5話 世間知らずな少年と
今回は特にグロ、駄文注意です。
闇夜の中、シンシアは一人、名も知らない街の中を彷徨っていた。
街路には誰も見当たらず、点在する家に視線を向ければそのどれもが鍵がかけられており、その様子はまるで見えない何かに怯えているようでもあった。
「『吸血鬼』ですかね…」
その可能性は十分にあり得た。シンシアの前世において吸血鬼はかつて、『夜の支配者』とも称されていたらしい。この世界においてどのような存在であるかは未だよく分からないが、同じ名を冠する以上、何かしらの類似性があるのではないかと思われた。
最も、よく分からないシンシア自身が皮肉にも吸血鬼であるのだが。
それからしばらくシンシアはただ赴くままに街をさまよい続けた。そして、気付けばある建物で立ち止まっていた。その建物は屋根に十字架を掲げ、閉じられた豪奢でありながらも所々傷が入った扉は外の世界を拒絶しているようにも感じられた。
不意に自身の中で何かが湧き起こる。それは自身の奥底から這い出たようであって、しかしながら確かに己とは決定的に違う何かだと感じられた。
(何でしょうか。これは…?)
そして、その何かは瞬く間に己の内を満たしていく。
その結果、自身に確かな変化が現れていた。
「…すごく…壊したい」
そう、目の前の建物を跡形なく壊してしまいたい。
中の人間全員を殺しつくしてしまいたい。
ただ、ただ、全てを滅茶苦茶にしてしまいたい。
これは『憎しみ』と言えばふさわしいのだろうか。
空虚な我が身にはそれすらも判断が難しかった。
だからこそ、
(今は衝動に従っていましょうか)
その、確かな答えを知りたかった。
そしてシンシアは扉を勢いよく突き破った。
中には大量の長椅子が並び、真正面には二人の男が話し合っていたようだった。
そして二人の男がこちらに気付き、驚いたように目を見開く。
「なっ!?」
「何者ですか!?」
ちなみに現在、シンシアは父の書斎にかけられていたフードをその身に纏っていた。普通ならば怪しい事この上ないが、素性を隠すという一点においては一定の効果を期待していた。何しろシンシアは何回かローランド周辺に買い物などに行ったことがある。この場所がどこで侵入した建物が何なのかは知らないが、顔がバレてしまえば後々、思わぬ事態に陥る可能性もありうるのだ。このフードはその為の申し訳程度の策であるというわけなのだ。
「…、」
そしてシンシアは中にいた人間の問いかけには答えずにただ、衝動のままに詠唱を始める。
「その形を決定せよ。『姿無き人形』」
即座に大量の黒いコウモリがその場に出現する。
すかさず相手は剣を抜き放ったようだがもう遅い。
「ギャアアア!!」
「くそっ!どうすれば!?」
どうやら既に一人がコウモリの大群に飲まれてしまったようだ。その様子は凄惨というほかなかった。体中にコウモリが喰らい付き、肉を貪っていく感覚など死んだほうがマシと思えるほどの痛みではないだろうか。
気付けば、言いようのない震えを感じていた。決して恐怖ではない何か。どうしようもなく人を病みつきにするような中毒性を帯びていた。
今まで知らなかった何か。自身に与えられた衝動。
「嗚呼、これが『快楽』だとでもいうのですか?」
「貴様…、よくも!!」
何とかコウモリたちを捌いていた方の男がこちらに突貫する。その表情は鬼気迫っており、確かな殺意が感じられた。
そしてその切っ先勢いのままに振り下ろされ———
「こ、れ、は」
「ふふっ、惜しかったですね。お兄さん」
男の四肢と手に持った剣は黒い茨に縛られ、剣の切っ先はシンシアの頭上で止まっていた。
男は正に憤怒の表情でこちらを睨み、目線だけで人一人殺せてしまいそうにも感じられた。
だが、そんなものでは自身に傷一つつけられることはない。
「ふむ…、今回は少々趣向を変えてみましょうか」
