伯爵令嬢と悪意
何事もなく数日が経過し、アマーリアの想像通りに各々が帰り支度を始めている頃。この前出した手紙に返信が来た。
「公爵夫人からの手紙だそうだポートリッド嬢」
「………ありがとう存じます魔術師団長様。しかし何故貴方様が?」
ハイディお気に入りの真白い包紙に花が押された便箋、封にバーゼルド公爵家を表すシーリングスタンプを確認しながら手紙をルーカスから受け取り、机の上へと置いたクラリス。
「はっは、いつも通りポートリッド嬢とお茶をしようとここへ向かっていたら手紙を携えたリアムと会ってね。貴女に手紙を届けると言うから奪いと……預かってきたんだよ」
慣れた手付きで茶の支度を始めるアマーリアのもてなしをソファに腰掛けつつ眺めるルーカスは、何の悪びれもなくそう答える。
「こうしてポートリッド嬢と雑談出来るのもあと少しか、寂しいな。手紙を書いたら返事をいただけるかな?」
「……季節の折り目等で宜しければ」
「はは、それで結構」
本心か世辞かわからない軽快な口調の一方、何処か自分を案ずるような眼。
最後になれば彼等の意図を知れるのだろうかと首傾げながら、アマーリアは少しの間ルーカスに付き合って昼を迎えた。
「そう……やっぱり以前部屋に押し掛けてきた令嬢達、王女様のお友達だったのね」
ハイディから届いた手紙を開封、内容に目を通した後溜息交じりにそれをテーブルへと置く。
深い嘆息と共に吐き出された独り言は自身の想定を裏付けることが書かれた手紙に対するもので、彼女の息は更に深くなるばかり。
「でも今更……今更よねクラリス?部屋がこんなに暗く湿ったように簡素なのも、付きのメイドが何か訳ありそうなのも、そもそも何故私が王女様の代わりなのかも……全て今更よ」
もう一度細く長く息を吐きつらつらと自身の状況を振り返ったとて、これまで過ごしてきた日々は変わらない。そうは思いつつも権力を奮って自身にこのような仕打ちをしてきていた王女への留飲は下がらないから、アマーリアはまた憂鬱そうに俯く。
「……こんなことをされる程王女様と面識がないのだけれどね。どう思うクラリス?」
「同意でございます。面と向かってお会いしたのは一度きりのみ、それでさえほんの僅かな顔合わせでしたからね」
ちらりと見えてしまった手紙の内容から、アマーリアが呟いた事柄からここで起きた事態を察したクラリスは記憶を思い起こす。
「ハイディ様から謝罪されたって逆に申し訳ないだけだわ。ハイディ様の手配に問題はなかった、けれどそれら全てを統括する宰相と王女様が結託してケープトンでの扱いを決められたのならそれはハイディ様の与り知らぬことだもの」
王城内でのこの扱い、それが宰相の計らいであるということが知れただけで上等だと話を締め括り手紙を封筒へと戻す。
「もうすぐ公爵邸へ帰るのだもの。もう……どうでもいいわよね」
部屋が以前暮らしていたような幽閉塔ではなく、加えて衣食が提供されている以上は過ごすのに不便ない。そしてパーティの際自分に付いていた護衛にももう興味を失ったみたいだしそれならばもう本当にどうでも良いと、アマーリアは席を立つ。
「あとは無事に演奏を披露するだけ。そうすれば、帰れるわ」
そして日課となりつつあるバイオリンの練習、それをこなすためにあの中庭へ向かうことにした。
「あら、アマーリア様」
人通りの少ない道中、まさか擦れ違うことは想像していなかった人物と不意に遭遇したアマーリアは急いで挨拶一つ礼を取る。
「そんな畏まらないでくださいアマーリア様、どうか普通になさって……バイオリンの練習ですか?」
サウシェツゥラの皇女、サラセリーカ。変わらず美しい真っ白な髪を靡かせ、後ろの護衛のアーノルドを連れた皇女は真っ先にアマーリアの持つバイオリンに気が付き目を輝かせた。
「とても楽しみにしておりますわアマーリア様の演奏。いつ……いつ招待してくださいますの?」
言葉だけ聞けばまるで急かしているだけのように聞こえるが、きらきらと光を放つような金色の眼を見ればそこに裏なんて何一つ感じられない。
ただ純粋に心の底から楽しみにしていることだけが伝わって来て、ぐっと言葉に詰まる。
「サラセリーカ様、貴女のように立場を持つ方がそのように詰め寄ってはアマーリア様もご返答に困るでしょう」
「あ……申し訳ありません」
「いえ、早くお伺いを立てなかった私の不始末でございます、私の方こそ申し訳ありません」
打って変わって落ち込みが目に見えるサラセリーカ。そんな彼女に掛けるべき言葉が見つからなかったアマーリアは謝ることしか出来ない。
何とかしていい加減お伺いを立てたいがしかしそもそも、そもそもの話をするのであればただの王女の身代わり伯爵令嬢である自身がかの皇族の方々に招待状を出すなんて難しいということを二人にはわかって欲しいと目を伏せた。
「サラセリーカ様、その……」
「うん……?」
そんなアマーリアから何かを察したのか、後ろに控えていたアーノルドが少し屈んでサラセリーカに耳打ちをする。ひそひそ会話をすること少々、咳払いを一つ挟んで口を開いたのは皇女様。
「んん、アマーリア様?」
「はい、サラセリーカ様」
少しだけ高くなった声音、何かを真似しているかのような口調に内心首を傾げつつ次の言葉を待つ。
「わたくしいい加減貴女のバイオリン聴きたいわ!三日後とかどうかしら!?三日後にお茶会を兼ねて貴女のバイオリンを聴かせていただけませんこと!?」
「……喜んで、サラセリーカ様」
頬を微かに赤くした皇女様の豹変に口元を緩めて首肯。自身のために高飛車に出てくれたであろう気遣いを有り難く頂きながら、併せてそれを提案したであろうアーノルドにも目配せで礼を告げた。
「ということでアマーリア様、三日後にお願い致しますね!後で改めてお手紙出しますから!」
「はい、宜しくお願い致します」
「ではまた三日後!ごきげんよう!」
未だ頬の赤い、語気を強めることでそれを誤魔化そうとするサラセリーカはそう残し、足早に城内へと去って行った。
「ふふ、本当に可愛らしい方ね」
誰かに好意を、興味を抱くことが珍しい主の楽しそうな横顔を眺めつつクラリスは二人が来た方向を見やる。
「どうしたの?」
「いえ、大したことでは。ただあの二人は中庭にしか繋がらないこの場所で何をしていたのだろうかと疑問に思っただけでございます」
それに聡く気が付いたアマーリアへ簡単に述べれば一瞬だけ思案顔になるも、二人して単に散歩していただけという結論に達した。
「何もないものね」
「ええ」
この先、めぼしいものは何もない。ただ自身達が過ごしやすいよう少しだけ整えた寂れた庭園があるだけなのだからと頷き合って、その目的地へと歩を進めた。




