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元伯爵令嬢の下克上と恋愛譚  作者: 高槻いつ


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伯爵令嬢と月の女神

サウシェツゥラ皇族との茶会を終え、バイオリンの練習から戻って来たアマーリアを出迎えたのは困惑した顔のルイスと二つの箱、興味深そうにそれを眺めているアーディだった。


「月の女神、とは……お嬢様のことですよね?」


豪華に飾り付けられた外装、リボンに差し込まれたメッセージカードに書かれた宛名から察する届け人。


見慣れない宛先に戸惑いながらも反応からしてアマーリアが当人であると判断したルイスは尋ねるが、その首が縦に振られることはない。


「いくら使用人が届けたとはいえ、送り人が書いておりませんから処分致しましょうか?」

「待って。開けるだけ開けてみましょう」


故にこの荷物は喜ばしいものではないのだと理解し、ならばいっそ届かなかったことにして処分してしまおうと提案するルイスを引き留め、ひとまず開封することにしたアマーリア。


「ドレス、ですね。それに靴まで……この間着用されていた衣装と同等かそれ以上の意匠が凝らされております」

「それにそもそも良い色だ。こんな鮮やかな緑色の染色、どうやってやるんだろう」


珍しい、深いグリーンを基調としたドレス、それと共に贈られる同色の靴は傍目から見ても高価であることが察せられる作りで、先程ルイスに呼ばれたアーディも傍に来ては感嘆の言葉を零す。


「この染色、学びたいな。サウシェツゥラに行ったら教えてもらえるかな?」

「どうかしら。教えてもらえていたらこちらの大陸には既にサウシェツゥラの技能が伝わっていてもおかしくはないと思うけれど」

「はは、言えてる」


社交界でも余り見慣れない染色にただ心を惹かれるアーディと、現実逃避をするアマーリアとでは熱量の違う会話。


しかしそれぞれが同じものを見ているのに結果として違うものを見ているという状況が、会話を成り立たせる。


「そもそもサウシェツゥラって不思議な国だよね。以前でも向こうの大陸の覇権を握る大国ではあったけど、ここ十年で廃れていた魔道具の開発や貴族の流行を作ったりさ。それこそまるで神様でもいるみたいじゃない?」


暫く舐めるようにドレスを観察していたアーディはふと思い起こしたようにそう呟く。


ここ十年、サウシェツゥラの発展は未だ目覚ましい。


貿易で生み出される莫大な富と女神の寵愛を受けた広大な自然を有するかの国は予てから大国であるが、十年程前に開発された属性鉱石を使用する便利な魔道具の開発と利権は更なる富を生んだ。


以前までは軍事利用しかされていなかった魔道具を人々の生活を豊かにするための開発をしたサラセリーカの姉、カトリーナ第一王女殿下の発明はそれだけに留まらず、針子の協力を得て新たなドレスの型を考案したのもかの方とされている。


更には海辺の辺境でしか馴染みのなかった貝殻細工を社交界へと持ち出し一躍その土地を観光地へと誘導し、叩くと肌が荒れた化粧品の改良をしては貴婦人の心を掴む商品を編み出したりなど一見貴族界の利益しか求めていないようにも見えるが、王女殿下の一番の功労は数年前に建てられた平民のための治療院と併設された学院。


初めは、慈善活動の一環で知識はあるが日々の過酷な労働をこなせぬ老人達を各地から集め、文盲の孤児に施設の維持をさせながら賢人は彼等の教鞭を執ることで循環させるような名もなく目的もない小さな施設だったという。


しかしその施設には老婆が多く、辺境の薬学の知識が集まっていたため本当に小さな薬屋のようなことをしていたその場所には、たまに怪我をした貧乏な若者や身寄りのない妊婦等が集まった。


そんな彼等を無事に送り出し続けていれば少しずつ人との交流が始まり、少しずつ人が増え、その噂は段々と各地へ広まっていったが、無償にはやがて限界が訪れる。


そう危惧した王女殿下は、自分が何か起こる度に支援をし続けなくとも良い環境を作り上げなければならないと考え、取った策が施設の支援者を募ることだった。


いずれこの地を去る有能な人材、支援者にはそれを引き抜く権利が与えられたのである。


決められた期間内は、毎月支援をすることを義務として。


勿論、当初は人など集まらなかったという。


所詮平民が教える平民、貴族の令息令嬢が溢れている貴族社会でその代わりとなるような知能など身に付けられるはずもないと。


しかしある出来事によりその考えが覆され、一転した事態は逆に支援者が溢れ過ぎて新たな学院を建てるという現状を作り上げることとなっていた。


「……そうね、本当に神様でもいるみたい」


かつて人伝に聞いた話を思い起こしながらアマーリアは首肯し、それを横目で見つめる一つの姿。


「ねえアリー、そもそもバイオリンのお披露目っていつなのさ?」

「都合の良い日に、とは仰っていただけたけれど、長くても一週間以内には」

「ああ、まあもう大分ここにいるしね、繋がりを充分に作れた貴族達はそろそろ帰り支度を始める頃だろうし」


そんな様子のおかしい主従の二人を気に掛けつつも話を変えたアーディと、深緑のドレスを見下ろしながら答えて何日後が最適だろうかと再び考えるアマーリア。


登城してからそろそろ二週間。


滞在予定の折り返しへと差し掛かったこの時期は、日夜開催される個人の茶会でもう成果を得ることのない貴族や義務を果たしたと感じる者達が少しずつ帰宅の準備を始める頃である。


早い者でも後一週間は発たないであろうが必要のない荷物などはその間にも運び出されて行き、三週半ばを迎えれば周りの様子を窺いながら帰宅する者も出

て来てその勢いは加速するだろう。


人目に晒されることを嫌うアマーリアとしては人の往来が激しくなる日にちよりも前に約束を果たしたいのだが、それでは如何せん練習日数が足りない。


「……あえて、今お嬢様が練習されているあの不思議な曲を弾かれては如何でしょうか?サウシェツゥラのお方ともなれば芸術に造詣が深いでしょうし、お嬢様のお悩みを解決する糸口となるかもしれませんよ」


いきなり届いたドレス、果たさなければならない約束に頭を抱えたくなったアマーリアの心情を察したルイスが一つ提案する。


自分達よりもずっと優れているであろう感覚、知識をいっそ当てにしてアドバイスをもらってはどうかと。


「そんなこと許され……ない、わ」

「あの王兄殿下と王女殿下のご様子からして問題ないのでは」


大胆なルイスの言葉に一瞬悩んでしまった自分を叱責しながらも否定の言葉を吐くが、それは即座にクラリスによって制される。


「大丈夫かと」


自分の従者にしては理由も理屈もないただの無謀な後押し。しかしそれにしては何か確個たる訳があると語る態度に反論を止め、思考の隅に留めておくと返事をするのだった。


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