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元伯爵令嬢の下克上と恋愛譚  作者: 高槻いつ


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伯爵令嬢と舞踏会後

「お嬢様。アイルリー侯爵家、ミルリジー伯爵家、ウィルチェス子爵家からお茶会の誘いが来ておりますが、如何なさいましょう?」

「全て断るようハイディ様から言われているから、断っておいて」

「かしこまりました」


ハンドリー侯爵家の舞踏会から三日が経つ。その間、アマーリアへ来た茶会の手紙や舞踏会への招待状は優にに二桁を越え、本日もメルシスが手紙の類いを持って部屋を訪れていた。


しかしアマーリアはハイディから私が一番に誘うから行くな、という言付けを直に頂いた為に、全てを蹴っている状況。


「縁のない所に最初に参加なんてしたら、他の貴族方にどう取られるかわかったものじゃないわ」


椅子に腰掛け、溜め息を吐くアマーリアの顔には憂鬱が滲む。


現在のアマーリアの立ち位置は、バーゼルト公爵子息の婚約者。しかし、()()バーゼルト公爵子息が婚約者を連れて舞踏会に出るなど前例がなかった為、アマーリアはバーゼルト公爵子息の正妻という位置に収まるのでは、という見方をされている。


故に、今のうちにアマーリアと繋がっておきたい貴族連中がこぞって手紙を出しているという現状。


「ふう……」


そんな現状に既に飽き飽きしてしまったアマーリアの本を捲る手は重い。


しかしアマーリアを最も悩ませるのは、一枚の手紙だった。



それ程質の良くない紙。手触りは悪いしインクは滲んでいるしで、とても公爵子息の婚約者へ届けるような紙ではない。



何よりアマーリアは、この手紙に覚えがなかった。


自分がポートリッド伯爵家を出るとき、手紙など()に出さなかったし、行き先を告げた覚えもない。


となると。


「クラウス。何故アーディに手紙を出したの?」


後ろに控えているクラウスへ、手紙を見せつけるように尋ねる。


クラウスはその手紙を持ち、肯定した。


「アマーリア様のことが大好きなアーディが、急にアマーリア様から手紙が来なくなったと思えば、ポートリッド伯爵家に突入するでしょう」


手紙を机に置き直し、屈むようにアマーリアを覗いたクラウスが、答えた。


そしてその言葉に、アマーリアは赤い頭をした()を思い出す。


確かに、自分が突然手紙を出さなくなったとしたら、()がポートリッド伯爵家に押し掛けるのは容易に想像出来た。


「でも結局、公爵家に手紙……というか、クラウスに渡してるじゃない」


全ての内容が検閲されてから、主に手紙は届けられる。特に、婚約者というアマーリアの立場は。


内輪に不和のネタを持ち込むような手紙は破棄されるが、問題ないと判断された手紙はメルシスに渡され、アマーリアの元に届けられる。


しかし、クラウスという内通には持ってこいの存在さえ知っていれば、一度クラウスへ手紙を出し、それをアマーリアへ横流ししてもらえばいい。


そうすれば、検閲を逃れてアマーリアの元へ手紙は届けられる。


「どうして婚約の申し出を受けたの、って言われてもねえ」


メルシスが部屋にいない今、手紙を机に広げて放っても問い質されることはないが、アマーリアは一応机の引き出しへしまい込み、本を閉じて考える。


「そもそも格上の格上であるジーク様から婚約を申し出られて、何故しがない伯爵令嬢ごときの私が断れると思ったのかしら?」

「彼はアマーリア様をなんだと思っているのでしょうね?」

「そう思うのなら……いえ、今更言っても仕方ないけれど…………」


再びアマーリアは大きな溜め息を吐き、頭を抱えた。


思い起こせばジークムートとの出会いは三年前。アマーリアが社交界デビューした夜会に、彼はいた。


そこから何故か気に入られたアマーリアは夜会に出た際、たまに会うジークムートと踊り、時には逢瀬を重ねたりと、内容自体は令嬢が夢見るストーリー。


しかし、裏にある内情は適当な、体のいい婚約者が欲しかったジークムートが、自分に興味を示さない彼女を便利に思って婚約を申し出た、というだけのもの。


アマーリアの立場が不遇に思って助けてやりたいという感情もなかった訳ではないが、メインは自分自身の都合である。


勿論、アマーリアはそれを含めてポートリッド伯爵家にいるよりはマシだとジークムートの婚約を受け入れたのだから、利害は一致しているのだが。


「返事は保留にしておくわ。流石の()も、公爵家には来ないでしょう」

「かしこまりました」


机の上に組んだ手を解き、椅子に仰け反る。


「…………私だって、望む殿方の所に嫁ぎたかったわよ」


ぽつりと、零れた言葉。


仰け反って、小さくて、霞みがかっていたアマーリアの本心だったが、クラウスの性能の良い耳はそれを捉えてしまった。


けれどもクラウスは、それに返せる言葉を持ち合わせていない。


だから聞かなかったことにして、主が好きな紅茶の用意に、走るのだ。


「まあ、そんな人……いないのだけれどね」


目を閉じる。本の中に描かれるような情熱的で、ロマンスの溢れる恋を()()が出来るだなんて端から期待していない。


それでも、アマーリアも一人の女の子である。


愛した人間から愛され、求められるような関係を築いてみたいという願望がない訳ではない。


自分には端から望めなかったから、それを出さないだけであって。


「お嬢様、はしたないですよ」


いつの間にか戻ってきていたメルシスが椅子に仰け反るアマーリアをそう叱れば、素直に背を起こす。


「ハイディ様に見られたら…………考えるだけでも恐ろしい。気を付けてくださいね」

「はい」


こくりと頷き、本に向き直ることにしたアマーリア。


確かにだらけている所をハイディに見られたら十はくだらない説教が飛んでくるに違いない。そう気を引き締め直し、背筋を伸ばすアマーリア。



本を捲る手の傍ら、そっと差し出された紅茶で口を潤し、日を潰すのであった。



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