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元伯爵令嬢の下克上と恋愛譚  作者: 高槻いつ


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38/61

伯爵令嬢と晩餐会

「如何でしょうか?」

「ええ、問題ないわ。ありがとう、ルイス」


剣舞祭の時と同様、来て欲しくない日程訪れるものも早いモノで、アマーリアは昼頃から晩餐会の支度を行っていた。


以前髪を纏めてくれたメイド、名をルイスという彼女に手伝ってもらいながら漸くドレスや宝石類を飾り終えた頃には、既に夕方に差し掛かる。


「クラリスの方はどう?」

「こっちも大丈夫だよ」


鏡で全身を映し、何一つの漏れがないことを確認してから衝立を出る。そうして支度を終えた身でアーディの玩具にされているであろうクラウスの様子を窺えば、心底楽しそうに笑う仕立て屋がもう一つの衝立から顔を覗かせた。


「と言っても侍女だからね。そんなに飾れるところもないんだけどさ」

「私は普段通りで構わないのですが」

「まあまあ、そう言わずにさ。女の子なんだから可愛くしようよ?」


等と、幼馴染みにしか伝わらないに毒を吐き散らしたアーディはクラウスの腕を引き、衝立から出す。


紺色の給仕服はいつもよりも若干レースがあしらわれ、赤銀髪は瞳と同じ色の赤いレースのリボンで一つに括られている。袖口や襟元といった細部の仕様が少し華やかになったくらいの違いではあるが、それを着せたアーディはとても満足そうだった。


「僕は会場の方には行けないけど、何かあったら呼んでね」

「ええ、何もないと思うけれど」


繊細なドレスに身を包むアマーリアの姿を最終確認して、想像そのままの彼女達を見送る。晩餐会はおおよそ陽が完全に落ちる少し先の時間から、時計の針が三周するくらいまでは開かれる。


その間、ただの仕立て屋として来ているアーディは会場へと入ることは出来ず、ルイスと共にこの部屋で待っていることしか出来ない。


「じゃあ、よろしくね」

「はい」


なので、いつもと同じようにクラウスへ最愛の幼馴染みを預けて、アーディは客室の扉を開いて二人を見送った。




「はあ……」


国王不在の為、宰相主催で行われる晩餐会という名の顔合わせ。


各国から要人が集まる故にだだっ広いホールにはそこらかしこに騎士が配属されており、そんな彼らに囲まれるようにして立食形式のを取っている晩餐会には多くの使用人が飲み物やつまみ、菓子類をトレイに乗せて運ぶ姿が多く見受けられる。


それだけでもかなりの人数であるのだが、更には晩餐会のメインである賓客が集まっているものだから未だ宰相の挨拶を終えた程度しか進んでいないのにも関わらず、アマーリアは軽く人に酔いそうになっていた。


「アマーリア様、何か冷たいお飲み物を」

「ええ……お願い」


それ程人混みが得意な訳ではないが、今回に限っては小さな菓子ですら入らないくらいに体調が参っているアマーリアは気を利かせたクラウスの申し出に頷く。


「おやおやポートリッド嬢、大丈夫かね?」

「魔術師団長様、ごきげんよう」

「ああ、無理はしなくて良い。どうせ誰も見ていないのだからな」


宰相の挨拶が終わり次第、ホールの中心から端へ端へ捌けたアマーリアをこの城の魔術師団長であるルーカスが見つける。


明らかに様子の優れないアマーリアを気に掛けつつ、先程から彼女へ注がれる視線を遮るように前へ立ったルーカスは、()()()()であるその少女をじっと見つめた。


真白く、汚れの一つさえないまま落ちていた髪は纏められて、妖しい程に美しい深紅の眼は少し伏せられているからこそ、それがまた独特の色香を放つ。


護衛の一人さえもいないのは些か不用心のような気もするが、そういえば数日前に見た護衛は随分とやる気がなさそうだったということを思い出し、ひとまずもう一人の従者が戻るまでは傍にいることを決めたルーカス。


「人の中は嫌いかね?」

「いえ……そういった訳ではないのですが」

「……アマーリア君、本当に大丈夫か?」


端も端である故、給仕の人間さえも捕まらず、気を紛らわしてやれるものもない。適当な会話で話を繋ぐものの、みるみるうちに顔色が悪くなるアマーリア。


意外にも人の機微に聡いルーカスは彼女の様子が余りにも変だということを察している。しかし、目立たせてはいけないのに師団長のマントに身を包む自分が連れ出しては、否が応でも目立つことになってしまうだろう。


