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元伯爵令嬢の下克上と恋愛譚  作者: 高槻いつ


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伯爵令嬢と日常

アマーリア達が登城してから、早くも一週間が過ぎた。


その間、ずっと開かれる夜会に一切参加することのないアマーリアは基本的に与えられた客室、足を踏み入れることを許された庭園で暇を潰して過ごす。


「おはようアマーリア嬢、元気かな?」

「……おはようございます、師団長様」


そして毎日訪れるルーカスとも絶やすことなく日々顔を合わせていた。


「体調に障りはないか?」

「はい、お陰様で」


最初に尋ねた日以降、何故か毎日客室にやって来るルーカス。要件という要件は特になく、ただふらりと現れてはアマーリアが手ずから淹れた紅茶を飲み、当たり障りのない世間話を少しして帰っていく。


その行動の意図を一切知らぬアマーリアからすれば初日のパーティで倒れ、最低限の付き人しかいない自分を気遣ってくださるのだろうという程度の認識であったが、裏事情を知っているクラウスは毎回複雑な感情でルーカスを見送っていた。


護衛を付けるという報告を受け、堕ちた精霊の話をいて以来数日に一度夜更けに集まって情報提供をし合うという時間を取っているものの、何一つとして進展がない。


会場で倒れた理由もわからず、それに関するであろう精霊のことも、城内で起こった王太子暗殺関連の裏事情もどうすれば良いのかの宛もない。


ただアマーリアに適当な理由を付けてパーティに参加させず、客室か目の届く庭園に閉じ込めることしか対策のない現状。


幸い当人がパーティ自体好まないお陰で本人への負担は少ないが、それでも毎回パーティへの参加を止めるクラウスを不思議に思ってはいる。


これ以上主に隠し事をしたくはないのに、そうせざるを得ない状態に鬱々とした感情を抱えるクラウスは、バイオリンを弾くために準備をし始めた主の背を見た。


「……どうかした?」

「いえ」


じっと自分を見つめるクラウス。そんな彼の痛い視線に振り向くアマーリアはの体調に、陰りは見えない。会場に近付かなければ問題はないのだろうと思ってはいるが、それでも堕ちた精霊を視認出来ないクラウスは、こうして主を眺めることが多くなった。


息は乱れていないか、体温は変わらないか、顔色に、声音に異常はないか。


「私は大丈夫よ、クラリス」


そんな風に心配をするクラウスを、アマーリアは困ったように見て微笑む。あの日以来健康そのものだからと、そう付け加えても自分を見つめる視線は逸らされない。


「庭園に行きましょう?」

「はい」


朝の日課。ルーカスをもてなし、支度をすれば庭園でバイオリンを弾く。


クラウスの視線から逃げるようにそれを提案し、今日もただ部屋の前に立つだけの護衛に出ることだけを告げて二人はもう通い慣れたと言える庭園へと向かう。


「今日はルイスがお休みだから評価が聞けないのが残念ね」


ここへ来て以来、常にルイスはアマーリアの傍で職務を遂行していた。しかし先日、別件の仕事が与えられたとのことで今日一日離れることを聞く。


代わりに宛がわれたメイドはルイスとは比べ物にならない程に役に立たなかったために部屋で待機させ、そのまま出て来た。


こうして日課となった演奏の後はルイスが個人的な意見を話してくれて、それを参考にしたりしなかったりする過程はアマーリア自身が自分の演奏を客観的に理解するのにありがたかったのだが、いないことを騒いでも仕方ないとアマーリアは辿り着いた庭園でバイオリンを取り出して構えた。


「……問題ないと思うのだけど、どう?」

「当初に比べれば大分音が柔らかくなったように思います。弾き切る回数も増えていますし、順調かとは思います。しかし、まだ躊躇いを感じる場所もあれば乱れるところもあり、アマーリア様の目指す音には遠いかと」

「そう」


手慣れた音を手繰るアマーリアが弓を下ろし、不安そうにクラウスへ講評に耳を傾ける。本人が一番良くわかっているところに手厳しく触れるクラウスは練習を重ねる主の傍、寄って来る精霊達を眺めて記憶を辿る。


アマーリアの望む音。今は亡き母君が良く奏でていたその音はクラウスにも親しいもので、もっと言えば精霊達が焦がれる音でもある。


今は亡き道標。けれどそれに準じる音を奏でてくれる娘と、精霊達は望郷に浸る。


だから以前アマーリアがルイスへ説明した感情は、決して間違いではなかった。


この曲は望郷、そして帰郷の音。けれどそれが寂しいものにならないために、楽しく還れるようにと母君が作ったものであるのだから。


アマーリアは、思い出せない。


遠い昔、伯爵邸の庭には沢山の精霊がアマーリアと母君を囲み、世界樹へ戻るための道標をねだっていたことを。その度に母君はこの曲で彼等を送り出し、同じようにその景色を見ていたことも。


絶たれた道標が覆い隠す記憶は少なくない。自ら思い出すまでは話せない約束は今もアマーリアの傍にあるのに、彼女はそれを未だ掴めていない。


「ふー……」


思考に耽るクラウスの意識を戻したのはアマーリアの一息。


バイオリンを下ろし、ケースに保管するところまで既に終えていたアマーリアは、疲労を吐き出すように息を零す。


「戻りましょうか、アマーリア様」

「ええ、そうね」


いつの間にか結構な時間が流れ、そろそろ賓客達も起き出して活動を始める時間。各々家のために人脈を作ったりただ暇を潰すために散歩をしたりと城が忙しくなる前に戻ろうと、二人は庭園を立ち去る。


「あれは……ルイス様では?」

「え?」


木の陰に消えていく金の髪。アマーリアにはその程度しか認識出来ていなかったが、クラウスには花を手にしたルイスの浮かない表情さえもしっかり目視出来ていて、それを伝える。


「裏手の場所に花を?……何かあるのかしらね」


ルイスが消えて行った方向は、城の裏手に存在する中庭の更に奥の方。ある程度管理されているとはいえ、表にあった庭園とは比較する必要もないくらいには手の入っていないことが窺えるその場所に何があるのか。


たった一週間かそこらの付き合いであるアマーリアは自分が立ち入る話ではないだろうとクラウスに伝え、何も見なかったことにして今度こそ客室へと戻って行く。


しかし道中、見てしまったものを完全に忘れ去ることは出来なくて、アマーリアは思考の片隅でずっと感じていたルイスの違和に触れる。


当初、貸し与えられたメイドが数人いたのにも関わらずいつの間にかルイス一人になっていること。今日代わりとして来たメイドの目には、ルイスへの嫌悪が見て取れること。


彼女の振る舞い自体は低位の貴族程度のものであるのにも関わらず、それに相反する器用さと知識を持つこと。


そして何よりアマーリアが最初から気になっていたのが、ルイスの眼は珍しい色合いをした紫眼であるということだった。


「……」


触らぬ神に祟りなし。


どのみちあと三週間程で自分はこの地を去り、その後はもう二度と彼女と道が交わることはない。


そう考えたアマーリアは思考に蓋をして、今しがた見たことは誰にも問わないことをクラウスと確認し合い、客室へと戻るのだった。


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