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7話


僕は待った。

辛抱強く。

ラスティが再び口を開くのを、待ち続けた。

「…その後だ…。

帰る地を失い、エネルギーをも無くし…。

我々は流浪の民と成って、砂漠を彷徨い続けた…」

「…つまり…?

ガソリンの切れた車みたいに…。

移動手段も、失われたのか?」

「能力も…。

エネルギーの満ちた地で、あれ程簡単に持ち上げられた物ですら…。

僕は数センチも、持ち上げられなかった…。

必死に成れば成る程、頭痛がひどい。

皆、力を持つ者達は、その能力すら、諦めた…。

エネルギーの満ちていない世界でいつも、ミュールが…。

我々にエネルギーを送り、助けてくれた。

けれど、地球を救い、意識すら無い彼をもう…頼れない。

皆、どんどん無気力に、成っていった。

諍いは、絶えなかった…。

全てを失い…生きる、意味すら、解らなかった。

どうしてあの時大陸と一緒に、滅ばなかったのかと

悔いて嘆く女性を慰める言葉を誰も…持たなかった」

僕はその民の群を、思った。

大恐慌では、財産を失った人々がビルから次々と身を

投げた。僕は勿論…その時代に生きていなかったけれど

でも…空から飛べない人間が飛び降りて来る姿を

幾度も見るのは、やり切れない気分だろう…。

ラスティは僕に、振り向いた。

「その時の鮮烈な記憶と共に、だが直ぐ

その前に、引き戻される。

まるで、既に終わった事なのに

もう一度ちゃんと、見ろ。と…

言われてるみたいに。

その前の、会議に。

連中がその装置のプロジェクトの、承認を取る場面…。

そして…装置を稼働の許可を、勝ち取る場面…。

どうしてもっとあの時……」

ラスティの、肩は揺れていた。

「…反対しなかったのかと……。

奴らを、止められた筈だ。

なのに、なぜ…。

僕は…僕たちは、そうしなかったのかと…」

僕たち?

ラスティは、口に出さない疑問を、耳で聞いたかのように、返答した。

「…この気持ちに成ると、僕だけで無く、僕の後ろに幾人も…。

存在しているのが、解る。

たくさんの、人の気配を、毎度感じる。

彼らは皆、同様に思っている。

『どうして…』と…。

心から、悔いている。

僕、同様に。

それで……」

僕は彼を、伺った。

ラスティはその時、ようやく、笑った。

「…それでつまり…僕は繰り返し

過去に引き戻されるのだと、解った。

とても、大きな悔いで…。

魂に、刻み込まれた後悔が、決して

僕たちの記憶から、去って行かない…。

生まれ変わり、記憶をすっすり無くしても…。

棘のように刺さり、それが痛み…。

思い返さずには、いられない…。

その痛みが、何であるのか…。

つまり……。

とても、愚かしい事だ……。

どうしていいのか、僕は実は今だに解らない。

僕は破壊をもたらした者達の欠損を、理解出来ない。

彼らは……。

ミュールに、嫉妬していた。

人々が彼を崇め、崇拝するその気持ちを、自分たちに向けようと

必死だった。

巨大なクリスタルを造り、人々の関心を自分達に向けようとしたり…。

だが結果、失敗し、尻拭いをミュールがし…。

彼らは逆に、ミュールの偉大さを世間に晒しただけの、惨めな結果に

満足しなかった……。

そして次の失敗ですら……。

ミュールが尻拭いを、した……。

最早人々の中でミュールは完全に、神格化され……。

崇める粋を超え…。

彼の偉大さと心の広さと深さは、神話に近かった…。

そうしたのは皮肉にも、連中だ………。

共に流浪の、民の中に、彼らは、いた…。

彼らは自分たちが、ミュールを神にまで押し上げた事にこそ、絶望していた。

どうして………。奴らはミュールしか、見えなかったのだろう?

