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5話

今でも・・・彼の姿が目に、焼き付いている。

そんな風に親しげに・・・話しが出来たのは、たいして長い時間じゃ、無かったから。

彼は段々、遠い瞳を、するように成った。

丸で、別の世界に居てふいに、自分がこの世界に居る事を、思い出すかのように。

理由を、訊ねたかった。それに私は、彼の話が大好きだったから、子供が話をねだるように、彼の口からその世界の話を、もっと引き出したかった・・・。

けれど私が彼とその世界について話した事は、それだけだった・・・。

彼は時々、見て触れるのに、精神は別の次元へ飛んでいったかのように、虚ろだった。

ただ・・・。一度私が、あんまり心配げに、見つめたからだろう・・・。

彼はここの次元へ戻り、しっかりした瞳で、私に微笑みかけた。

「・・・すまない・・・。時々・・・過去が今に、とって代わるんだ。もう・・・とっくの昔に、終わった事なのに・・・。

たった今、起こった事のように、生々しく思い出す・・・。

どうしてそうなったのか、良くは解らないけれど・・・。

でも・・・」

「でも?」

「たった今、あの石版に乗って大空を飛んでいたのに、現実に戻ると、渋滞した車に、押し込められていたりする」

彼は、笑ってみせたが、それが冗談で済ませられない緊迫感が、あった。

「・・・君は、どこに居たんだい?」

僕が聞くと、彼は・・・困惑とも、苦みとも取れる・・・それでも無表情で、透けていくかのように、つぶやいた。

「・・・つまり・・・あそこさ」

「・・・・・・・・・アトランティス?」

僕はその言葉を、慎重にささやいた、つもりだった。

なのに彼は、その言葉の響きに捕らわれたように、遠い、瞳をした。

僕には、解った。

彼の精神はとっくに終わった、その過去に存在していて、肉体を残してそこに再び、呼び戻されようとしているのが。

僕は慌てて、彼の腕を握って引いた。

彼は、『ああ・・・』と短くつぶやくと、僕に振り向いた。その空色の瞳はまだ、遠かったが、自分を肉体に引き戻そうと、彼は試み、そしてやがて・・・彼の瞳は焦点を取り戻し、僕をはっきりと、その瞳に映し出した。

「・・・どうして今、こんな風に成るのかな?」

彼は、微笑もうと、した。

「感覚が、無くなる。過去の記憶だけに支配されてその、世界から抜け出せない」

「物語みたいに、そこで過去を辿って体験しているのか?」

僕は、そっと訊ねたが彼は・・・首を横に、振った。

「・・・ずっとそこで生活してる訳じゃ、無い。

すごくリアルだけど、ちゃんと、とっくの昔に終わった事だと、僕は知ってるんだ。それに・・・」

彼は一瞬、苦しそうに顔を、歪めた。

「・・・特に鮮明な記憶が、フラッシュバックのように映る。別の記憶から別の記憶へ・・・重なりながら、そこで見たもの、感じたものを鮮明に体験しながら・・・。でも移行している」

「順では、無くて?」

ラスティは首を、振った。

「・・・砂漠でミュールを担ぐ悲嘆にくれた人々と共に歩き、足元の砂を蹴り上げたと思ったら・・・。

叫んでいる。大勢の人々に、避難を呼びかけて・・・。荒れ狂うように炎が地面から吹き上げ、揺れる大地の上で。

起きた順序は、逆なのに・・・。

かと思うと、原始に戻った生活に人々が疲れ・・・だが動かぬミュールが、幸せな夢で人々を包み・・・指一本動かせぬ程の状態でありながら・・・人々を元気付ける場面や・・・・・・・・・」

感動が押し寄せるのか、ラスティの瞳は、潤んでいた。僕が気づいたと知ると、彼は首を横に振り、涙を隠さず、ささやく。

「・・・救う為に・・・我々を救うために、そんなにもひどい傷を追って・・・意識不明で口もきけないのに・・・・・・我々の、悲嘆の声に、夢で、応えてくれる。壊れた大地・・・・・・。荒れ果てた世界・・・・・・。

でもミュールは・・・・・・」

僕は泣く、彼を見守った。

「・・・夢で応えてくれた・・・・・・。

緑成す大地。空へ羽ばたく、何千羽の鳥達・・・。

水辺に集う、生き物。そして、彼らと共に暮らす、我々・・・。

悲嘆は無く、日々の糧に満足し・・・美しい地球に、たくさんの生命と共に生きる、幸せな、私達だ・・・・・・。

皆、命の輝きに満ちていて・・・・・・。それはとても・・・・・・とても美しくて、幸せな夢だった・・・・・・」

そう言って、ラスティは震えた。

感動、するかのように。

僕にその夢は、解らなかった。

ラスティは言葉を、続けた。

「人は誰でも、持ってる物を失うと、悲嘆に暮れるだろう?

