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少女異世界放浪録  作者: コメコパン
転生、そして始まり
4/7

3話 男は愛を謳う

今回は主にお父さん視点です。





□ ■ □ ■ □ ■ □





バートランド=ブラッドレイは大広間で妻、アマンダと共に寛いでいた。

現在は夜明け前、もう二、三時間すれば娘のシンシアも起きてくることだろう。三年ほど前までは朝はアマンダがシンシアに絵本を読み聞かせていたのだが、今では一日中魔術の鍛錬をとても熱心に取り組んでいた。元々、シンシアは独自の術式を二歳の段階で構築するなど魔術においてかなりの才能が垣間見えていた。おそらくこのまま鍛錬を続ければ魔術師としての高みに達することができるだろう。


だが、そんなことは自身もアマンダも望んでいなかった。ただ、シンシアは『普通』の幸せな生活を送って欲しいだけなのだ。『特別』とはどこまでも残酷なものなのだから。箱庭の中で幸せを享受していて欲しかった。

だというのに、

シンシアの魔術への興味は尽きることは無く、今や屋敷にある魔導書はほとんど読破してしまっていた。『外』の魔導書に興味を示すのも時間の問題だろう。

どうしてこうなってしまったのだろう。

そんな後悔が心のうちを満たす。シンシアに魔術を教えさえしなければこんなことは起こらなかった筈なのか。今はそれに確証を得ることさえ出来なかった。そう、あんな光景を見てしまった後では。

そんな思考を皮切りにあの光景が頭の中でフラッシュバックする。


路地裏で無造作に転がった血に塗れた死体、そこに笑みを浮かべ佇んでいたのは———


「バート?そろそろ出るんじゃないの」

「あ、ああ。すまないね」


不意にかけられた声にバートランドは頭の中での思考を中断し、目の前の妻、アマンダを見やった。彼女はあまりにも脆く儚げで、それでいて内に秘める意志はあまりにも力強かった。

そうだ、自分には守るべき存在(アマンダ)がまだいるのだ。

疑ってはいけない。

諦めてはいけない。

守らなければいけない。


玄関に手を掛けてゆっくりと、だが力強くその扉を開けた。


———ただ最愛のために男は愛を謳う。





□ ■ □ ■ □ ■ □





イリシスのヴァーラルド、その街にある聖教所属の教会、その一室で司祭、クリス=カルシーヴァは日記を綴っていた。これは一見何の事は無い習慣のように見えるが、日記を書くことによって自身の行為を省み、そして戒めとして記録するといういわば、一種の神への信仰の形と言えるのだ。実際高い位階の聖職者のほとんどが日記を記しているのだ。


「それにしても最近のイリシスは物騒ですねえ」


最近、いや五年程前から聖教所属の教会が何らかの集団に襲撃され、そこに居合わせた修道女や助祭、果てには一般の信者まで全てを皆殺しにされるという事態が頻発しているのだ。おかげでイリシスに建てられた教会は事あるごとに代理の司祭たちを送る羽目になってしまっているのだ。

かくいうクリスも二年ほど前にこの教会に派遣された司祭なのだ。

最もそのことに何の不満も抱いてはいなかった。多くの指名された司祭は襲撃犯を返り討ちにしようと息巻いてこの地に訪れている。司祭は自らが信じる神、ルーシスカを絶対としその采配を信じて疑わないのだ。

聖教においての位階は聖職者の実績、年齢では無くその信心深さを重視する。それは認定の際に読心型の魔術を使用し、その心に偽りがないか確認するほどなのだ。

そして、三人しかいない司教にいたってはもはや狂信の域にまで達していると噂されている。

クリスもその例外では無くもはや代理として指名された際には襲撃犯を自らの手で下せると歓喜したほどなのだ。


「せっかく『アレら』の討伐も佳境に入ってきたというのに…」


『アレら』とはおよそ300年前突如現れたとされる人類の天敵であり怨敵。奇しくも同時期に広まった聖教は『アレら』全ての撲滅を第一に掲げている。

この出来事があったからこそ言うなれば『ポッと出』の宗教である聖教が旧教や天教に比肩するほどの信者を得たのだろう。『アレら』に傍観を決め込んだ旧教や天教よりも討伐を掲げた聖教が頼もしく見えたという訳だ。

実際、聖教が所有する『聖騎士』および所属者が7名しか存在しない謎に包まれた集団『異端尋問官』によって、その多くが討伐されていった。今や『アレら』は数える程しかおらづずもはや人類は『アレら』の恐怖から解放されたといっても過言ではないのだ。


「まあ、全てを殺さなければ意味がないのですがね」


そう呟きいてクリスは再び日記を綴り始めた。仮にも司祭は教会の管轄者、こういった朝方などの空き時間を利用して書かなければ到底一日で書き終わることはできそうにないのだ。

