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元伯爵令嬢の下克上と恋愛譚  作者: 高槻いつ


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10/61

伯爵令嬢と公爵夫人

熱を出し寝込んだアマーリアは、二日間の休養を経て全快した。


床に臥せっている間に落ちた体力を取り戻す為に軽い準備運動で身体を慣らす。


「明日で公爵夫人に指導して頂ける期間が終わってしまうわ」


前屈から上体を反らし、横に捻ったり跳ねたりしながら無駄にしてしまった期間を悔やむ。


あの二日間さえなければもっと上達したはずだとぶつぶつ自分に文句を垂れるアマーリア。そこへ、朝食後の片付けをしていたクラウスが部屋へ戻ってきた。


一枚の皮紙を持って。


「リベルドリア元伯爵令嬢からサロンへの招待状をお預かりしましたが、如何なさいますか?」


ぺろん、とひっくり返し名前を見せ、その()()皮紙を渡す。


「…………仔牛かしら」


滑らかな手触り。インクの滲みも少ない。かつ、白い。


見て触ればそれが招待状などで使うような皮紙ではないとわかる。


「綺麗な字ね」


バランス良く書かれたその内容は、お茶会しませんか、だ。


「少し印象が変わったわ」


ホールで尖ったような、威嚇するような甲高い声を聞いて苦手意識が増していたアマーリアだったが、この招待状の筆圧と言葉遣い、文字の丁寧さを見ていると悪い人ではないような気がしてきた。


「クラウス、三日後はどうかとお伺いを立てて返事をしておいて」

「かしこまりました」


同封してあった返信用の招待状を渡し、もらった招待状は無くさないようにテーブルの引き出しへしまい込む。


「本当にお茶会(かおあわせ)ならいいけれど」


言葉と引き出しが閉まった音が重なる。


公爵夫人にサロンでのマナーを教授願えば教えて頂けるかしら、と頭の中で打算的にどう過ごすかを組み立てて準備運動は終了する。


「華麗に、優雅に、儚く……」


そして壁に掛けられていた剣舞用の剣を持ち、以前公爵夫人から教わったことを守って練習を重ねた。


そんなこんなで時間を潰していれば日を跨ぎ、公爵夫人に扱かれる期間の最終日を迎える。


「クラウス、茶葉を蒸らす時間が数秒長い。一番香りが立つ時間を見極めろ」

「はい」


しかし本日公爵夫人から扱かれているのはアマーリアではなくクラウスであった。


朝、アマーリアは自室にやって来た公爵夫人から教えることはもうないと早々に言い渡され、現在はクラウスが練習し増えていく紅茶の消費係を勤めている。


「アマーリア、これは何処の産地の茶葉か分かるか?」

「春摘みで…………トルーク産のもの、でしょうか」


かといってただ座って紅茶を楽しんでいる訳もなく、クラウスが淹れている紅茶の産地当てをしていた。



薄く透き通った黄金の水色。鼻孔を擽る華やかな香りとすっきりとした後味。舌に残る渋み。


夏摘みよりも淡く、あっさりと飲めるその紅茶をアマーリアは春摘みだと理解する。


とすればあとはこの味が何処の産地のものか思い出すだけであり、アマーリアは見事正解を導きだした。


「ふむ、ここまで当てられると流石に面白くないな」


飲み干したティーカップの数は優に両手を越え、それでも不正解を出すことのないアマーリア。


「母が好きでしたので」


にこやかにそう返し、幼い頃ティータイムの時間を取って教えてくれた母に感謝する。


「所要の紅茶が分かるのなら、あとは相手の好みを調べてミルクやフルーツを出してもいいだろう」


テーブルに用意された軽食を摘まみつつ公爵夫人の助言を頭に刻み込んだ。


「クラウス、下がっていいぞ」


最後に淹れた紅茶を口に含んだ公爵夫人はそう告げ、クラウスは頭を下げてティーセットをカートに片し、部屋から出ていく。



「…………お前もクラウスも、伯爵家では手に余る程優秀なのにな」


ぽつりと公爵夫人の口から零れてしまったそれを、アマーリアは聞かなかったことにした。


続きを聞いてしまえばもう忘れたい屈辱の数々を思い出してしまうだけだし、先を聞いたとて何かが変わる訳ではないから。


そんなアマーリアを見てか、公爵夫人はティーカップを満たす紅茶を飲み干して、本日の本題に入った。


「これを」


こつりと軽やかな音を立てて、それはテーブルに置かれる。


「…………こんな属性鉱石、見たことがありません」


それはアマーリアの親指の爪程の石。四角くカットされ台座に嵌め込まれているそれは、透き通る紺碧の色の中に様々な色を宿していた。


海のような深い青を、夕陽のような濃い赤を、紺碧の色と相俟って雲のように見える白を、照らすような澄んだ黄金を、夜明けのような浅い紫を、生い茂る木々のような若々しい緑を。


