伯爵令嬢のお茶会
「ねえ、公爵夫人に剣舞の指導をして頂いたって本当なの?」
「はい」
「ふーん」
リベルドリア元伯爵令嬢の部屋に招かれたアマーリア。
テーブルに頬杖を付いてこちらを見上げ、使用人間で話題になっているらしいその事実をアマーリアへ確認すれば、心底面白くなさそうにそっぽを向いた。
「どうしてずっとお茶会参加してくれなかったの?」
「申し訳ありません」
「別にいいんだけど」
頬杖を付く手とは反対の手で、日に透けそうな薄い金髪をくるくる指で巻く。
「ねえ、苛められたりしてないの?」
「…………とは?」
彼女に使用人を取り上げられた記憶はあるものの、彼女が何故そんなことを聞いてくるのか理解出来なかったアマーリアは聞き返す。
その意図に気が付いたのか、リベルドリア元伯爵令嬢は少し気まずそうにその先を紡ぐ。
「キュリリナが、貴女が苛められてるから助けてあげて欲しいって言ってたんだもん」
「ターノベル元子爵令嬢が?」
「うん。貴女に付くはずの使用人は貴女を苛める為に寄越されたって聞いてわたしが雇うことにしたの。でも、今度は公爵夫人の侍女から苛められてるんでしょう?」
アマーリアは閉口する。最初にクラウスからリベルドリア元伯爵令嬢を悪に仕立てるようターノベル元子爵令嬢が動いていたのは知っていたが、まさか元伯爵令嬢が善意で動いていたとは知らなかった。
単に嫌がらせだと思っていたアマーリアは、頭の中で彼女の評価をフラットに戻す。
「いいえ、ユリリス様。私は望んでハイディ様にご指導頂いているのです。ご心配しているようなことは、一切ありませんよ」
敢えて愛称で呼んだ理由を、リベルドリア元伯爵令嬢は気付かない。
「じゃあ、なんでキュリリナはそんな嘘を言うの?」
そしてたった今親交している自分と親交が深いターノベル元子爵令嬢とでは信頼の幅が違う。
猜疑の眼差しを向けられるのは自分であり、けれども自分の意見も聞こうとしているリベルドリア元伯爵令嬢に、アマーリアは首を傾げて返す。
「そこまでは存じません」
推察と憶測で物を言うべきではない。確たる証拠もないのに相手を貶めるようなことを言えば、被害を被るのは自分なのだから。
「うーん」
少し幼さの残るその顔立ちには困惑が滲む。アマーリアはいつも通りの無表情で、そんな彼女を眺める。
「わからない!」
「リベルドリア元伯爵令嬢」
リベルドリア元伯爵令嬢は、思考を放棄した。急に大声を上げて手を頭上に掲げた彼女に、ずっと後ろでティータイムの用意をしていたクラウスが声を掛けた。
「どうぞ」
ことりと置かれたのは昨日アマーリアが最後に飲んだトルーク産の紅茶。
「…………」
ん、と一瞬眉を潜めたその様を見たアマーリアが、クラウスにミルクを用意するよう手振りで伝える。
「ミルクをお入れしても?」
「うん」
ぱあっと急に顔を輝かせ、クラウスの手元を見つめる。
「おいしい」
そして再び差し出されたミルクティーにリベルドリア元伯爵令嬢は喜び、にこにこ軽食を摘まみ、ご機嫌でアマーリアへ話を振った。
「とても美味しい。この子、頂戴?」
目元が柔らいでいたアマーリアだったが、その一言で固まる。そして、フラットに戻した評価をかつてない程下に下げた。
「獣人だけど美形だし、紅茶美味しいし。ね、頂戴よ」
まるでお気に入りのおもちゃを見つけたような無邪気さで告げるリベルドリア元伯爵令嬢とは正反対の表情で、アマーリアは見つめ返す。
「申し訳ありませんが、私の物ですので」
触れれば凍傷を患いそうな冷たさで、アマーリアは吐き捨てた。
「いいじゃん、なんならわたしのと交換する?」
今現在部屋には三人しかいないが、使用人を沢山かかえているリベルドリア元伯爵令嬢は、そう持ち掛ける。
「致しません」
「ええー」
きっぱりと断っても食い下がるリベルドリア元伯爵令嬢に対し、段々と苛立ちが募る。いくら彼女が年下とはいえその常識のなさに、頼べば必ず通ると思っている楽観さに。
「代わりなんていくらでもいるのに」
そしてその何気なく放った言葉が、アマーリアのぎりぎりで堪えていた堰を切った。
「は?」
温度の感じない声音が、アマーリアの口から流れ出る。
「何か仰いましたか、リベルドリア元伯爵令嬢?」
そしてにこやかに、綺麗な作り笑顔で、アマーリアは問い掛けた。
「えーと……」
「何か?」
「その」
「なんでしょう?」
「なんでもない!!」
何かを言おうとすればアマーリアが即座に重ね、勢いの削がれたリベルドリア元伯爵令嬢は首を振った。
「冗談よ!」
「そうでしたか」
にこーと冷ややかに突っぱねるアマーリアと、急にそっぽを向き始め取り繕うように言葉を重ねていく。
