閑話 刻まれた思い出 其の一
結構短めになっちゃいました。
すいませんm(__)m
夏の中頃といった季節。
夕日が照らす病室の中で一人の少女が嗚咽を漏らしていた。
そして傍らには病人が横たわるためのベッドがあり、そこに一人の少女が眠っている。
いや、眠っていた、という方が正確だろうか。
「な、んで」
思わずそんな疑問の声を漏らしてしまう。だがそんな悲痛な叫びに応じる人はどこにも居ない。
彼女の両親は治療費は払っていたようだが、一度しか病室で目にしたことがなかった。昔会った時には酷く不快になるような視線を向けられあまり好印象ではなかったことを覚えている。
「あの…。ご両親との兼ね合いもありますので病室を退室お願います…」
「…はい」
ふらふらとした足取りで病室を後にする。
全てのきっかけは卒業式の後、彼女と最後に笑い合った後に起きた。
彼女、空野愛が交通事故に遭った。
知らせを聞いて病室に駆け込んだ時に目にしたのは、眠り続ける彼女とまるで化け物を見るような目で見る彼女の両親だけだった。
話によると、どうやら彼女は脳に深刻なダメージを受けてしまったようで、もしかしたらもう永遠に目を覚まさないかもしれないとも言われた。
それから少女はお見舞いに病院へ通い始めた。
晴れの日も、雨の日も、雪の日も、どんな日も
毎日通い続けた。
そして今日この日、
空野愛が死んだ。
病院を出るといつの間にか土砂降りの雨が降っていた。
傘を差し、家へと歩き始める。
車の音や人々に喧騒が妙に頭に響く。
そして、歩き続ける中、少女は遺された思い出を追憶する。
ただ、思い出をこの身に刻むために。
■ ■ ■ ■ ■ ■ ■
彼女と会ったのは小学生の頃だった。
彼女は最初から他の子とは何かが違った。彼女はいつもどこかぼんやりとしていて、言うなれば世界とピントが合っていないようなそんな印象をこちらに与えていた。
そしてその姿はどこか儚げで、気づけばいつも彼女に視線を向けてしまっていた。
そしてある日、その日は母からお使いを頼まれた帰りだった。空に赤みが差していて、夜になる前に帰らなきゃ、と焦りを覚え若干早歩きで歩道を歩いていた。
その時、
「あ、」
彼女が歩いているのが視界に入ったのだった。彼女はいつもと少し、雰囲気が違っていた。なんというか、まるでクリスマスイブのプレゼントを待つようなそんなひどく楽しげな様子だった。
そして、気付けば彼女の後をつけていた。彼女は一匹の白猫をその手に抱えていた。強く強く、宝物のように。
彼女を追い始めてからしばらく経ち、既に街灯がつき始めた頃。
唐突に彼女が止まった。それに思わず追ってきたのがバレてしまったのかと思い、近くの物陰に隠れる。
現在彼女は公園の中にただ立っていて周りには誰も人がいなかった。
彼女は周りを見渡し、そして抱えていた白猫を地面へと優しくおろした。
白猫がニャア、と鳴いて彼女へと擦り寄る。その様子に彼女は少しくすぐったそうにしながらもスッと立ち、その場を後にしたのだった。
家族に秘密で白猫の世話でもしているのだろうか。そう考えていた時、
「え?」
彼女が戻ってきた。彼女を視界に収めた白猫がそちらへと走り寄っていく。
そして彼女は、
「ニ゛ャ゛ッ!?」
白猫に、右手で持った石を振り下ろした。ドス、と重たい音が辺りに響く。
そして再び石を持ち上げ、白猫に叩きつける。
ドス
ドス
ドス
ドス
ベチャ
ベチャ
ベチャ
そんな形容しがたい音が辺りに響き続けていた。既に白猫は原型を留めておらず、血液が辺りに飛び散っていた。
そして彼女が石を振るのを止めた。
「…深い、深い、橙色。あなたはそれを遺すのですね」
彼女の顔を見れば今までで見たことのないような歪みが刻まれていた。
まるで何かを賛美するように、
まるで何かを慈しむように、
ただただ彼女は口元を歪めていた。
そして、気付けば体が勝手に動いていた。ゆっくり、ゆっくりと彼女の元へと向かう。
そして、
「ねえ」
「ッ!?」
彼女が後ろを振り向き、こちらを見やる。驚いているのか呆けたように口はポカンと開かれていた。
「あなたは…同じクラスの」
「ええ、友蜜葵よ」
「どうして…」
「たまたまあなたが目に入った。それだけの事よ」
「…」
「それで」
一呼吸開けて言葉を紡ぐ。
「あなたは何が見えているの?」
猫を殺したとか、悍ましいとか、そんな感情はなかった。
ただの疑問だった。彼女をそこまで駆り立てるものは何なのか。彼女が笑みを浮かべるのは何なのか。
そして、
そのやりとりが空野愛と友蜜葵のあえて表現するならば『出会い』だったのだ。
今回は予告通り閑話の現実世界編です。
これからも区切り区切りに閑話としてこういう話を入れていきたいなと思っています。
ちなみに今回、予約投稿というものをしてみました。
ではでは