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元伯爵令嬢の下克上と恋愛譚  作者: 高槻いつ


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伯爵令嬢と入城

「お初にお目に掛かります、アマーリア・ボートリッド様。バーゼルト公爵家騎士団騎士長、アルベロと申します」


クラウスとの決別を経て、未だ境界線の曖昧なアマーリアの元へ、ハイディが用意したであろう護衛が数日遅れで入国した護衛が跪く。


垂れた頭を覆う髪は褪せた金の髪で、一瞬だけ自分を見た瞳は獣のように鋭い深緑を宿していて、その眼には嫌悪に似た感情が含まれていた。


「アマーリア・ポートリッド。短い間にはなるけれど、どうぞよろしくね」


そんな視線をいち早く理解したアマーリアは軽い挨拶だけ述べてから、彼の後ろに控える数人の護衛達をくるりと見回して、誰も彼も自分には良い感情を抱いていないことを確認する。


「行きましょうか」

「かしこまりました」


ならば、世間話を振ることさえ無駄だろうと判断して下町と城を繋ぐ大橋の元から移動するために馬車へ乗り込み、前回同様城門の前を目指す。


「バーゼルト公爵領から、アマーリア・ポートリッド様ですね。護衛の数、名前、共に確認致しましたのでお入り下さい」


そして漸く、入城を果たした。



「君がアマーリア・ポートリッドかい!?」


城の使用人に城内を案内され、馬車などの整備を行う騎士達よりも一足先にクラウスと客室へとやって来たアマーリア達を出迎える声に一歩退く。


「ああすまない!私はルーカスと言ってね、一応この城の魔術師を纏める師団長という立場でもあるんだ。君はアマーリア・ポートリッドだろう?そこにいるクラリス君と共に妖精処へと導かれたという!!」

「……はい。アマーリア・ポートリッドと申します。どうぞ、よろしくお願い申し上げます」


正直、せめて一息くらい吐かせて欲しいと思いつつもあまりの勢いにアマーリアは言葉を呑んで頷き、挨拶の型を取ってから再度名乗った。


「うんうん、アマーリア君!それで聞かせて欲しいんだが、君から見た妖精処というのはどんな所なんだね?ああ勿論クラリス君から()()は聞いているがそれが人によって変わったりするのかと疑問で仕方なくてだね、そうそう、対価が演奏だというのは本当かい?精霊を唸らせたその腕前、是非とも聴いてみたい!」


留まることを知らないルーカスの好奇心に押されっぱなしのアマーリアとクラウスは、その後様子を見に来た歯止め役でもある例の門番が止めてくれるまで質問に答える余地もない程の速さで捲られる話の餌食となる。


「申し訳ありません、アマーリア・ポートリッド様」


若い門番から二人が入城したということを耳にした門番は、即座にルーカスの部屋に連絡を取り、彼が不在であることを知った。そして次に客人であるアマーリアの部屋に駆け付けたものの、一足遅かった。


「リオ、私はただ研究に忠実なだけで……」

「申し訳ございませんでした。このお詫びは後に必ず」


故に、いつまでも横で駄々を捏ねている上司を引き摺りながら二人へ謝罪の言葉を放ち、早くも慣れたクラウスとは逆に呆気に取られているアマーリアへ本当に申し訳なく思いながら退室する。


「ふむ、後でまた来るのか?そのときは勿論私も一緒に」

「騎士団長との会議が終わり、本日の書類を無事に完遂されてから仰ってください」


部下が上司を引き摺りながら廊下を進む。そんなことに慣れている城の使用人はまたかという視線を二人に送りながら会釈をして通り過ぎるのを待つ。


「まあまあ、お茶でも飲んで行きたまえよ」


そんな彼等に見送られ、今日も今日とて執務室から逃げ出してきた上司を無事に部屋へと送り届けた門番は足早にその場を去ろうとしたものの、いつものようにそう話し掛けた来たルーカスの言葉に足を止めてソファへと腰を下ろした。


「ふむ、紅茶で良いかね?」

「はい」


普段であればこれが業務をサボるための口実だとわかっているから、乗ったりはしない。けれど、そうではない今日は大人しくルーカスに付き合い、彼の開口を待つ。


「あの少女……彼女は、恐らく精霊付きだろう」

「っ、それは」


一口己の手で入れた紅茶を含み、ゆっくりと息を吐き出したルーカスは、静かに信頼出来る兄弟へとそう零した。


「彼女を取り囲むようにいくつも揺れる光の姿。正直な話、私もあそこまで個人に精霊が付いている者を見たことがない」


他人よりも少し特殊な眼。クラウスと同様に精霊を視ることの出来るルーカスは、彼女が妖精処へ招かれるのも納得出来る程に数々の精霊がアマーリアの元に集っていることを告げる。


「それでは……」

「ああ。彼女がこの場所にいては、命の危険が及ぶだろう」


そしてことりと置いたカップが、静寂の占める室内へ響いた。


「彼女を巻き込まないことは」

「不可能だろう。招待客である以上、親睦のパーティには顔を出さねばならない。運良く奴に目を付けられなければ良いが、そもそもあの国からの招聘者が王女から彼女に変わったということで注目を集めている。希望は薄いだろう」


淡々と物事を語る兄に、弟はぐっと唇を噛んで耐える。


王太子であったフェリックス様が暗殺され、波乱が満ちるこの城内で精霊に好かれたその存在をここに入れてしまうのは、あまりにも危険過ぎる。


「なるべく私やお前が近くにいて、様子を見守るしかないだろうな」

「……はい」

「ああ。彼女から、可能な限り目を離さないでくれ」


精霊を視認出来る。交流が出来る。そして、妖精処へと導かれた。


その事柄が強みとなって王太子の座を得たが故に暗殺されてしまった彼と同様、いや、それ以上に精霊に好かれる隣国の令嬢がこの渦中に巻き込まれない可能性は少ないだろうと判断を下したルーカスは密かにアマーリアへ護衛を付けるよう信頼出来る者に指示を飛ばす。


「それから……給仕服に身を包む彼には、この件を伝えておいてくれ」

「彼……彼、と仰いますと?」

「彼女の傍にいる獣人の従者だよ。あの子は男だろう?」


温くなってしまった紅茶を飲み干して、密談を終えたルーカスは目敏いであろうクラウスには説明しておけと勧める。しかし、そもそもクラウスを女性だと思っていた門番ことリオンは、小首を傾げて事も無げに吐かれた言葉に衝撃を受けた。


「なんだ、気が付いてなかったのか?確かに美人だが、背丈もあるし女性にしては指が骨ばっているだろう。喉や手足などは服で上手く隠してはいるから、分かりにくいとは思うが」

「……気付きませんでした」

「獣人だし、他に目が滑ったのは仕方ないだろう。それに加え、公爵領から送られてきた資料にも女性だと書いてあったからな。しかし、それを疑ってこその門番だろう?」


本当に気が付いていなかった様子の弟をからかう一方で、真剣に自分の門番としての目を恥じたリオンはルーカスの忠言に耳を傾けて首肯した。


「精進します」

「よろしい。そしたらすぐに門へと戻って」

「はい。師団長がきっちりと仕事に取り掛かることを確認してから、戻りたいと思います」


そして二度と間違わないよう、まずは能力はあるものの仕事をしたがらない兄兼上司のお目付け役をして目を光らせる練習をしながら、リオンは城前の詰所へと戻って行った。


「……ああ。いつの時代も、異端者には厳しいものだからな」


空気が淀んでいると窓を開けて行ったリオンを見送ったルーカスは、何処か遠くを見詰めて小さくそう零す。


もう、応えてくれない声に縋るように。


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