あの時我々は、文明を、失った。

だがミュールは・・・・・・全ての自由を、失った。

あれ程自在に能力を操り、空を掛け・・・誰よりも素晴らしい能力を持つ彼が・・・。かろうじて、命を保ち、意識もロクになく・・・体を、自らの力で、動かす事も、出来ない。

我々は・・・彼の体を、まるで帰る場所すら無くして彷徨う、我々の象徴のように・・・砂漠の中を担ぎ、歩き続けた・・・・・・。

翼をもぎ取られた、鳥のように・・・。

私達は彼の事を、思っていた。

それでも彼がそこ迄自分をなげうって成し得た事は、本当に偉大な事だったから・・・。

私達は、彼を気遣った・・・。

小さな子供でさえ・・・。

彼の顔に、砂漠の太陽が照りつけると、布で遮る気遣いを、見せた程だ。

彼がもし、意識を取り戻した時・・・。どう、声を掛けていいのかも、解らなかった。

いっそ・・・このまま、死んだ方が、彼の為だと、言う者迄、居た。

・・・だけど彼に、悲嘆は一欠片も、無かった・・・。

彼は、幸せだったんだ。

指一本、動かせない程の体に、成っても・・・・・・。

この、惑星が生きて、命が輝き続ける事が。自分の不自由さよりも。

何倍もその事が・・・・・・・・・」

ラスティの瞳から、ひっきりなしに涙が、滴り落ちる。私は他人の事をどうしてそこ迄・・・・・・。

涙が滴る程の思いを込めて、話せるのか、不思議だった。

が彼は続けた。

「・・・幸せ・・・だったんだ・・・・・・・・・。

この世界を救う事の為なら自分の身がどうなろうと・・・・・・構わないと、君なら、思えるかい?

僕らには、解らなかった。

ミュールはやっと少し草木の生える場所で我々が落ち着き、生活を始めても、意識が戻らなかった・・・。

全てを失った不自由さに皆気持ちがささくれだって・・・。しょっちゅう、(いつか)ったし、希望も、なかった。

なのに彼は、最も自由のきかない不自由さの中に居ながら・・・・・・幸せだったんだ・・・・・・。

不自由さは、問題じゃないと・・・・・・。

彼は言った。その、夢で我々に、語った。

この大地が損なわれず・・・砕け散ったりせず・・・。

存在していてそして・・・・・・命の煌めきが、生き生きと再び、脈打つ事こそが、一番大切で、幸福な事なのだと・・・・・・。

だってその夢の中の、沢山の・・・・・・ゾウやライオン・・・ワニ迄居た・・・・・・。

イルカや・・・鳥達・・・無数の・・・生命達が大地の中、ゆったりとくつろぎ、駈け回り、空を飛び水の中を自在に泳ぐ姿は本当に・・・・・・。

本当に、綺麗だった・・・。

まるで、こう言われているようだった。

『この美しさの前では・・・どれだけ失ったように感じられたとしても・・・でも決して、少しも、失われてなんかいやしないのだ』と・・・・・・・・・。

『もし失ったとしても・・・この美しさの前では、大した代償なんかじゃ、決してないんだ』と・・・・・・・・・」

「とても・・・幸せな、夢だった?」

ラスティは、頷いた。

僕は彼にそっとささやいた。

「・・・身動き一つ取れない・・・そのミュールの見せた・・・・・・ビジョン?だろう・・・・・・。

それで皆が・・・・・・励まされたのか?」

ラスティはまた、頷いた。

「諍いは、まるで風船がしぼむように消え失せ・・・。まるで夢の中のたくさんの生物のように我々も・・・生きる力を、取り戻した。

生きている事だけで、幸せで・・・。その為には不自由さ等、問題じゃあ、なくなった・・・。

僕は知らなかった。

ただ、“生きている"ことが、あれ程美しい事だったなんて・・・・・・・・・。

ただ純粋に、“生きる"事があれ程・・・・・・幸福な事だなんて・・・・・・本当に、その時迄・・・・・・・・・」

ラスティは言って、僕を、見た。

「僕らは、“失われた"と、思ってた。

けど、ミュールは“護られた”と、感じていた」

その時の、彼の声と瞳があんまり静かで、僕は、発する言葉を、何一つ見つけられなかった。


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