全てが濃淡を含んで、紺碧の中に広がる世界。


それをそっと手に取り、ぎゅっと握り閉めた。


「それは他にアクセサリーが無くとも単体で魔法が使えるようになっている。それは、好きなアクセサリーにするといい」


台座に嵌め込んだだけの属性鉱石は指輪にすることも、ネックレスにすることも、他のアクセサリーにすることも可能であった。


「それに魔力を流せば好きな形に変えられる」


実践して見せることは出来ないが、と補足した公爵夫人。何故かとアマーリアが尋ねれば、やってみればわかると不敵に微笑む。


言われた通りに恐る恐る魔素を変換して魔力を作り、それを属性鉱石に流し込んでみた。


「わっ!?」


属性鉱石は一瞬発光し、それに驚いたアマーリアは声を上げる。そんな様のアマーリアをまるで悪戯が成功した悪ガキの顔をして眺める公爵夫人。


「貸してみろ」


若干恨めしそうに公爵夫人へ視線を移したアマーリアの手から属性鉱石を取り上げ、魔力を流し込んだ公爵夫人。また発光するのかと身構えて待っていたアマーリアだったが、それは裏切られる。


「きゃっ!?」


バチチッと火花が散って弾けた。思ってた以上に激しい光にアマーリアは再び驚くこととなり、公爵夫人はにこやかに属性鉱石を返した。


「まあ、こんな感じでだな。純度高く仕上げた属性鉱石……要は人の手が入らないで出来た属性鉱石は、一番最初に魔力を流した人間以外、扱えんのだ」


痺れた手をパタパタさせて説明する公爵夫人に、アマーリアは何も自分で実演しなくてもいいんじゃないだろうかと思った。勿論口には出さないが。


「では、そろそろ私は戻るよ」

「はい。本日もありがとうございました」


最後にデザートを口に放り込んだ公爵夫人が立ち上がり、アマーリアも見送る為に立つ。


アマーリアの中で日に日に公爵夫人の印象が崩れていく。先程のような軽口も冗談も言うし、手でデザートを摘まんで菓子を頬張っている姿は食い気の溢れる少女にしか見えないくらいだ。


当初指導を乞うた時よりは気を許してもらっているのだろうと理解すれば、悪い気はしないアマーリア。


「ところで、私の名前を知っているか?」

「はい、ハイディウィルダ・バーゼルト公爵夫人ですよね?」

「そうだ」


扉まで悠々と歩いていた公爵夫人が唐突にそんなことをアマーリアに問う。勿論公爵夫人の名を知らないなんてことはないので名を答えれば、公爵夫人は頷き、立ち止まった。


「名を呼んでみろ」

「…………ハイディウィルダ様?」

「違う」


アマーリアの頭には疑問符が沢山並ぶ。名を呼んでみろと言うから名前で呼んだのに。何が違うのかしらと首を傾げれば、公爵夫人は溜め息を吐き、口を開く。


「ハイディでいい」


ふん、とそっぽを向いてそう言い放った公爵夫人……ハイディ。アマーリアは少し笑いを溢し、要望通り名を呼ぶ。


「ハイディ様」


名を、愛称で呼べば、ハイディは満足そうに頷く。


「これからもたまに遊びに来る……アリー」


ぴこりとアマーリアの肩が跳ねる。


「はい、お待ちしております。ハイディ様」


そして心底嬉しそうに、珍しく満面の笑みでハイディを見送った。


「ふふっ」

「どうなさいました?アマーリア様」

「なんでもないわ」


ハイディの最後の言葉を思い出して口元を緩めるアマーリアを、厨房から戻ってきたクラウスが見つける。


「そうですか」


主人がこんな風に笑っているなんて何があったのか、と疑問に思わない訳ではないが、この主人は話したければ話すと知っている従者は静かに引き下がる。


「ね、クラウス、みてみて」


ぱたりと扉を閉め、メルシスが自室にいないことを確認したアマーリアはハイディから受け取った属性鉱石をクラウスに見せる。


「これは……中々」


まじまじと眺め感嘆するクラウス。


「好きな形に変えられて、好きなアクセサリーに付けられるらしいの。どんなのにしようか?」


ソファに座ってああでもない、こうでもないと引っ張り出してきた紙に何かを描くアマーリア。その様は幼少期に戻ったような無邪気さで、クラウスは目を細めた。


「ふふふっ」

「…………クラウス、お嬢様はどうしたの?」

「とてもお楽しみのようです」


戻ってきたメルシスが見たのは未だこの国では高級である紙に羽ペンで何かを所狭しと書き込むアマーリアだ。


流石に付き合いの浅いメルシスはクラウスに尋ねるが、クラウスは微笑んで流した。


「お嬢様、お嬢様ー?」


お茶会に着ていく服を決めたいメルシスだったが、余りにも周りの音が聞こえていないアマーリアに諦めた。


「勝手に決めますからね」


アマーリアの性格的に何着か選び用意しておけば選ぶだろうと判断したメルシスは衣装部屋に消えた。


部屋に残るのは一心不乱に紙に書き込むアマーリアと、それを後ろで見守るクラウス。



結局アマーリアは途中声を掛けて休憩を促すメルシスの声を全てシャットアウトし、本人が満足して周囲を見回した時はとっくに夕食の時間を終え、就寝の時間に食い込む夜だった。


勿論、メルシスにこってり絞られた。




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