世界を見ていたら……。

あんな物を造る、必要すら、無かった…。

能力を持たない彼らは、科学で、神に成ろうとし、結果…。

神と成ったのは、勝れた能力者の、ミュールだった………。

つまり…。

僕が今、思うのは、そういう事だ。

科学で世界は、感じられない…。

人の皮膚の、暖かさは、解らない…。

勝れた能力者は、世界を感じられる………。

人の痛みも解るし…。声をも、聞く。

科学が進み、能力を神話と否定する事は、僕にはどうしても…。

自分の都合の為なら真実に蓋をする行為に、思えてならない……。

自分の都合良く物事を運ぼうとするのなら…。

他の犠牲は無い物としなければいけない。

目と耳を、塞ぐ事……。

そうすれば、都合を押し通せる。

だが………。

アトランティスはその愚かさで、滅び去った。

目と耳を塞ぎ利己的に突き進む事が

いかに、不自然か……。

そしてそのツケは………。

いつか必ず、還ってくる。

多くの人々を巻き込み…。

最も、ひどい形で」

僕は、ラスティがその時代の辛く苦い思いと現代の生活の、不自然さを

同一視せざるを得ないのを、感じていた。

今、確かに人々は、鈍感で無くては生きては行けない。

たくさんの、自分達には関係ないと位置づけた者達の、犠牲に目を、つぶらなければ。

迂闊にそれを考えたりしたら、今自分達のしている事が、この文明が、犠牲と成る者達にとって、どれ程残酷かを、思い知るだろう。

…自分は鬼だと、思って日々生きていくのは、辛い事で、自分達をこの文明を、肯定し続け犠牲となる者達の声に、耳を房がなければ……。

楽しい人生など、陽炎に成ってしまう………。

僕はラスティに掛ける言葉を、失った。

自分がふいに、とても惨めに、思えたからだ。

自分の生に誇りが持てない事程、惨めな人生は、無い。

この文明の利を享受した途端、とても惨めで誇れない人生を続けるしかない絶望は……。

確かに、絶えられない苦痛のように、僕には感じられた。

ラスティは、顔を上げた。

「…僕はそう、言っていない。

不思議だね。君が僕の話で、そんな風に感じるだなんて」

今度は僕が、少し俯いた。

「…多くの偽善者や、自分を惨めだと思いたく無い連中は、ミュールを神に、したくないと思う…。

自分を惨めにしたくないから…。ミュールは悪魔だと、思いたいんだ。

けれど誰でも、自分の魂には、嘘を付けない。

魂は、何が偉大で何が嘘か、ちゃんと、知っている。

結局……。

自分を惨めにするミュールを悪魔呼ばわりしたって……。

最終的に敵に回すのは、自分なんだ。

そしてミュールを神だと思った途端、自分がどれだけ惨めで間違った生き方を、しているのかを、思い知る」

ラスティは、微笑んでいた。

「僕の話だけで君はミュールを、そこ迄位置づけるのかい?

たいした感応力だ」

「………。

だって僕なら、地球のコアに向かうそんな凄まじいエネルギーに

決して身を投げたり、しない。

足がすくんで、逃げ出したくなる。

だって………。

自分が、可愛いだろう?

人よりも。世界よりも。

普通は」

ラスティは、大丈夫だ。と、僕を安心させるように、微笑んだ。

「…そこに踏み込む勇気を持つ者がいれば…。

その意味が、解る…。

自分が、本当に可愛いのは、どういう事か」

「自分を滅ぼす、エネルギーに飛び込む事が…。

本当に、自分が、可愛い事に、成るのかい?」

僕が、そっと聞くと、ラスティは頷いた。

「…だってミュールは結局、誰よりも、幸せだった…。

誰よりも、満ち足りていた。

たとえ、指一本動かせなくても。

…つまり……。

自分を、誇りに、思えたから。

自分の、果たすべき役割を、やり切ったから。

それが、一番幸せな事なんだと、彼は理屈で無く、

我々に体感させた」

僕は、ラスティをじっと、見つめた。

見つめ続けた。


…その、週末で、終いだった。

僕がラスティの、あの印象的な、明るい空色の瞳を見る事が、出来たのは……。

僕は次の週末、やはりコテージで、彼の到着を、待った。

連絡もした。幾度も。

けれども彼は、綺麗に姿を…。

その気配をこの世界から、消した………。

僕は、主を待ち続ける犬のような気持ちでそれでも…。

コテージに週末、足を運び続け…。

彼を、待ち続けた。

彼の話を反復して心に刻み…。

その時の彼の語る表情を、思い起こした。

時々、やり切れなくなる程、孤独を感じた。

まるで…何か、素晴らしい切れ端からも、閉め出されたような、気分だった。

その時僕はようやく、気づいた。

彼は、僕にとっても糸口だった。

今……。いや、この先かもしれない。

その時代に僕は、存在していないかも、しれない…。

だがこのやり切れない現実から抜け出せる、たった一つの、糸口……。

僕はそれを、“希望"と呼ぶことすら、ためらった。

“希望"と呼んでしまったら………。

彼を失った僕には、“絶望"しか、残されてない事に、気づくのが、怖かった…。


何度か、もっと人生を、楽しもうと考えた。

女性へのときめき。

男達と興じるゲーム。

高揚感。ちょっとした優越感。仲間意識…。

だがふいに、自分がよそ者のように感じる。

途端、肩を抱き合い、共に歌いはしゃぐ仲間と、距離を感じる。

寒々と……していた。

僕は、気づいていた。

そして…気づかないふりをしていると……気づかされた。


鈍くなくては、いけない。

真実から、必死で…それこそ必死で、目を、背けなければ。

世界の反対側で、どれ程の人間が虐殺されていようと…。

自分とは、無関係だと、思い続けなければ。

それは確かに地球上で起こっている事だけれども…。

自分とは、関係ない世界で、起きている事だと、納得させなければ………。


だって、僕はちっぽけで、何の、力もなく、彼らの為に何一つ…。

出来やしないから……………。


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