直後、教会に全体がまるで地鳴りのように揺さぶられた。


「なッ!?」


しばらくその揺れは続いたが、やがて不自然にピタリと止んだ。

すぐさま態勢を立て直したクリスは冷静に状況を分析する。


(件の襲撃犯か、あるいは可能性が低いとは思いますがただの自然災害でしょうか…。とにかく実際に目で見るほかありませんね)


早々に結論を下し、若干焦った足取りでクリスはその部屋を後にしたのだった。





□ □ □ □ □ □ □





凄惨。

その光景を見たクリスは思わずそんな言葉を思い浮かべていた。祈りを捧げる椅子は無残に破壊され、そこには聖騎士、修道女や一般の信者が頭を潰されていたり、腑が抉られていたりと思わず吐き気がこみ上げるような状態で転がっていた。

祭壇にある聖騎士の象徴である神、ルーシスカ像は根元を残して破壊され、鮮血で赤色に彩られていた。

ふと入り口の方に視線を移すと五人の赤黒いフード付きマントを被った集団が佇んでいた。それぞれの顔はフードでよくわからないが、かろうじて赤く不気味に光る双眸確認できた。


(やはり…『アレら』でしたか)


そもそも旧教や天教とは水面下で不可侵条約を結んでおりそれを破り教会を襲撃するということはすなわち宗教戦争を引き起こす事に他ならないのだ。だからこそ襲撃犯が旧教や天教とは考えにくかった。

と、なると残る候補は『アレら』のみという訳だ。今までは皆殺しにされていたがために確たる証拠は得られていなかったが、それは半ば聖教の中では確信が得られていた。


「さて、貴方方」


そう呼びかけるとリーダー格と思われる人物がこちらに近づいてきた。


「なんだい?降参なら聞けないけれど」

「まさか、貴方のような方達に降参するなど…それならば自害の方がまだいいですよ」


すると、瞬く間に場が殺気で満たされた。だが、それでもなおクリスはひるむことは無い。殺気程度で腰を抜かすほど神への信仰は薄っぺらくは無いのだ。


「こいつは僕がやろう」

「ですが…」

「いい、君たちはもしもの時に備えてくれ」

「…、分かりました」


そして、しばらくの沈黙。それは一秒のようにも一時間のようにも感じられた。そして、


「其れは神から授かりし聖槍ッ!!」


クリスは詠唱を始め、フードの男は地面を駆け、クリスに肉迫する。


「貫け!『輝ける聖槍(ホーリーロード)』!!」


直後、クリスの手に槍の形をした極光が生成され、


フードの男に向かってソレは投げられた。極光が瞬く間に男に迫らんとする。

だが、


「なっ!?」


既にそこには男はいなかった。標的を失った極光が空を切り、その形を失う。焦る思考の中、次の策を脳内で構築する。男は自身の視界には写ってはいない、だとするならば男は———


「背後「遅いよ」ガッ!!」


腹部に強烈な痛みが走る。下を見れば、腹から剣のような物が生えドクドクと赤い液体——血——が溢れ出していた。


全身から力が抜け、剣が引き抜かれた直後、地面に倒れ伏す。そしてそのまま上を見上げると血に塗れた剣を右手に持った男が見下ろしていた。よく見ればその髪は銀髪で、顔は悍ましいまでに美しかった。


「…私は負けたのですか」

「ああ、そして今から死ぬんだよ」


その言葉を聞いてクリスは口元を弧の形に歪めた。やはり『アレら』は傲慢で愚かしく、そして醜い。だからこそソレを利用する。

クリスは服から紙片を取り出し力なく掲げる。その紙には魔法陣が描かれていた。


直後、魔法陣から仄かな明かりが漏れ始める。


「まさかお前…!!」


何をするのか察したのか、男が即座に剣を振るう。紙片を握る腕がまるで粘土が如く切断される。


だが、もう遅い。


宙に舞った紙片からもはや眩いほどの光が発せられ、その場にいた全員が思わず目を瞑る。


そして各々がゆっくりと目を開くとそこには———


「我らは聖騎士団、司祭クリス=カルシーヴァ、たった今我々は約定に応じ参上した」


十人の騎士甲冑を装備した人間たちがその場に現れていた。


そう、クリスは事前に聖騎士団を転移させる魔法陣を事前に用意し、もし窮地に陥ったならば使用し、助力を乞うことを伝えておいたのだ。まさか団長本人がくるとは思っていなかったが、これにより不意をつき油断した襲撃犯たちを返り討ちにする予定だったのだ。


そして、その効果は絶大だった。


「くっ。撤退だ!!」

「承知しました!」


襲撃犯たちは蜘蛛の子を散らすように逃亡を始め、その後ろ姿を聖騎士たちが追い始めた。どうやら用意した策は上手くいったらしい。


「グッ!!」


そう安堵した直後、意識していなかった激痛がクリスを襲った。痛みと共に意識も少しづつぼんやりとし始める。

何人かの聖騎士がこちらに駆け寄ってきた。どうやら心配をかけてしまったらしい。

彼らの声が頭の中で木霊する。


———大丈夫ですか!?


