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元伯爵令嬢の下克上と恋愛譚  作者: 高槻いつ


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22/61

伯爵令嬢と休暇

剣舞祭の翌日のこと。


久方ぶりに何も無い日を手に入れたアマーリアは、庭園へと来ていた。



「お?久し振りだな、お嬢ちゃん」


その屈強な見た目にはそぐわない優しい手付きで花達の手入れをしていた庭師コードは、庭園のベンチに座るアマーリアを見付けると彼女の元に歩いていく。


「コード。久し振りね」


自分の前に出来た影に何事かと顔を上げたアマーリアは、その時漸くコードの存在を認識した。


「どうした?」


溌剌とした印象をアマーリアに持っている訳ではない。どちらかといえば、控えめと言っても良いだろう。しかしその日のアマーリアは、控えめというには暗すぎた。


故に、そんなアマーリアが気になったコードはベンチの前に屈み、彼女の言葉を待った。


「…………なんでもないの」


けれど、彼女が発した言葉はある意味予想通りの言葉。


「そうか」


コードは、そんな彼女を深く問い詰めない。話したければ勝手に話すだろうし、邪魔ならそうと言うと知っているから。


「最近見掛けなかったが、何してたんだ?」


代わりに、世間話をすることにした。



「ほう、剣舞祭に?」


ぽつぽつとアマーリアが話し始めたことは、ここ最近の予定を占めていた剣舞祭のこと。


「ええ、ハイディ様に教わっていたの」

「そうか、公爵夫人に」


いくつかの世間話をゆるゆる続けていると、唐突に話が途切れた。それはコードが放った、一つの言葉で。


「それなら、公爵夫人の座も遠くないだろう」


そんな、普通の言葉だ。一般的な令嬢であれば喜ぶであろうその言葉で、やっと和らいできたアマーリアの顔がまた曇ったのだ。


「……………く、ないわ」

「お嬢ちゃん?」


これには流石に困ったコードに、アマーリアがぼそりと何かを呟いた。聞き取れなかったその言葉をもう一度聞こうとコードがアマーリアを見上げると、彼はその言葉に、その顔に、困り果ててしまう。



「公爵夫人になんて、なりたくない」



ぽたぽたと地面を濡らすのは、彼女の押し潰していた本心。いくらぶっきらぼうのコードでも、その言葉には何も言えなかった。


「わたしは、ただ、」


その涙を止めることも、どうして泣いているのかさえ分からないコードは、何もしてあげることが出来ない。


だからひたすら困り果てていると、コードの横から手が伸びてきた。


「アマーリア様」


いつか見掛けた、赤銀髪をした彼女の従者。以前見掛けた時は男だったと思うのだが、何故か今はドレスを着ている。


「アマーリア様?」


何故従者がドレスを着ているのかは分からないが、今は自分がいても意味がないだろうと判断したコードは、この場を離れることにした。


「申し訳ありません」


場を立ち去る際、従者がアマーリアの代わりに謝罪をしたのに手を振って返し、コードはその場を後にした。




「アマーリア様」


クラウスは、持っていたハンカチでアマーリアの涙を拭う。


「くらうす、」


その手に気が付いたアマーリアがハンカチを受け取り、次第に冷静になっていく頭の隅でコードに詫びる。


「どうされました?」


男装をしていたのだという話で周りを納得させたクラウスは、今日から正式にアマーリアの()()として働くこととなる。流石にアマーリアの着替えを手伝ったり等はメルシスの役目だが、基本的にこれでアマーリアの傍にいることが許された。



「…………クラウス」


では、ない。クラウスとは男性名であるが為にこれから先、()()の名前は変わる。


「はい」


まだクラウスの名前が決まらないことから、人前以外であればクラウスの名を呼んでも許される。けれどもう、彼の名を呼ぶことは許されなくなるのだ。


そんなことをまた思い出して、アマーリアは取り戻した冷静さをまた失う。


「クラウス」

「はい」


自分が望んだことは、こんなことではない。


「クラウス、ごめん」


こんなことでは、ないのだ。


彼に女性の格好をさせることでしか傍に置くことが許されない。彼の名前を取り上げなければ彼を呼んではならない。


こんなことを、望んだ訳ではないのに。


「謝らないでください、アマーリア様」


折角止まったのに、こんなことを思えばいくらでも涙は溢れてくる。クラウスが自分の手からハンカチを抜いて涙を押さえてくれても、一向に止まりはしない。



「泣かないでよ、アリー」



だから、もう呼んではならないその愛称を、その名を、クラウスは無意識に口にした。


()()()のように泣いている彼女を慰めるように、そう、無意識に。


「泣かないで」


それが逆効果であるということを、アマーリアは伝えない。



その声で、ずっと。


あの時の姿のまま、ずっと。


何も知らなかった頃のまま、ずっと、クラウスと。


一緒にいられれば、それで良かったのだ。ただ、それだけで良かったのに。



「クラウス」


叶わない。叶うはずのない、幻想。


「はい」


だからこそアマーリアは涙に濡れるその目で、一言吐いた。


「…………傍に、いてくれる?」

「はい」


何があっても。何を犠牲にしたとしても、と。


そしてアマーリアの手を取って、甲に口付けを落として誓う。


「貴女が私を望まなくなるまで」


その言葉に、アマーリアは嗤って応えた。




「…………」


そんな二人を、コードは遠目から眺めていた。


何処か覚えのある情景。重なる誰かの影。



「ああ、これは、公爵夫人も頭を悩ませる訳だ」


コードと公爵夫人は旧知の仲である。アマーリアとクラウスの関係性が危ういことも、それを鑑みても良い主従関係であることも、聞いていた。


流石に従者が女装を始めているとは知らなかったが。



「…………どうだろうなあ」


現在、アマーリアとクラウスはグレーゾーンにいる。これ以上二人の関係性を深めるのであれば、それは見過ごすことは出来ない。


けれど現状何をしているのかといえば、ただ従者が主を慰めているだけである。


「まあ、まだ…………」


コードとしても、アマーリアとクラウスを引き離したい訳ではない。それは、望む所ではない。


「頼むから、弁えてくれよ」


そのままで留まってくれるのであれば、今日見たことは誰にも告げないで済む。


だからコードは二人がそれ以上進まないことを願いながら、今度こそその場を立ち去ったのだった。



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