伯爵令嬢とメイド
「うん、こっちはどう?アリー」
「……ええ、良いと思うわ」
ルーカス、及びリオンがいなくなった客室にて、アマーリアは護衛達と共に来たアーディと数日後に開かれるであろう、歓迎会と称する強制参加の晩餐会用ドレスを選んでいた。
「適当に決めて良いのに」
「でもほら、着るのはアリーだし」
服飾に大して興味のないアマーリアは、アーディが候補に上げたものを拒絶しない。
彼女的には適当にマナーに相応しい格好であれば何でも良のだが、一回一回きちんとドレスを宛がい、靴を用意し、貧相に見えない程度の宝石で全てコーディネートしてくれるアーディを邪険には扱えずに、ただただ提案してしてくれるものをひたすら肯定していた。
「あ、もう置き場所ないや」
しかし、そんなことを何回も繰り返しているうちに護衛とクラウスを部屋内で仕切る衝立の中はドレス達で溢れそうになっており、それに気が付いたアーディは特に自分のお気に入りであるドレスを二種類用意して、漸く選別に入った。
「うーん、アリーはあまり肌を出すのが好きじゃないから、やっぱり袖をレースにしてある程度の華美さを残したこのドレスが良いと思うんだよね。胸元も少し透かしてあるし、もう少し飾ればマナー違反にはならないでしょ」
二つのうち、基本的なテイストは同じながらも微妙に違うドレスをもう一度お洒落に無頓着な幼馴染みへ宛がう。
「うんうん、やっぱりアリーは黒が似合うね。こっちの明るめの紺も良いけど、やっぱりこっちにしよう。よし、僕出てるから、メイドを呼んで着て見せてくれる?」
「……ええ、わかったわ」
長かった選別の末、憔悴仕掛けているアマーリアを意に介すことはなくテーブルの上に重ねられたドレスを傷めないように丁寧に重ね、そのまま丸ごと抱えたアーディは衝立から出た。
「失礼致します」
そして入れ違いになるよう、ケープトン王城から賓客に何人かずつ振り分けられているメイドが衝立の中へ入り、アマーリアを着飾っていく。
「ありがとう、上手なのね」
「恐縮にございます」
本来であれば、何人かに別れて順に行っていく動作を一人で完遂したメイド。メルシスのように一切の無駄がなく、洗練された動作に舌を巻いたアマーリアは美しい金髪を括って束ねているメイドの顔を覚える。
「下がって良いわよ」
「はい。失礼しました」
そしてまた会話に無駄がないのも、アマーリア的に好評価であった。
「うんうん、流石僕。似合ってるよ、アリー」
未だドレスを身に纏ったに過ぎないが、アーディの中では既に完成図が出来上がっているようで、そこから先の装飾はそれ程迷うことなく決まっていく。
「完璧。何処に出しても誰に見られても恥ずかしくないね」
ドレス、靴、宝石、髪型、その他装飾品。
それらを全てをたった一人で見立て終えたアーディは一人満足そうに頷いた。
「クラリス、と、さっき彼女にドレスを着せてくれたそこのメイド。ちょっと来てくれるかな?」
そして衝立から少し顔を覗かせ、二人を呼び込む。
「どう?何処か気になるところはある?」
個人的には一切の妥協なく作り上げた物ではあるが故に、自分では気付けない何かしらの欠点を指摘してもらう為にアーディは二人にそう尋ねた。
「いえ、私は」
「……はい、問題ないと思われます」
そんな彼の問いにクラウスは首を振って否定した一方で、金髪のメイドは少し間を置いて首肯する。
「何処が気になる?」
「……」
「どう?」
「…………その、」
しかし、少しだけ不自然なメイドの間を鋭く察したアーディは一歩詰め寄り問い掛ける。
距離を縮め、自分を見下ろすアーディに若干表情を崩したメイドであったが、引かない彼に押し負けて口を開く。
「髪を、編んで結われた方がドレスのイメージに合うかな、と」
「髪?」
「はい」
躊躇いがちにメイドが口にしたのは、アーディが敢えてアマーリアの癖なく揺れる美しい髪を見せる為に何一つ弄っていない部分。
曰く、袖や胸元にレースを使って下品にならないように肌を見せているものの、それに対してアマーリアの髪が下りていては折角の軽やかで柔らかいドレスのイメージと少し合わない、と。
