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元伯爵令嬢の下克上と恋愛譚  作者: 高槻いつ


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伯爵令嬢と不明の因果

「サウシェツゥラの皇族に気に入られてバイオリンを披露することになったようだな、ポートリッド嬢」


翌、昼頃。


この時間帯にはほぼ確実に茶を飲みに来ているルーカスと顔を合わせつつ、耳の早い問い掛けに揺れる頭。


「そうか、そうだな。ポートリッド嬢の部屋に急襲してくる令嬢達も減り、その他でも茶会の頻度は下がってそろそろ帰宅の準備を始めているのだろうから、少しそれが落ち着いてからの方が良かろう」


数日前までは朝から夕方に掛けて部屋にやって来ていた存在も今は静かで、これからの予定を含め日程を迷っていることを伝えたアマーリアに同意する声。


「……しかしああも人の迷惑も考えずとして押し掛けていた令嬢たちが妙に静かなのはある種不気味であるな」


一波去って行ったかのような静けさ、それが少し気に掛かると首を捻るルーカスは主の後ろに控える従者を見やって呟く。


「まあ何にせよ無事であるのなら良いか」


変わった様子は見られない姿、もう少しだと安堵と緊迫の溜め息はクラリスにしか伝わらない。


「今日もありがとうなポートリッド嬢、また会おう」

「はい、魔術師団長様」


毎日顔を合わせているのにも関わらず何も変わらない二人は他人行儀な挨拶を経て別れ、見送りを終えたアマーリアは再びソファに腰を下ろす。


「ねえルイス、魔術師団長様ってお忙しくないなのかしら?」

「いえ、城に存在する魔術師を総括されるお方ですからそのようなことは」


あのパーティ以来自分を気に掛けてくれているのはわかるが、その肩書きから想像するに暇であるとは考えられない。


なのに毎日こうして同じ時間に訪ねて来るなど大丈夫なのだろうかとこの城に勤めるルイスへ問えば、彼女は渋い顔をして答える。


「もう大丈夫だとお伝えしているに、どうしてああも気遣ってくださるのかしら?」


一人、渦中にいるはずなのに内情を知らないアマーリアはただただ首を傾げた。


それに何も答えられないクラウスとそんな雰囲気を察したルイスが、不意に口を開く。


「……以前、魔術師団長様にはアマーリア様と同じ年頃の妹がいらっしゃると聞いたことがあります。お嬢様と同じ白い髪色で、赤い眼をしていらしたと」


そうして俯きがちに告げられる話。


アマーリアの持つ髪と眼は珍しいが、他にいない訳ではない。


しかしこの辺りでは見掛けないことは確かで、それが同じ年頃の妹がいるとなれば気に掛かってしまうものかと頷いた。


「そう、だけれどそれならば……」


妹と似ているから気に掛けている、と一言言ってくれれば良かったのにと考えたところで、ルイスの浮かない顔とルーカスから話を聞いていない段階で嫌な想像が思考を掠めて言葉が切れる。


「……はい、お嬢様。随分昔に亡くなったと」


中途半端に言葉を途切らした聡いアマーリアの思考を察したルイスは肯定し、続けた。


「不慮の……事故で」


何に思いを馳せているのか、静かに語った彼女の手が握り込まれる。


けれどそんなことには気付いていないかのように遠くを見やったルイスは、名前も知らない誰かを想うように口元を引き締めた。


「申し訳ありません、冗長でございました」


一拍にも満たない間、良く眺めていなければ気付かない程の嫌悪とも取れる鋭い視線を消した後、何事もなかったかのように頭を下げる姿。


冗長と語る程何も話していないのに、対話を阻む彼女の言葉にアマーリアは首を振ることしか出来なかった。



ルイスに見送られ、最早日課となっている中庭でバイオリンを弾く最中、思い起こすのはどうしたって違和感しかない先程のこと。


「アマーリア様、休憩しましょう。そのままでは身が入らないかと」

「ええ……そうね」


手先は完璧であるが、何処からどう見ても気がそぞろである主を椅子へと招くクラリス。


この人気のない中庭へと通い詰めるようになったがために置かれた椅子とテーブルから眺める景色は寂しい。


「ねえ、クラリス。彼女の話、どう思う?」


前に一度、自分の世話をするメイドが消えて行った方を見つめる主の、心ここにあらずといったように問い掛けをする横顔を見据えて、口を開く。


「嘘ではないと思いますが、真実を語っている訳でもないかと。特に亡くなった妹御様とは関わりがあったように見受けられますし、魔術師団長様とも何かしらの因縁があるようにも捉えられる距離感ですので」

「そうよね、やっぱりそう思う?」


ルーカスと茶会をする日々の中で、ルイスが積極的に彼と近付かないことを二人は知っている。無論、彼女の性格からしてただ恐れ多いと距離を取っていることは考えられるが、それにしては少々感情を隠すように取り繕い過ぎている。


ルイス、ルーカス、亡くなった妹。


その三角形が導き出す過去は決して愉快ではないだろうし自分達にも関係のないことではあるのだが、他のメイド達から邪険にされるルイスとその事件が無関係であるようには見えないから少し、気になってしまう。


「彼女が消えて行った方向、行ってみますか?」

「……いいえ。無関係な私達が荒らして良い話ではないでしょうから、もう考えないようにするわ」


名残惜しく視線を遮り、残る自制心でこれからの対応を決めるアマーリア。


幸い、気に掛かる話を看過するということには慣れ始めており、思考を放棄するコツも覚えて来た。


そして他にやらねばならぬことも山積みの中ではすぐにこの話も忘れていくだろうと、バイオリンを手に取るのだった。


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