今ならば空虚な自身が新たな彩りを知ることが出来るのかもしれない。そんな期待を抱き、再び魔術を行使する。
ただ男を甚振るためにだけに。
直後、男の足元に大量の黒い蜘蛛が現れる。蜘蛛たちは瞬く間に男の両足に群がり、
「ぁ゛ぁ゛ぁ゛!!」
その足を貪り始めた。男の劈くような悲鳴が辺りに響く。蜘蛛たちはまるで味わうように男の足をゆっくり、ゆっくりと噛みちぎっていく。
「や゛め゛て゛く゛れ゛…」
痛みに顔を歪めて男は咽び泣くように嘆願する。その様子は醜く、普通の人間ならば誰もが思わず手を差し伸べてしまうように思われるほどに哀れに映った。そう、———
「ふふ、我慢してください。もう少しの辛抱ですから」
それが普通の人間であるならば、だが。そんな嘆願を自身のような『化け物』にすること事態お門違いのようなものだろう。
やがて男の顔がこれ以上ないほどに歪んでいく。叫びすぎて喉が枯れてしまったのか口を呆けたように開けたまま、ただ、男は貪られて続けたのだった。
そうしてしばらくの時が流れた後、
「…結局、何も変わらないのですね」
目の前の人間だった肉塊の前でシンシアはそう呟いた。
自身が感じた衝動は詰まる所、与えられたものでしかなかった。与えられたものである以上、理解はできても自身に変化は生じない。
結局、世界に色は無い。
昔からずっとそうだった。世界に本当の色はなく、そんな世界に感動も憎悪も悲哀も、何も感じることができなかった。この世全てが夢のようで、眼に映る全てが曖昧だった。
だが、ソレだけは確かな色だった。
どれもが違って、そしてどれもが美しく感じられた。
自身が確かにここにいるのだと初めて実感できたのだ
だからこそ、
シンシアはずっとその死を求め続ける。
求めるが故に生き続け、
求めるが故に殺し続け、
求めるが故にシンシアは、そこに確かに存在するのだ。
□ □ □ □ □ □ □
あれからシンシアは殺戮を続けた。
あるものは風で切り裂き、
あるものは炎で燃やし、
あるものは使い魔の餌とした。
「ふふ、今日はどんな色が見れますかね?」
場所はいつも教会だった。あの時感じた衝動が常にシンシアを導いてくれたのだ。
自身にとってその衝動、感情は今更、偽物だと弾糾するつもりもなく、むしろ自身を利用して何を為そうとしているのか若干の興味を持っているほどだった。
だからこそ、今までは無闇に街で殺戮を行うことはなく、教会の中でのみに留めていた。
そしてその意思のままに血を吸う、という行為を行うということもあった。
もはや、自身にとって『色を見る』という行為のみが生きている理由であり、正直に言ってソレ以外のことはどうでも良かったのだ。
そして、
「そうですか…衝動はここがいいのですね」
闇夜の中、シンシアは一つの教会の前で立ち止まる。
おもむろにその扉に手を掛け、ゆっくりと開ける。
———さあ、殺戮を始めよう。
□ □ □ □ □ □
夜も完全に更け切った頃、シンシアは既に跡地となった教会の中で呆然と立ちすくんでいた。
思考が判然とせず、今の状況が理解できない。いくら思考を巡らせてもただ、答えが分からない疑問が堂々巡りするのみだった。
「?、どーしたんですか」
そして、轟々と燃える紫炎の中、今の状況を作り出した他ならぬ下手人である四、五歳くらいの少年が本当に不安げに問いかけてきた。
事の始まりは教会にいた人間たちの殺戮を大方終えた後だった。
どうやら今回襲撃した教会はどうやら孤児院の役割も兼ねていたようで、奥で何人かの子供がいるのが目に留まったのだ。
だが、今更『化け物』であるシンシアにとって子供も大人も関係はなかった。
躊躇なく使い魔をけしかけて殺し尽くしたのちもう十分だと思い、教会を後にしようとした時、
「あの…」
幼くたどたどしい声で声をかけられたのだ。
ふと、後ろを見ると偶然生き残ったのか、一人の人間の少年がそこにいた。
(…?)
