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伯爵令嬢の一日目

「さ、どうぞ。レディ?」


伯爵領から公爵領まで半日と少し。朝方出て、目的地に着く頃は夕日がよく映える頃だった。


「……うわぁ」


基本表情が乏しく、呆けた面など一切見せないアマーリアが思わず感嘆する程に伯爵領と規模の違う公爵領を治める当主の家。


アマーリアが住んでいた伯爵領は辺境地で、それでも西と南から王都へ出るには必ず経由される領の為、通行税や関税を敷いて潤していた。故に、ただ広いだけの辺境地でありながら、王都に住まうそこそこの伯爵家に負けない程度には屋敷が大きかった。


が、それを大幅に上回る公爵家。バーゼルト公爵領は国内屈指の製造と流通の地。恐らく、伯爵家の維持費の一月分の金が一日で動くだろう、とアマーリアは玄関門ながらも玄関先が見えないくらいには広く長い中庭を見て計算した。


「身体はどうだい?悪くなければアリーが好きな中庭を案内がてら進むけれど」

「是非、お願いします」


ジークムートに手を引かれ、石畳の中央を歩けば左右を彩る様々な木と花。母が生前教えてくれた為に植物に詳しくなったアマーリアは一時ここが何処かを忘れ、素直に楽しんでいた。普段ぴくりともしない頬が緩く上がっているのが、その証拠。


「流石は公爵家、ですね」

「そうかい?僕は興味無いからね、良くわからないよ」


肩を竦め首を振るジークムート、図鑑でしか見たことの無い植物を見つけて密かにはしゃぐアマーリア。


そうして中庭を見て回り夕日が完全に落ちれば、二人は玄関先にいた。


「お帰りなさいませ、ジークムート様、アマーリア様」


アマーリアの背の二倍はあるだろうかという扉は自動で開く。勿論、使用人が出迎えているからではあるが。


「ああ、戻った。彼女を部屋に案内してやってくれ」

「かしこまりました」


恭しくジークムートへ頭を下げた使用人が、アマーリアをちらりと横目に入れた。その目は、アマーリアが良く知っているもので。


「アリー、ここでは適当に過ごしていてくれて構わない。欲しい物があれば好きに買い物をしてくれ」

「はい、ジーク様」


そんな彼女達に一切関心が無いと言わんばかりにジークムートへ向かうアマーリアは、その口振りからして彼はここには滅多に来ないのだろうと悟る。


ここまでの道程を思い返し、そういえば反対側に裏側しか見えない造りだったけどここより一回り広い屋敷があった。そっちが本宅であり、自分が通ってきた道は裏庭で、ここはジークムートの屋敷なのだろうと考えた。


「またそのうち来るから」

「はい」


さりげなくアマーリアの手を掬い口付けを落として去っていったジークムート。いなくなったのを見計らいワンピースで甲を拭き、何も言わずに二階へ上がる使用人を追い掛ける。


「こちらです」


ばん、と乱雑に扉が開けられ、アマーリアの目に映る宛がわれた自室。意外にも清潔であり、調度も整っていて、アマーリアは文句無しである。


ふかふかのベッドだし、テーブルとチェアは何処も塗装が剥げたりがたがたしてたりしないし、窓は大きくカーテンも靡いている。


「クラウス。そこ、閉めておいてくれる?」

「はい」


部屋の主が来るというのに開けられていた窓に、予想通りのアマーリアは公爵家の使用人ではなく普通にクラウスを頼った。


「では」


アマーリアに付く使用人を教えることも、食事の時間も、湯浴みや手洗いの場所の説明も全て放棄し退室した使用人を見送ったアマーリアは長息を吐き出す。


想像通り、想定通りの流れにもう飽き飽きしたアマーリア。クラウスに屋敷の造りを調べに行かせ、自分は部屋の探索を行う。


「ふーん、ジーク様にしては気が利くのね」


まるっと一式部屋の中にあった。


大浴場とは言わずとも一人で入るのであれば充分な広さの浴場と、排泄をするための部屋、排泄物を流す為の水が入る樽。先程アマーリアが疑問に思ったことは解消された。


特に、排泄する為の部屋があり、それを下水道に流せるという段階でアマーリアはもう感激していた。


「あら、こっちは衣装部屋?」


水場を確認出来たアマーリアが次に開けた扉の先には、ずらりと綺麗に仕立てられたドレス達が並ぶ。


黙っていれば儚げ美人の雰囲気を出すアマーリアを見て作られたのか、色は淡く霞みそうな物達ばかりで、色を主張するようなものではない。代わりにリボンやフリルが鬱陶しくないくらいなふんだんさで華美にし、アマーリアに良く似合いそうであった。


「使いやすい靴にアクセサリー、まで?」


どんなデザインが、何の色があるのかを把握し終えたアマーリアの目に次に入ったのは、ドレッサー。ドレッサーの側には靴が、引き出しの中にはアクセサリーが、台の上には化粧用品が。どれも王都の令嬢達がこぞって欲しがる名ばかり揃えられていたことに気が付いたアマーリアは、静かに衣装部屋の扉を閉めた。


「戻りました」

「おかえり、クラウス」


部屋の探索を終えベッドに横になれば、クラウスが戻る。


「バーゼルト公爵子息の奥方は二人。一人はユリリス・リベルドリア元伯爵令嬢、もう一人はキュリリナ・ターノベル元子爵令嬢。ユリリス様の使用人は十人、キュリリナ様は五人。アマーリア様にはいませんでした。元々付く予定であった三人全てユリリス様が買い取ったそうです。因みに、先程案内をした使用人はユリリス様の使用人でした」

「そう、ありがとう」


端的、かつ知りたい情報を持ってきたクラウスの耳を撫でつつも、アマーリアの溜め息は止まらない。


リベルドリア伯爵領、ターノベル子爵領、どちらもここ数年は領地の飢饉に喘いでおり、その支援として口を出したのがバーゼルト公爵家。立地自体は悪くない両家の土地を奪う為に婚姻、ついでに自分が多大な恩を売っておくことで令嬢をどんな扱いしても何も言わせないその腹。


クラウスが集めてきたそんな情報に、もうアマーリアは溜め息を吐くしかない。


「社交界で聞いてた以上ね、ジーク様」

「次期当主としては申し分無いかと」

「そうね」


身売り同然でここへ来た令嬢達が自分達より下と見下す存在を見つけたらそれはもういい遊び相手になるだろう。ここまでは想定内とはいえ、思った以上に歪んでいそうな令嬢二人と会いたくないアマーリア。


「まあ、明日を楽しみにしましょうか。ね、クラウス?」


近々訪れるであろう強制参加のお茶会(かおあわせ)に若干憂鬱な気分になるが、そもそもそんなものは慣れっこなアマーリアは切り替えも早い。


ささっと湯浴みを終え、ネグリジェに着替え、ふかふかのベッドでだらだらしているうちに眠っていた。



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