「ふむ、致し方ないというものだな」

「……はい?」


しかし、彼女が彼らに見つかるのも時間の問題である。あからさまに不調な彼女と敵対する彼らを引き合わせるよりは多少目立った方がマシだろうと考えたルーカスは、マントの留め具を外してアマーリアへと掛けた。


「師団長様?」

「失礼」


何事か、と目を瞠るアマーリアに一応断りの言葉を入れて、ルーカスは彼女を抱えた。


「し、師団長様?」


そう、抱えた。


まるで慣れているかのようにアマーリアの背と膝裏に手を差して、そのまま横に抱えた。


「すまない、マントでも被って堪えてくれ」


両の手が塞がっている故、掛け直してやることは出来ないから、適当にすっぽり被っていて欲しいとアマーリアの困惑を無視して告げる。


ああ、気を遣ってくださっているのかと意図を理解したところで、いやそもそも何故そうなったのか理解出来ないまま、アマーリアは一応、なんだかぼうってして全然働かない頭を覆った。


「師団長様、少しお話を……」

「ああすまない、今は立て込んでいてね」

「あら、その腕の……」

「すまない、後にしてくれるかな」


ホールの端にいたとはいえ、出口まではそれなりに距離がある。滅多にこういったパーティに出てこないルーカスはそれなりに注目を集めており、当然道最中に引き留められては腕の中の物体に触れられていた。


が、鰾膠もなく切り捨てられては追い縋る者もおらず、淡々と対応し続けたルーカスは漸く無事にホールから出ることが出来た。


「……アマーリア様!」


ホールを抜け、とりあえず宛がわれた客室へ送るのが良いだろうと先日訪れたばかりの場所へ足を向けていれば、切羽詰まったような声がルーカスを引き留める。


「ああ、クラリス君か。ならば私はもういらんな」


慌てて追い掛けて来たのが一目でわかる侍女。そんな彼へアマーリアを預け、自分はさっさと師団長室へ戻る為に踵を返した。


「……クラリス?」

「はい、アマーリア様」


ルーカスから主を受け取ったクラウスはマントから目元だけを出して自分を呼ぶ主に応える。。


「アマーリア様?」


じいっとした目線を向けたまま、何を言うでもなく自分を見上げる主を不可思議に思えば、アマーリアは何処か虚ろな瞳でぽつりと溢す。


「あは」


何処を見ているのか、少なくとも自分を見ているのに見ていないその眼に、からりと渇いたような声音に、クラウスの背がぞっと粟立つ。


「ううん……だめだよ」


()と話しているのか。


彼女よりもずっと見える眼を持っているのに、自分の視認出来ない()()と言葉を交わすアマーリアは、酷く幼く見える。


「もう、だめだよね」

「……アマーリア様」


ああ、違う。()()()()()いるのではなくて、()()()いるのだと理解したクラウスは、一度アマーリアを地面へ下ろして、空いた手で彼女の瞼を閉じた。


「そう、だめだよ。元の場所へお帰り」

「あはは」


ぱちり、と何かが弾けるような音がして、アマーリアの身体からくたりと力が抜ける。


完全に意識の失ったアマーリアの呼吸が乱れていないことを確認してからマントを被せ直し、再度抱き上げて客室へと歩むクラウスの足取りは、荒々しい。


「ああ。やっぱり、厄介なことになったな」


見えずとも、幾つも感じられる主への視線。


足早に客室へと向かう足が妙に重たくて、それを振り払うようにクラウスは呟いた。


「堕ちた精霊が闊歩する城なんて、ロクなことがない」


精霊と相性が良い故、絶対に自分には見えないそれらに苛立ちながら、何事もなくこの城を去ることなど出来ないと察してしまったクラウス。


「どうされたのですか?」


全ての原因である婚約者のジークムートと王女のアリーシャに腹を立てていたからか、少々乱暴に客室の扉を開けることになってしまったクラウスをルイスが迎えた。


「着替えをお願いします。私は必要なものを持ってくるので」

「え、あ、はい?」


アマーリアがそれなりに信頼しているメイド。それならば丁度良いと思い、そっとベッドに寝かした主の着替えを頼む。こういったときに手を貸せないのは忌々しいが、今は何よりも必要なことがあるとクラウスは客室を去る。


恐らく、先日勝手に護衛を付けるという報告と関連があり、自分よりはこの国の内情を知っているであろうルーカスの元へ行って事情を聞く為に。


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