———これは…ッ!出血量が尋常じゃ無い!!すぐに治療を始めないと!!


自身のことなどどうでも良かった。もはや身体など捧げている。


———しっかりしてください!!


———だ——す!!このま——は死んで——う!!


———戦——員しかこ——には…ッ!!


自身の命などどうでも良かった。その生き方に意味があるのだから。


———


そう、全てはただ神のために。





□ ■ □ ■ □ ■ □




バートランド=ブラッドレイは橙色の空の下、若干息を切らしながら従者と共に屋敷に続く道を歩いていた。

まさか転移の魔法陣で聖騎士の、しかも団長を呼ばれるとは思っていなかった。これではわざわざ下見を行う意味が無い。いまでさえ、ギリギリの綱渡りをしている状態だというのに。今回は偶々聖騎士たちを撒くことができたが、次もうまくいくとは思ってはいない。より入念な下調べが必要となるだろう。そう考えると気が重くなるばかりであった。


だが、この行為をやめては決していけない。聖教を放置しておけば確実に妻と娘がいる屋敷を発見され、聖騎士が派遣されてしまうだろう。そうなってしまえばもう遅い。奴らは容易く我々を虐殺するだろう。特に妻、アマンダは『裏切り者』として想像を絶するような拷問を受けてしまう可能性もある。

だからこそ、イリシスにある教会を適度に襲うことで我々を捜索する程の余力を残さないようにさせていた。


「バートランド様、屋敷に到着しました」

「…ああ、すまない。考え事をしていた」


ふと前を見ると、見慣れた大扉が行く手を塞いでいた。

扉に手を掛け、ゆっくりと押し開ける。

そして、ギギギ…、という錆びついたような音とともに大扉が開くと、


「あ、お帰りなさい、お父様」

「あ、ああシンシア」


自身の娘、シンシアが視界に写り込んだ。手元には魔導書と思われる分厚い本が抱えられていた。相変わらず魔術の勉強をしていたのだろう。

そしてこちらを見つけると妻に似た、思わず見惚れるような微笑みを浮かべこちらに近づいてきた。

その様子に思わず体が()()()()()()()


「どうしたのですか?」

「いや…。なんでも無いよ」


シンシアは微笑みを崩さずにこちらに問いかける。

そう、()()()()()()()()()微笑みで。


「本当に大丈夫なのですか?」

「…まあ、念のため少々休息を取るとするよ」

「分かりました。くれぐれも無理はしないでくださいね?」

「ああ…。心得ているよ」


そう言い残し、クリスは足早にシンシアの元から離れる。

三年前のあの日、シンシアが初めて出掛けた日。

各々が好きなように買い物を始めた際、念の為シンシアを遠くから見守ることにしていた。いくらローランドが治安がそこまで悪く無いといっても、路地裏などはそれなりに危険ではあるのだ。


最初は魔道具などを売ってる店を回っていた。それだけならば何も問題はない。

だが、事はシンシアが買い物を始めてから一時間後に起こり始めた。シンシアが少しづつ表通りから離れ、だんだんと路地の奥へと向かい始めたのだ。

まるで()()()()()()()()()()

そして後ろからは(おとこ)たちがシンシアを追いかけていた。その男たちは下品な笑みを浮かべていて、このままではシンシアは彼らの毒牙にかかってしまう事だろう。


だというのに、気付けば足がすくんでいた。何か、愛すべき我が子が得体の知れない化け物に思えた。


そして、鮮血が飛び散り、


返り血を浴びたシンシアが立っていた。


彼女は嗤っていた。


彼女は残虐だった。


彼女は悍ましかった。


気付けば、その場から逃げ出していた。


それから、ずっと彼女の笑顔が怖くて堪らない。もはや彼女には愛を抱けなかった。


だが、それはアマンダへの愛を裏切ることに他ならない。だからこそ、


疑ってはいけない(もう信じれない)

諦めてはいけない(それは無意味だ)

守らなければいけない(その必要はあるのか)


———ただ最愛のために男は愛を謳う(騙る)





□ ■ □ ■ □ ■ □





以上、第3話でした。もしこの小説が面白ければ続きも読んでいただけるとありがたいです。


ではでは

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