伯爵令嬢と違和感
「お帰りなさいませアマーリア様。お飲み物をお持ち致しましょうか」
「ええ……お願い」
幾つかの約束事を胸に客室へと戻ったアマーリアを迎えるルイスが、真っ先にソファへと向かう背に問い掛ける。
あれ程茶会で紅茶を飲み干したと言うのに今は喉がからからに張り付いて答えるのも億劫だったが、何とか絞り出した返事。
そうしてだらりと疲労感が滲み出しつつソファに凭れている間、用意される紅茶。
慣れてきた味で喉を潤し、一息吐いたところでアマーリアは傍に控えたルイスを呼ぶ。
「ねえ、夕方頃は空いているかしら?空いていれば中庭でバイオリに付き合って欲しいのだけれど」
つい先程交わされたばかりの約束。それを遂行するにはこれまで以上の練習が必要であり、この後も中庭へ出てバイオリンを弾く予定だった。
無論、クラリスだけでも構わない。しかしどうせならばこのバイオリンに対する悩みを知る彼女もいてくれた方が良いと誘ってみたのだが、ルイスは暫し悩んでから首を横に振った。
「申し訳ありませんお嬢様、夕方から用事が入っておりまして」
「いえ、そういうことなら良いのよ。ごめんなさいね」
「申し訳ありません」
下げられた頭を手で制し、そういうことならば仕方ないと諦めたアマーリア。
「一つ、教えて欲しいのだけれど」
「はい」
そうしてまた傍に控えたルイスを見て、ふと浮かんだ疑問に投げ掛ける。
「最初から気にはなっていたのだけれど、何故私に付くメイドは一人しかいないのかしら?」
初日、ルイスと初めて顔合わせをしたときから、そのことが気にならなかった訳ではない。
他国のご令嬢方のように使用人を最初から引き連れているのであればこういった対応なのも理解出来る。
しかし陛下の謁見際、用意されると言っていた使用人は結局送られることなく使えない騎士達だけが後に到着した。
それで登城出来たということは端から使用人など引き連れるつもりもなくケープトンへ訪れるということであり、ならばそれを事前に把握している以上そちらで使用人くらいは用意しそうなものではないだろうかとアマーリアは思っていた。
ましてや自分は、王女の代理として来ているのだからと。
「……まあ、簡単な話よね。私、アリーシャ王女の代理として認められていないのでしょう?」
しかしその疑問は今日、正真正銘一国の王女であるサラセリーカの元へ訪れたことによって解決した。
「この部屋も悪いものではないけれど、あの方の客室は広く明るく調度品も豪奢。一目見れば高貴な方を招くための部屋だと理解したもの」
同じ一国の王女でありながら、この格差。大国サウシェツゥラの姫君を迎え入れるというのだから隣国の王女よりは部屋に格差があっても仕方ないかもしれない。
しかしその差を埋めるべく尽力するのが招聘した側の責務、ケープトンの役目だろう。
それが為されていないのが何処からの通達なのかは知らないが、アマーリアが王女代理として認めされていないのは事実であった。
「所詮伯爵令嬢だと、そういうことなのでしょうね。この事態を自国へ持ち帰ったところで何が出来るのだと言われている気分だわ」
一歩間違えれば二国間の国際問題な発展する対応だろうに、この揺らいだ国でそれを行う理由が理解できないにせよ事実はここにある。
「……申し訳ありません」
一人見解を出したアマーリアへ、ルイスが頭を下げた。
彼女が悪い訳ではないのだから謝罪をされる謂れはないと首を振れば、物憂げに視線は逸らされた。
「変なことを聞いて悪かったわね。これを飲み終えたら移動するから、その後は夜まで戻って来なくていいわよ」
「承知致しました」
このまま話を続けたとしても何も成果は得られないと判断し、空にしたカップをテーブルに置いて再度出掛ける準備をする。
上等過ぎるドレスから普段の動きやすさ重視であるものへ着替え、朝ルイスに整えてもらった髪も解いて腰に垂らしてから簡易的に後ろで一つに結び、バイオリンを用意。
午後ということもありこの場で弾いても良い気はするが、自分がサウシェツゥラの方々にお茶会へ招いていただいたと周りに知られれば先日以上に訪問が増えることが予想される。
故に午前午後はなるべく他の場所にいた方が良いと判断したアマーリアはバイオリンを手にクラリスと中庭へ移動することにしたのだ。
「……クラリス、後で私にお茶会の招待状を送ってきてくださった方達の名前を控えてハイディ様に送ってくれる?あと、直接部屋に来たご令嬢方の特徴と名前がわかる方達も一纏めにして。私達の登城を確認してくれたあの門番の方なら問題なく手続きしてくれるだろうから、その方にお願いね」
「はい、かしこまりました」
部屋を出る直前、テーブルの上に纏めてある数々の招待状を目にしたアマーリアはルイスに聞かれないよう、自分の口内で消えてしまいそうな程の声で指示を出す。
正式な手続きを踏まずに部屋へ押し掛ける令嬢が誰で、逆に真っ当に自分を招待しようとしてくれている令嬢は誰なのか。
それがわかればこの対応の原因も掴めるだろうか、ぐらいの思考を頭の片隅に持ちながら二人は客室を去る。
「どうせならば私の近況報告も入れた方が良いわね。特に大国サウシェツゥラの方々と知り合えたとなればハイディ様も喜んでくださるだろうし、バイオリンも練習しているとアピールも出来るものね」
人目に晒されながら中庭へと足を踏み入れ、相変わらず誰もいないことを確認してから先程の話を戻す。
これまでのことを綴るには少々長くなり過ぎるから掻い摘んでとなってしまうが、それと併せれば令嬢の名前が並ぶリストの意味も理解してくれるだろうと。
「……杞憂であって欲しい、というか、そうではなくても仰る通り私が何か出来るとは思えないけれどね」
何処となく見覚えがあるような、部屋に押し掛けて来た令嬢達の顔を思い浮かべて小さく溜め息を吐くアマーリアはそんな言葉を最後にバイオリンを構えるのだった。




