伯爵令嬢と第二のパーティ2
「という訳で私がエスコートしたいのだが」
「……成程」
パーティの始まる夕方時。最後の支度を終え、再度姿を見直し、問題のないことを確認していたアマーリア達の元へルーカスが訪れていた。
曰く、自分もこのパーティには参加せねばならない。
しかしエスコート相手なしに一人で入場してはその後のダンスで恐らく酷い目に遭うから、アマーリアをエスコートして入場し、そのままダンスを踊って適当なところでさっさと二人で切り上げようという話を持ち掛けているところ。
「お気遣いは非常に嬉しいのですが、私にも一応婚約者がいる身です。護衛のような方であればともあれ、魔術師団長様と入場しては要らぬ噂も立ってしまうでしょう」
「……そうか、残念だ」
ルーカスの申し出に、一考はするアマーリア。しかし、利害を考えれば気乗りはせずともハイディが付けてくれた護衛と共に入場するのが一番良い。
と、そう申し訳なさそうに目を伏せて断りを入れるアマーリアに頷きつつ、ルーカスは密かな護衛をどう全うしようか考える。
「アマーリア嬢、エスコート相手というのはアレだろう?あのやる気のない」
護衛でありながら、基本的に対象の傍にいない彼をアレと呼び、不愉快そうに眉を顰めるルーカスの言葉にアマーリアは困ったように曖昧に微笑む。賛同したいのは山々ではあるから、否定はせずに。
「……護衛というのなら、そこのクラリス嬢ではダメなのか?」
そんなアマーリアを不憫に思いながら、思考を巡らせる。そこでふと名案を思い付いたルーカスは、ぽつりと思考を垂れ流してしまった。
自分が傍にいては、恐らく前回のように無用な注目を浴びてしまうだろう。しかし、あのパーティ会場で自分がアマーリアの傍にいれないのは心配過ぎる。
が、自分と同じくらいかそれ以上に精霊を認知出来て彼女を守ってくれそうな存在に心当たりはあらず、適任がいない。
ならばやはり自分が無理矢理にでも何か理由を付けて傍に、と思考を纏めるために視線を適当に動かしたその先にはクラウスがいた。
だから、ルーカスは己の言葉を振り返る前に、この場に誰がいるのかを確認もせずに、無意識に言葉を吐いてしまった。
「……」
一人、クラウスが女性だと思っている一ルイスは一瞬首を傾げる。けれど彼女は決して鈍感ではなく、これまでの不可解な二人の距離と行動を思い返せばその言葉が何を示しているかを理解出来てしまった。
「……外に、出ていましょうか」
「いえ、大丈夫よ」
物事を把握したルイスは、一度場を立ち去ろうか確認を取る。しかし確実にバレてしまったのだからそれは何一つ意味を為さないだろうとアマーリアは頭を振って止めた。
「ご存じだったのですか、師団長様」
「申し訳ない……理由は察せたから、触れないでいたんだが」
不用意に口に出してしまったことの謝罪と共にルーカスは黙る。幸いこの場にいるメイドはルイスのみであって、彼女は意味もなく周りにこのことを言い触らすような人物ではないと見受けるのが不幸中の幸い。
「もしかしたらそれ、良い案かもよ?」
「……と、いうと?」
何で埋め合わせをしようか真剣に考えていたルーカスに、ずっと一人奥の方で状況を眺めていたアーディが近付いてくる。そしてにこやかにクラウスへと視線をやって、口を開いた。
「君の服、仕立ててあるよ?」
「また給仕服でしょ、う……」
小首を傾げ、まるで可愛らしい令嬢のように微笑むアーディの言葉の真意に、クラウスは気付く。ただ単にまたこの前のように嫌がらせで給仕服を仕立てただけならば、今この場で口など出してこないだろう。
「うん、君の正装」
ならば何を仕立てていたのかといえば、紛れもなくパーティへ来て行くための男性用の衣服。何故アーディがそんなに準備良く用意していたのかは不明だが、幼馴染みは自分と違って嘘は吐かない。
「ねえアリー、僕もあの護衛に君を任せるのは嫌だな。クラリスの双子、護衛ってことにして出しちゃおうよ。護衛なら良いんでしょ?」
「それは……」
良いかもしれない、と思ってしまったアマーリアがいた。
「ふむ、良いんじゃないか?入城の際に人数に確認があったにせよ、入ってしまった者を全て把握している存在もいないだろう。それにクラリス嬢程信用出来る者もいないしな」
「うんうん、じゃあそういうことではい」
そしてその提案を一考したアマーリアを後押しするようにルーカスが認めたのなら、展開は早かった。拒否権も、拒否する理由もないクラウスはアーディから衣服を受け取り一室の隅を借りて着替える。
貴族の正装である燕尾服と違い、用意されていたのは騎士用の軍服テイストな礼服。白無地のシャツの襟元を黒いネクタイで締め、黒地の胴衣と上衣、下衣を順次身に付けては最後に白の手袋へ指を通し、マントを羽織って衝立を出た。
「流石に似合うね」
こうした正装に身を包むのは始めてであったのにも関わらず、衝立から出て来たクラウスは嫌味な程に良く映えていた。それを何処か不満げに賞賛したアーディは、教えていないにも関わらず何一つ間違っていない着こなしに更に溜息を吐く。
「まあ僕が仕立てたしね、合わないはずもないけど」
嘆息しつつ、ぐるりとクラウスの周りを一周し、自分の仕事に一切の不備がないことを確認してアーディは離れていく。
「いや、それにしても良く似合っているな」
そして賞賛を、ルーカスが引き継いだ。
「髪はどうするんだ?また女性の姿へと戻るのだから、切る訳にはいかないだろうが」
衣服一枚で丸っと女性から男性へと印象が変わったことに興味深そうなルーカスは、着替えるために下ろした美しい赤銀の髪に触れる。
男性として通すのなら切ってしまった方がより男性らしくなるとはいえ、クラウスは今日の夜会が終わればまたメイドに戻らなければならない。
「問題ありません」
「うん?」
ルーカスの問い掛けから思い出したようにああ、と頷いたクラウスは答え、護身用として持っているナイフを懐から取り出し、髪を持った。
「待て」
そしてそのままルーカスの制止を聞くことなく、その綺麗な赤銀の髪をざっくり切り落とす。
「……」
「良いのか?」
「はい」
それを残念そうに、名残惜しそうに見つめるアマーリアと目を瞠るルーカス。
腰半ばまで真っ直ぐに落ちていた髪は今や乱雑な切口のまま肩の上で揺れる。
それを全く意に介さずにクラウスは二人に頷き、この程度の長さがあれば互いを編み込んで解けないように髪飾りなどで補強すればまた偽れると、そう説明しつつその髪をアーディへと預けた。
「アリー、そろそろ行った方が良いんじゃない?」
「あ、そうね」
それを受け取り、はばらばらにならないようにひとまずリボンで纏めた後、アーディは懐中時計を取り出して時間を確認して会場へと向かうように促した。
「行ってらっしゃい」
「ええ、行ってくるわね」
アーディとルイスに見送られて、アマーリア達は会場へと向かうのであった。




