伯爵令嬢と第二のパーティ5
「やあポートリッド嬢。体調は大丈夫なのか?」
パーティも終盤に差し掛かり、皆が序盤の喧騒にも興味が薄れ始めた頃。
壁の華と化していたアマーリアに近付いてきたルーカスは何故彼女がまだこの場所にいるのだろうかと首を傾げながら、一つのグラスを差し出す。
「体調は、問題ありません」
「そうか。何やら君自身に異様な注目が集まっているようだが何かあったのかね?」
「……」
自分が話し掛けているから。
それだけではない程の視線を訝しむルーカスから逃れるよう受け取ったグラスを呷り、強制的に話題を終了させるアマーリア。
「ふむ。ポートリッド嬢、ダンスは御済かな?宜しければ私と一曲どうだい?」
答える気はない、若しくは答えにくいか。彼女の性格から考えて前者の可能性は低いと察したルーカスは即座に話題を変えて、ダンスを申し込むことにした。
この時間までいるのだからもうファーストダンスは済ませているだろうと思ってのことだったが、一度もクラウスと踊っていないアマーリアは軽く首を振ってその誘いを断る。
「……おや、まさか彼と踊っていないのかい?」
伏せられた視線、その最中に一瞬だけクラウスを捉えたことから断られる理由を察したルーカスは、そもそもこの二人の空気が何処かおかしいことに気付く。
すぐ傍にいるはずなのに、まるで深い断崖にでも隔たれているような錯覚。パーティが始まる前まではこのような雰囲気ではなかったから自分が参加する前の時間帯で何かあったのだろうと、それ以上を触れない。
「そうか、ならば仕方ないね。私は顔出し自体は済んだからもう戻るがポートリッド嬢はまだ戻らないのかい?」
「……はい。まだ、ここにおります」
未だ揺らぐ感情。それをどうにかするためにこの会場にいるのだから、それが落ち着くまでは戻れない。
故に体調を心配するルーカスに尋ねられても、アマーリアの足が動くことはない。
想定外のことで注目を集め、居心地の悪い空気であったにせよ、その煩わしさは思考を乱すのに丁度良い程、アマーリアの心情は荒れているから。
そして結局二人は一度もダンスを踊ることも、会話をすることもなくパーティを終えて客室へと戻って行くのだ。
「おかえりなさいませ、お嬢様」
「おかえりアリー」
「ええ、ただいま」
ルイス、アーディに出迎えられて、嘆息を零すアマーリアはそのままソファへと直行して腰を下ろす。
「アーディ、向こうでクラウスの支度を手伝ってあげて」
「りょうかーい」
ソファに座るアマーリアのため、お茶の準備をしてくれるルイスに礼を言いつつ騎士服から元の給仕服へ着替えるクラウスに付くようアーディに告げ、自分から離れていく従者の背中にもう一度溜息を吐いた。
「どうぞ、お嬢様」
「ありがとう」
着ているだけで疲れるドレスを脱ぎ捨てたい衝動に駆られながらも、何とかなけなしの体裁で居住まいを正すアマーリアにルイスはリラックス効果のあるハーブティーを差し出す。
慣れて来たクラウスと違う味が今は妙に落ち着いて、先程とは違う息をもう一度だけ漏らした、アマーリア。
「もうおやすみになられますか?」
「そうね……これを飲んだら着替えて横になろうかしら」
「承知致しました」
そんな彼女のいつもとは違う様子にルイスは追及することもなく休息を提示し、頷いたことを確認してから整えられたベッドの傍に衝立とネグリジェを用意して待機。
間もなく、ハーブティーを飲み干したアマーリアの装飾品、ドレスを一つ一つ丁寧に外しては痛まないように台の上に重ね、着替えを終えてベッドに潜り込む姿を見届けてから衝立を部屋の隅へと移動させた。
「あ、ドレスありがとうね。君ももう戻って良いよ」
「はい、失礼致します」
同じくして給仕服に身を包むクラウスことクラリスになった彼女の横に立ち、既にベッドで息絶えたように眠ろうとしているアマーリアを見たアーディは本日の役目を終えたルイスを見送って、ベッドサイドに立つ。
「おやすみアリー。良い夢を」
「……うん」
膨らむ布団、籠る返事に困ったように笑うアーディはこの元凶であろうクラリスへと視線を送り、二人で客室の外へと移動する。
「何があったっていうのさ?アリーがあんなんになるなんて相当だよね?」
「詳しいことは私にも」
「概略」
「大国サウシェツゥラの王兄殿下と何かを話した。以降、様子がおかしい」
「はあ?」
あからさまに様子のおかしい想い人。お前がいるのに何故あんなことになっているのだと咎めるアーディの眼付きに、あったことをただ述べるクラリス。
流石にそれだけでは全てを理解出来ないアーディが鋭い声で詳細を乞うも、クラリス自身がそれを知らないと首を振る。
「アリーがその王兄殿下と話してる間、君は何をしていたのさ?」
「……サウシェツゥラの姫君と踊っていた」
「はあ?」
獣人であるクラリスならば話を盗み聞きするくらい大差ないだろうという本心を含む問いにもまた、事実を述べた。当然、より一層アーディの眼が歪む。
「何だってそんなことになってるのさ?」
「……」
アーディが何一つとして理解出来ない前後も意図も、薄らと心当たりのある幼馴染みは口を噤む。
「そう、じゃあそれはいいよ。いいけど、心当たりがあるならどうにかしてよ」
こうなったら意地でも吐かないと知るアーディは苛立たしげに腕を組み、話の渦中であるアマーリアが傷付かないようにしろと、要望を伝える。
「……クラウス?」
しかしそんな言葉にさえ首肯しない彼女に嫌な引っ掛かりを覚えて名前を繰り返せば、葛藤を孕む赤い眼とかち合った。
「離れたくないのは、僕も一緒だよ」
「は?何の話……って、ねえ、」
そして傍にいなかった自分にはわからない言葉を残して、幼馴染みはそのまま立ち去る。
引き留めても聞こえていないかのように消えていく背中と、自分に都合の良い未来へと近付いてしまっているようなその言葉に、アーディは立ち尽くす。
「……おまえがいなくなることと、大国のことと、アマーリアのこと。何が関係あるっていうんだよ、なあ」
だから、猫被りな彼が想う言葉は、ただ虚空へと溶ける。




