伯爵令嬢と第二のパーティ
「お嬢様、昨日は申し訳ありませんでした」
「いえ、気にしないで。貴女のせいではないのでしょう」
寂れた中庭でルイスを見掛けた翌日。早朝、いつものようにアマーリアの元へ訪れたルイスは、特に変わった素振りもなく頭を下げていた。
その理由が単に前触れもなく傍を外れたことに対してなのか、代わりに自分に付いたメイドに問題があったからなのかには触れることなく、首を振って謝罪を受け入れる。
「今夜は外せないパーティがあるでしょう?戻って来てくれて助かったわ」
「ドレスを、決めなければなりませんものね。前回いらしていた仕立て屋の方は?」
「朝食後には来ると思うわ。それまでは好きに過ごしていて」
「かしこまりました」
そして一息吐き、話を変えたアマーリアは今後の予定をルイスと確認する。
今日は第二王子であるリシャール・ケープトンが主催するパーティが開かれるため、これまで一切夜会に参加していなかったアマーリアも今夜ばかりは出席しない訳にはいかない。
無論参加が義務付けられている訳ではないが、アマーリアは王女であるアリーシャの代わりとしてこのケープトンに来ている。
故に、これまでのような宰相が開いていた夜会ならまだしも、一国の王子が主催するパーティを欠席するのは友好を望む間柄には宜しくない。
「出席して、少しダンスを踊って戻ることにしましょう」
「……クラリス、貴方何だか私にパーティに参加して欲しくなさそうな顔ね?」
「そんなことは」
しかしそんな国同士の柵よりも、クラウスは何よりもアマーリアが大切だった。
最低限の出席だけして、参加したことを周りの人間に覚えてもらうよう軽くダンスを踊れば充分だろうと意見したクラウスへ、アマーリアは首を傾げて追及する。
どうせこのように問うたところで自分の従者は何一つ訳を話してくれはしないから当てつけのようなものと理解した上で、アマーリアはじっとその赤い眼を覗く。
「……まあ、良いわ。約束だものね」
しかし待つと言ったのは、他ならぬ自分である。
日を追うごとにクラウスのだんまりが酷くなっていようとも一度決めたことを覆したりはしない。ただ、ちょっと好奇で尋ねてみたくなっただけだと、アマーリアは視線を逸らした。
「アリー!おはよう!」
「おはようアーディ。元気ね」
「それは勿論。数少ないアリーを着飾れる日だからね、予定よりも早く来るさ」
周りの貴族達よりも早い朝食を取るアマーリアの元へ、聞いていた時間よりも早くアーディはやって来た。
後ろに侍るメイド達へいくつものドレスやアクセサリーを持ってこさせ、その中には先日ルイスの代わりに付いたメイドもいたが素知らぬ顔でアマーリアは朝食を終え、アーディの傍に寄る。
「それで、今回のドレスは?」
「うんうん、まあひとまずこれを見てから決めてよ」
相変わらず着飾ることには興味なさげなアマーリアに慣れているアーディは、幼馴染みの憂鬱そうな顔など見ないことにして仮縫いの状態から新たに仕上げたドレスをメイドに運ばせて、テーブルの上に広げた。
「さ、どれがいい?」
問いておきながら、答えはわかってはいる。いつだってこうしてドレスを並べたとしても、アマーリアが自発的に何かを着たいと口にすることは滅多にないということは。
それでも、アーディは今日もまた問い掛ける。
「……」
視界に映るのは深紅のドレス、薄水のドレス、黒のドレス、紺のドレスの四種類。型や刺繍、レースやリボン使いに差異はあれども自分の好みを知っているアーディが仕立てるドレスは、それを熟知しているが故に選べない。
どれも素晴らしい。服飾に興味のない自分が気になるようにと細かいところにも趣向が凝らされていて、本当に自分のためだけに仕立ててくれたことがわかる。
「……これが、良いわ」
「ん、それを?そりゃ全部全力を尽くして繕っているから困る訳じゃないけど、アリーがそれを選ぶのは少し意外だな」
普段であればどれも良いとアーディへ丸投げするところを、本人でさえそうなるであろうと思っていたところで、アマーリアは珍しく一着のドレスを手に取った。
それは通常アマーリアが身に付けない色で、アーディ自身も選びはしないだろうが今後の参考に試着くらいはして欲しいと思って持ってきていたもの。
「ええ。でもこの、深紅のドレスがいい」
アマーリアの目よりも深い、紅を基調としたドレス。鮮烈ながらも下品さは一切ない、深みと光沢を宿す美しい色をしたドレスを手に取りルイスと共に衝立の方へと消える。
薄い身体を軽く締め上げ、華美に重ねられた絹地を纏う己の身体。普段このように鮮やかな色合いのものを身に付けないにも関わらず、ハイディによる教育のお陰でそれなりに見える。
真白い髪と対照的なドレス。それは互いの色を良く映えさせて人目を引くのに、人形染みた造り物のような表情のせいか異様に近寄り難い雰囲気を醸す。
「お嬢様、御髪はどうなされますか?」
その雰囲気を作る一端となっている、アマーリアのさらりと癖一つなく落ちる髪を梳き、ルイスは今夜の髪型はどうするかと問う。
「……このままで構わないわ」
「かしこまりました」
鏡に映る自分を眺め俊巡するも、前回編み上げてくれたときのような柔らかい雰囲気を作るよりはこのまま下ろしていた方がこのドレスに合うだろうと判断したアマーリアは、身支度の整った自分の姿をもう一度鏡で確認してから衝立を出る。
「どう、かしら?」
「とても良く似合ってる」
「お似合いです」
「アリーがその色を来てくれるなら、帰ってからもっと増やそうか」
艶やかな白の髪を揺らして衝立から出、慣れない色を身に付けて少しだけ不安そうなアマーリアが二人の反応を窺う。
いち早く、間を置かずに称賛の言葉を送るのはアーディ。それに続くようにクラウスが頷き、仕立て屋は同時に次はどんなものを作り上げようかと考える。
「あ、なんかイメージ湧いてきた。アリー、まだ時間あるけれど僕は戻るね。気を付けて行ってくるんだよ」
「ええ、いつもありがとう」
頭の中にいくつも浮かぶデザイン。それが消えてしまう前に絵にして残したいアーディは、難航しなかったドレス選びのために早く身支度を終えたアマーリアを置いて部屋から出ていく。
「……自由な方でいらっしゃいますね」
予定時間よりも前に来ては、アマーリアが着飾り終えたらば戻っていく。そんなアーディの姿は中々慣れないらしく、ルイスはぽつりと心情を溢した。
「ええ、まあ、そうね。でも、決して悪いひとではないのよ」
変わり者でなければ、そもそも侯爵家の生まれで仕立て屋、その他服飾の仕事などやっていない。しかし見ての通り、悪い人間ではない。
そもそも自分のことを心配してここまで付いてきてくれているのだから、アマーリアにとって悪い人間であるはずもないのだが。
「……」
だからこそ、アーディには自分など捨て置いて望む道を進んで欲しかったのだとは口にせず、アマーリアはそっと自分の身体を見下ろす。
そしてそんな主をまた見つめては、クラウスも静かに目を伏せた。




