納得したようなしていないような微妙な顔で頷いたランドルフはそれ以上掘り返すこともなく出された紅茶を啜る。


「まあ彼女が細いのは昔からだよ月の女神。これでも成長した方だからそう気にすることはないさ、まだまだ成長期だろうしね。それよりも、だ」


二人に配慮しつつ話を終わらせ、話題を変えるためにそれは切り出された。


「女神の演奏はそろそろかな?」


場の空気を変えるのには一番であろう提案。もう少し折を見てからと考えていたアマーリアだったが、今程丁度良いタイミングもないかと立ち上がる。


それに伴い近くへ来たクラリスからバイオリンを受け取り、ひとつ深呼吸。


「……」


弾き始める前、芸術なんて飽和する程触れているであろう二人に謙遜の言葉を告げようとして呑み込む。


今日まで自身の納得する限りは練習を重ねてきたのだから、保険の言葉なんて吐いてはいけないだろうと。


そんな覚悟を持って、弓を滑らせた。


この曲はいつだって美しい。楽しい。けれど何処か悲しくて、寂しくなる。それは思い出のせいだとわかっていても。


「これ、は……」


演奏に集中するアマーリアはランドルフの呟きを拾わない。サラセリーカの驚きに瞠られた眼を見つめない。


クラリスの、硬く握られた拳に気付けない。


中庭で眠る妖精達が目覚めて踊る様子も、サラセリーカの傍にいた精霊達が歌っている様子も、今は見えないから。


音の余韻が消えると同時に再び眠りに就いた妖精達が消え、淡く発光していた世界は色を戻した。


「……どうされました?」

「いや、あまりにも素晴らし過ぎて言葉を失っていた」

「ええ、ええ、予想よりも遥かに素敵で」


演奏を終えたアマーリアを讃えたのは精霊達が見えないアーノルドだけ。素晴らしい演奏だったのに何故そんな顔をするのかと問われ、皇族の二人は遅れて称賛の言葉を向ける。


「本当に素晴らしかった月の女神。また是非聞かせてくれ」

「ええアマーリア様、また、また是非」


反応が遅れたことを取り戻すかのように言葉を重ねてくれる二人から気遣いの色は見えない。


ならば本当にただ気に入ってくれただけなのかと安堵したアマーリアは恥ずかしそうに首肯して、少しの雑談を終えた後に茶会は終わるのだった。

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