「成る程。でも、僕も多少は髪結いが出来ても本職には及ばないんだよな。試してみたいけど、職人が捕まるかな?」
「……あの」
他の意見があれば、試して比べたくなるのが性。しかし、試行しようにも括ってくれる人間がいなければ話にならない、と首を捻っていれば、おずおずとメイドが遠慮がちにアーディを見上げる。
「許されるのであれば、私に結わせていただけませんか」
そしておずおずと、その役目を買って出た。
「君が?……僕は構わないけど」
「私も構わないわ。お願い出来るかしら?」
侍女仕えでもない、一介のメイドにそんな技術があるのか、と少し厳しい目を向けたアーディと、こくりと頷いた当の本人であるアマーリア。
「はい、失礼します」
アマーリアとしては先程の手際を見る限り彼女は信用出来ると思い即座に許可を出したが、その手際を知らないアーディはただじっとメイドの手元を見つめ続ける。
「痛くはありませんか?」
「ええ、大丈夫よ」
しかし、そんなアーディの穿った視線など全く気にする素振りもなく、メイドはアマーリアの髪を綺麗に編んで結って綺麗に整えていく。
「こちらの髪留めをお借りしてもよろしいですか?」
「ああ、うん、好きに使って」
惚れ惚れするような無駄のない手付きであっという間に髪を結い終えたメイドは、ぱちぱち瞬きを繰り返すアーディが予め用意していた髪留めを差して、その手を止めた。
「……如何でしょうか?」
髪を弄っていた時とは打って変わり、一気に平淡な口調に戻ったメイドは鏡台の前へ座るアマーリアの背後へ共鏡を広げ、背を映した。
「素敵ね」
いつもであればすとんと落ちていた白髪は緩やかに左右から編み込まれて後ろで纏められ、軽く円を描くように根元からくるりと重ねた髪を崩さないようにピンを差して固定し、レースや宝石等の付いた髪留めで毛先を隠しただけのアップスタイルであったが、それは派手過ぎず、かといって地味にもならない絶妙なラインを攻めるドレスと良く合っていて、アマーリアは本心を呟いた。
「どうかしら?」
「良く似合ってるよ。……ありがとう、助かったよ」
心なしか表情の明るいアマーリアを少しだけ悔しく思いながら、その顔にさせたメイドにアーディは頭を下げる。
「お役に立てたのならば何よりです」
アマーリアの仕立てを全て行うアーディに認められたことにほっと小さく息を吐いて安堵したメイドは下がって衝立の近くに再び戻っていく。
「何処で覚えたの?」
静かに衝立の傍に控え、名残惜しそうにアマーリアの髪を見つめる彼女へ、アーディは至極当然気になるであろう疑問を投げ掛けた。
例えば、元々ハイディの侍女であったメルシスのように、高位の令嬢に仕えることが出来るような家柄から出ているような人間であるのなら、このような技術を持っていたとしても不思議ではない。
しかし、アーディは彼女の立ち振る舞いや最低限整えられてはいるものの、細やかな場所までは手入れされていない、出来ないであろう部分からそういった身分ではないと察していた。
だからこそ、良くて子爵か、精々男爵程度の身分と見受ける彼女が何処でこのような技術を身に付けたのかと、疑問であった。
そんなアーディの疑問を真っ正面から向けられたメイドは間を置きながらも、そっと口を開く。
「……妹が、おりまして。良く髪を結んで欲しいと、ねだられていたのです」
そして、穿つように自分を射抜くその眼から逃げるように、少し俯き気味にそう答えた。
「そう。あ、アリーはどう?髪は上げる?」
それが、何処か嘘を孕むような声音でもアーディは追及することはせず、ただ返事を返してアマーリアへと向き直り、話を切り替えた。
「そうね。髪結いが見つかるのなら同じようにしたいものね」
「探しておくよ」
「お願いね」
背後で行われていたやり取りを若干気にしながらもアマーリアは話に乗って肯定し、髪結いを探してくれるというアーディへその役目を頼んだ。
「もう着替えて良いかしら?」
「うん、構わないよ。僕達は出てるから、後はよろしくね」
「かしこまりました」
そして一刻も早く衝立の中から逃げ出す為、アマーリアはメイドを呼んで着替えを手伝ってもらいながら、無事ドレス選びを終えたのだった。