シンシアは最初、その少年の行為の意図が全く分からなかった。少年はハンカチを両手で持ち、あたかもこちらに捧げるような形でいたのだ。思わずその様子に面食らってしまう。
「えーと、あなたは」
「!、じこしょーかいしないとね!ボクのなまえはレヴィンだよ!」
少年のひどく場違いな声が辺りに響く。そういう意図ではなかったのだが、まあこの際もう一度聞き直せばいいだけだろう。
「いえ…あなたはなぜ、その…ハンカチをあげるような「うん、あげるよ!!」…そのだから何故?」
その問いに少年はまるで最初から分かり切ってることのように、キョトンとした表情で答える。
「だってキミはないてるもん!!」
「え゛?」
ふと手を頰に当てて見ると、手には小粒の透明な液体がつく。それは即ち———
(私が、泣いて、いる?)
意味がわからない。シンシアが泣く理由などは一欠片もない筈だ。自らの望みのままに、何にも縛られることもなく生きているというのに何が悲しいというのか。
それに少年の行動も分からない。シンシアは彼の日常、平穏、そして友達さえも奪った紛れもない当事者なのだ。
その当事者に泣いていたから、という理由で施しを与えるなど明らかに『普通』ではない。そんな行動は間違っている。
「全てを奪った私を、恨んでいないのですか?」
そう問いかけると少年は少し考え込んだ後、その口を開いた。
「たしかに、ともだちをきづつけたことはおこってる。いまもなきたくてたまらない…」
そして、一呼吸おき、
「でも、キミがないてるのはいやだもん!!」
「いえ…ですが私はこの場で会ったばかりですよ」
「そんなのかんけーないよ」
何が関係がないのだろうか。一体、この世のどこに初対面の殺人鬼と慣れ合う人間が存在するというのか。
例え子供であっても、否、子供であるからこそ尚更にシンシアを恐れ、逃げ惑う筈だ。
こんなことは今までになかった。本当に、何故、こんなにも世界は不可解ばかりなのだろうか。
自身の泣いている理由が分からない。
少年の感情が分からない。
何もかもが理解できない。
分からない。
分からな———
「はやくうけとってよ!!」
「あ゛…」
「は、や、く!!」
この少年は一種の狂人なのかもしれない、そんな考えが頭に過ぎりながらも、気付けば言われるがままにハンカチを受け取って、頬に伝う何かを拭っていた。
「よし!!じゃあつぎはキミのばんだね!」
その言葉に思わず間の抜けた声を出してしまう。
「わ、たし?」
「うん、じこしょーかい」
「ああ、それですか。私はシンシア、シンシア=ブラッドレイですよ」
「シンシアっていうんだね!!」
少年、いやレヴィンは本当に嬉しそうに無邪気に笑っていた。
だから、なのだろうか。
シンシアは一種の期待を抱き、その言葉を紡ぐ。
「あの…」
「どーしたの、シンシア?」
「もし、よければですけど、私と一緒に来ませんか?」
その問いかけは常人ならば正気を疑ってしまうような問いだっただろう。
何しろレヴィンの居場所を奪った張本人が素知らぬ顔で施しを与えているのだから。
それはまさしく矛盾であり、傲慢でもあり、愚弄しているとも取れるだろう。
だが、
「うん!!いいよ!」
レヴィンは頷いた。それはシンシアにとって予想外であり、また期待どうりでもあった。
そして、シンシアはレヴィンの手を取り、燃える教会を後にする。
その時のシンシアにはレヴィンの感情を理解することは叶わなかった。
以上、第5話でした。
かなりわかりにくい感じになっててすいません。
何かアドバイスがあればくださるとありがたいです。
ではでは