「その、ほら、わたしってまだ15でしょ?その、周りにこんなに美味しく紅茶を淹れてくれる人がいなかったから、その、」
アマーリア的には前半の前口上は必要ないのではと思いつつも、とりあえず聞いているフリをする。その様子に気付かないリベルドリア元伯爵令嬢は、更に言い訳を続ける。
「使用人は女の人ばかりだし、わたしだって男の人が傍に欲しいっていうか、」
最早アマーリアは聞いていない。こくりとたまに頷きはしているものの、それは全て右から左へ流れているだけだとクラウスはわかっているが、リベルドリア元伯爵令嬢は一向に悟る気配がない。
「だから、ちょっと言ってみただけ!」
「そうでしたか」
話が終わったらしいと理解したアマーリアは頷いて返した。 八割方聞いていなかったが、相手は満足しているようなので気にしないことにした。
「それでは、そろそろ失礼しますね」
四の鐘が鳴る頃にお邪魔し、まだ全然時間は経っていないがもう帰りたいアマーリアは二杯目の紅茶を飲み干し、その間に軽食も食した為に帰り支度を始める。
「もう帰っちゃうの?」
「ええ、剣舞祭の練習がありますので」
と言われれば大した用ではないお茶会は終いとなり、ストレスが溜まったまま終了することになった。
「また来てね」
「ええ、また」
もう二度と参加したくないなぁなんて内心思いながらも口では正反対の言葉を並べ、アマーリアのお茶会は終了した。
「悪いというか…………自覚のない、躾のされていない子供みたいな感じね」
自室に戻るなり、アマーリアはずっと感じていたリベルドリア元伯爵令嬢への評価を下す。
あれは恐らく、一切の悪気がない。で、常識もない。
だからこそ、アマーリアとクラウスの悪人レーダーが反応しなかった。
「欲しいモノは与えられ続け、自分の義務も立場も理解しないまま育つのは、幸せなのかしらね?」
ぽすりとソファに身体を埋める。衣装部屋から出てきたメルシスにドレスがシワになると怒られ、再び立つことになったが。
「与えられないのも、与えられ過ぎるのも、考えものね」
部屋着に着せ変えられるまま本日の感想を溢す。
社交界でああいうのを沢山見てきた。誰もが自分を絶対だと思い込み、周りの目に潰されていく様を。
「お父様、お母様」
もう隠す必要もなくなった母の形見を握り締め、もし実の両親が私を育ててくれていたのなら、と横に逸れてしまった思考に蓋をする。
父は甘々に育てて、母はそんなアマーリアを勘違いしないように叱って導いてくれただろう。そんな未来に少しだけ、思いが馳せた。
「お嬢様、そちらのブローチはドレッサーへ?」
「いえ、大切なものだから、自分で持っているの」
ドレスを掛け終えたメルシスが戻ってきて、アマーリアの握るブローチに気付く。見たことのない宝飾品であり、尚且つ大切だと言い張るもの。何かしらの形見なのだろうと察したメルシスは静かに頷き、引き下がった。
「暫くは剣舞祭の練習と……そうだ、属性鉱石に関しての指導をして下さる方がいらっしゃるのよね」
「はい。ハイディウィルダ様と同じく厳しい方ではありますが、とても良い方ですよ」
「知っているの?」
「ええ、同級ですから」
「そうだったのね」
湿った空気を入れ替えるようにアマーリアが自室へ移動しつつ、明日からの予定をメルシスと確認する。
剣舞祭の練習に関してはあとはも精度を上げるだけ。それはクラウスに見てもらえれば事足りること。
しかし、属性鉱石の扱いについては、イマイチよくわからない。少し楽しそうに見えるメルシスにアマーリアは首を傾げ、今度こそソファに身を埋める。
「とても行動の早い方ですから、数日以内にはいらっしゃると思いますよ。特に、ハイディウィルダ様に弱いんですよ」
ふふふっとメルシスはお茶目な表情でアマーリアに指導へ来る人間の印象を告げる。
ハイディ様といい、新しく指導に来られる講師といい、大分格が上のはず。それなのにこんな風に軽口を叩けるメルシスは一体何者なのかと、アマーリアの中で疑問が膨らんでいく。
「ただの学園の同級ですよ、お嬢様」
そこを聞いて見れば、メルシスには笑って誤魔化された。
これ以上聞いても教えてくれないだろうと諦めを付けたアマーリアは、黙って読書をすることに。
久方ぶりの読書で再び周りの音を閉ざしたアマーリアをメルシスが叱ることになったのは、そう遠くない夜の話であった。
この話が更新された時間と同じ頃にこの世界と関連する小説を新しく投稿します。
変わらず不遇な主人公の生い立ちですが目指すべきは拾ってくれた陛下の隣、な主人公のお話です。
初っぱなから生首死体要素と残虐要素がありますが、宜しければそちらも見てください。
初話以降はそんな悲惨な状況にならないハズ……です。




