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元伯爵令嬢の下克上と恋愛譚  作者: 高槻いつ


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伯爵令嬢と第二のパーティ4

「……御拝顔の栄に浴し、恐悦にございます」

「ああ。それならばもっと友好を深めようではないか、月の女神」


会場の隅にいたただの伯爵令嬢へ話し掛けたことで騒然とする城内の中、遠回しに遠慮する旨の挨拶を何事もなかったかのように聞き流した王兄殿下。


その後ろで王女殿下は大層申し訳なさそうにアマーリアを見つめているのだが、片や迷惑そうな一人、片や申し訳なさそうな二人を全く意に介すことなく王兄殿下は続ける。


「お手を」


ざわつく会場を誤魔化すためか、恐らく巻かれて行われている楽師達による演奏を丁度良いと言いたげに差し述べた王兄殿下の手を、アマーリアは当然払える訳がない。


「ファーストダンスは獣人の彼に譲らないといけないからね、このままバルコニーへと出ようか」

「……承知致しました」


重なった手を軽く引き寄せ、自分の傍へと立たせた後に囁く。


腕を絡めてバルコニーへと向かう二人の後ろ姿は他の誰よりも注目を集めたもののそれを追う愚か者は見当たらず、ならばと取り残されているだろう王女殿下と獣人の騎士の方へと視線を向ける観衆。


「お上手ですね」

「……叩き込まれましたので」

「ふふ、そうですか」


しかし観衆がアマーリア達二人へ関心を寄せていた間、クラウスと王女殿下は演奏に合わせてワルツを踊っていた。


本来であればエスコート相手以外とファーストダンスを踊るなんて、と非難されるところも大国サウシェツゥラの王女殿下となれば細やかな陰口も見当たらない。


「……きれい、ですわね」

「ええ……」


しかし大国の姫君だから、という理由の他、最もわかりやすい理由として一つ、二人がただ目を惹いた。


美しい容姿を持つ二人、そんな二人がダンスを踊っているなどこの社交の場ではそれ程珍しいものではない。


それなのに観衆は()()()()()()()()()()ように、二人から目を離せない。


「……伯父様が戻って来られたようですね。アマーリア・ポートリッド様によろしくお伝えください。()()、お会い致しましょうと」


曲の切れ目を見計らったかのようにバルコニーから戻ってきたアマーリア達を視認した王女殿下は、一礼してクラウスから離れる。


「……サウシェツゥラの、姫君か」


自分の元から去り、王兄殿下と合流したその彼女の存在をぽつりと口から溢したクラウス。


「似てるだけ、で済ますのは余りにも……」


精霊に近しい自分の血筋はおろか、一般の人間でさえも惹き付ける精霊の濃い気配に加え、あの容姿。


「……クラウス?」


バルコニーから戻り、何故か会場の中央付近にいるクラウスを不思議に思いながら彼の視線の先を辿ったアマーリアが呼び掛けた声音は少し震えていた。


「そんなに、王女殿下が気になるの?」


傲慢な自分の感情にうんざりしながら、努めて平常であるように心掛けたアマーリアの問いに振り向き、震えている声に気が付きながらもクラウスは素知らぬ顔で目を伏せて口を開く。


「……良く、似ておられますので」

「似てる?」


彼と同じものを見て聞いて生きてきた自分の中には合致することのない答えに首を傾げるアマーリアに、頷く。


「貴女様の母君である、サラ様に。……良く、似ておられるから」


だからただ気になるだけです、と付け加えたクラウスの答えを聞いても尚、アマーリアは腑に落ちない。


母の声も、顔も、姿も、時が経つに連れて薄れていっていることは間違いない。けれど、だからといって母と良く似た人を見掛けたのならば、それに思い当たらない程忘れてなどいない。


「お顔が似ていらっしゃるという意味ではございません。これはもっと本質的なモノで……」


怪訝な顔をするアマーリアに向き合い説明しようとしたクラウスの言葉が、不意に途切れる。


姿形等ではなく、最もわかりやすい人が纏うその色。


「……申し訳ありません」


それが良く似ているのだと口にしかけたところでクラウスは口を閉ざして、代わりに謝罪を述べた。


「いえ……良いのよ」


それが何を意味するかをもう知ってしまっているアマーリアはそれ以上を追求せずに背を向け、再び会場の隅へと佇む。


夜会に出るという目的は果たした。


不本意ながら目立ち顔が知られ、これで客室に戻ったとしても咎められることはないから今戻ってしまっても構わない。


それでもアマーリアの足は何故か、あれ程までに戻りたがっていたのに何故か、客室へとは赴かなかった。


直接話し掛けられることはなく、ただ噂話の種となっている決して居心地の良いとは言えないこの空間。


疎らに踊り出す人が増え、談笑がそこかしこで始まり、徐々に夜会の雰囲気を取り戻す騒がしいここは、考え事をせずに済みそうだったから。


幸い、以前のパーティで感じた体調不良はなくクラウス自身も戻ろうとは声を掛けない。


故にアマーリアただ、ただ壁の華となって一夜を過ごす。


けれどいくら喧騒に意識を割いていても、ふらふらと頭の片隅で揺れ動く大国サウシェツゥラの王兄殿下の言葉。


『月の女神は、あの獣人の彼が好きなんだね』


『しかし君が今後立つ場所を考えれば今までのように傍にいられないのは明白か』


『ああ、そんな顔をしないでくれよ。意地悪をしたい訳ではないんだよ』


『でもね、一つ忠告をしてあげよう』


『君がどんな決意を胸にしたとて』


そうして一つ一つ思い出して、何も言えない虚しさが満ちるばかりの心が最後の言葉を反芻する。


「……彼は絶対に、君の傍から離れていくだろう」


口の中で溶けて消えそうな声で紡がれた、決して望みなどしないはずの現実はアマーリアの心に深く沈んでいく。


何故サウシェツゥラの王兄殿下が態々自分に構い、そんなことを口にしたのかなんてわからない。


でもいつか、いつか訪れてしまうかもしれないそんな未来を想像しただけでこの心は錆び付く。


別れの準備など、出来やしない。


「ねえ、クラウス」

「……はい、アマーリア様」


意味もなく空回る思考を区切り、好奇の視線を遮ってくれているその背へと呼び掛けたアマーリア。


「ううん……なんでもないわ」


そして、曖昧に微笑んだ。

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