神に近い者 1話
アトランティス・シリーズです。
遙か遠い過去の記憶
私には友人が居た。
今はどこに居るのか、所在も知れない・・・。
だが彼が語り始めた不思議な話を、時折鮮明に
思い出さずには、いられない。
それは遠く遠く遙か昔、キリストですら誕生していない、歴史からその姿をほぼ完全に消した大昔の、大陸の物語だった・・・。
第一章 神に近い者。
ラスティは池の船着き場の板の上で、髪に風を受けながら午後の陽光が溢れ、波紋の広がる水面を見つめ、つぶやいた。
「・・・彼・・・彼女かな?
とても長い名前で・・・でも私達は彼を、『ミュール』と・・・そう呼んでいた」
私はビールを持って来ようと思ったがその語り口に、いつもの彼の、夢の話が始まったと気づいて、上がり掛けた腰を落として聞き入った。
彼は気づき、少し笑うと続けた。
「・・・そう・・・ミュールの事はいつも、一番鮮明なんだ。
僕はその時代・・・彼を神のように崇拝していたから・・・」
僕は笑った。
「今で言う教祖のようなカリスマかい?」
彼は少し俯くが、顔を上げた。
「神はね。人がそう感じるから、神のようだ。と思うものだ。君にとっての神と僕のとは、違う筈だ。
けどミュールはあの時代・・・」
そう言って、ラスティは顔を、上げた。
「僕だけでなく、たくさんの人々に、姿の無い神を強く、意識させた。
きっと神が居るとしたら、ミュールのような者だと」
ラスティが僕をじっと、その空色の瞳で見つめて笑った。
「君がどう取るかは僕には、解らないけれど」
僕はつぶやいた。
「どんな風か、聞かないと解らない」
ラスティは肩をすくめた。
「少し、風がで出来た。中で話さないか?」
僕は、頷いた。
念願のビールを冷蔵庫から出し、喉の乾きを潤すと、ラスティは待ってたように、口を開いた。
「その当時、沢山の超能力者が産まれた。
彼らはみんな、学校みたいな所に通って・・・そして自分の能力の使い方を学び、適性に応じて職に就くんだが・・・。とても、勝れた能力者だけを集める特別な部門があって・・・警察で言う、FBIのようなものだ。
ともかく・・・その部署の教育機関に、ミュールは居たんだ」
僕は、頷いた。
だが彼は、その中でも一番、勝れた能力者だろう?と言う僕の期待に少し、瞳を翳らせた。
「僕は小さかった。五・六才かな?そんなもんで・・・ミュールは年下だった。
ミュールはいつも、皆が当たり前に出来る事が出来なくて、沈んでいた」
僕はたっぷり、ラスティを見た。
「ミュールは小石を手を使わずに持ち上げる事すら、出来なかった。
皆出来たのに。僕でさえ。
彼が小石を持ち上げると大抵・・・空中で、粉々に砕け散ったんだ・・・」
ミュールは大抵の子供が産まれ育った地域から親から引き離されたせいで、孤独を感じていた上に皆と同じじゃなかったから、いつも疎外感を感じているようだった。
誰もその事に異論は無かった。だって・・・彼は確かに皆とは違っていた。誰もが出来る、当たり前の事が、出来なかったから。
いつ迄立っても劣等生で、授業が進み、もう少し大きな石ですら、やっぱり空中で砕いていた。
教師は「それはそれで、使える能力で、自分が何が出来、そして出来ないかを知る必要があるから、問題ない」と彼を庇ったけど、クラスの皆が彼は出来損ないだと、知ってた。
ミュール自身でさえも。
彼は口数が少なかったし俯いていた。
石がどんどん大きく成っていっても結果は同じで、いつもクラスで一番最後に試す役だった。
だって彼を最初にすると、同じ大きさの石をまた、探して来なくてはならないからだ。
とうとう・・・室内に置ける大きさは卒業し、外に置かれた岩に、対象が移った。
人が一人乗れる程の岩でも、ミュールは駄目だった。
それは頭上迄上がるけれど、その後空中で一瞬で粉に成り、ばらばらと地上に振り撒かれた。
ある時、上級の一人が、授業用に、と持ってきた大岩は、三十メートルもあった。
誰もが試し・・・揺らす事すら出来なくて、それを持ってきた上級生が自分の能力を・・・自分達にみせつけ、からかう材料で持ち込んだんだと、解った。
彼はだって軽々とその大岩を、空中からこの庭へと、運び入れたから。
クラスで一番優秀なヘクトスでさえ、その岩を、左右に揺らせただけだったけれど、殆ど動かす事の出来なかった皆は、それでも拍手を送った。
ミュールの番が来て、皆はその大岩が、持ち上がらずに砕けて、小岩の群が出来ると見守った。
ミュールはだけどそれを、ゆっくり、持ち上げた。
とても・・・ゆっくりだったけれどそれは空中に上がっていき・・・やがてそれは頭上を遙かに超えて青空に、浮かび上がった。
あの時の感動は今も忘れない。
あの巨大な岩が、あんな風に宙に浮かび上がる様は・・・。皆呆けて口をぱっくり、開いていた。
彼は我々が、小石を持ち上げそして、下ろすようにその大岩をようやく・・・砕く事なく下ろしてみせた。
どすん!と音を立てて大岩が地上に戻ると、ミュールは微笑んでいた。
まるでやっと・・・皆と同じ事が、出来たと喜んでいるみたいだった。
教師はミュールの対象を捕らえるセンサーが他と違うと言った。
僕らはちゃんと、小石を認識出来てるけど、ミュールはあれだけ大きな岩でようやく、認識出来んだと。
それでようやくクラスの皆が納得した。
小さなもの・・・蟻とか・・・そう言ったものを持ち上げるのは、とても気を使う。
小さくて、扱いにくく壊さないよう力のバランスが難しかったし、変に一点に集中すると、砕いてしまう。
ミュールにとって・・・小石が僕らにとっての蟻で、大岩が小石だった。
教師達はミュールのその認識力が、他の人間の許容量をはるかに超えて大きいのに、とっくに注目していた。それが解った時、僕はミュールにとって世界はどんな風に見えているんだろう?と気になった。僕らは周囲、せいぜい三十メートル程にしか、世界を認識しないけど、ミュールにとってそれは・・・もっと広いに違いない。
100?それとも・・・200だろうか?
200メートル四方が彼にとっても世界だとしても、やっぱり僕からしたら途方も無く大きく、見えた。
認識範囲を広げる授業で、見える物、聞こえる範囲を広げたら、情報が処理できなくてパニックになり、どの音が近くて、どの音が遠いか解らなく成っていた。
映像はだぶったり、形が変形して認識出来なかった。そして混乱し、ひどい頭痛がした。
教師は少しずつ、慣らすようにしないと、神経障害が起きると、言った。
ある日誰かが言い出した。ミュールがどう見えているのか、知りたいと。
教師がミュールの手を握り、彼の感覚へと皆を導いた。皆は教師に勧められて教師を通して彼の感覚を、知った。
膨大な世界だった。
あまりにも広い世界がゆったりと、美しく輝き存在していた。象が群を成して草原を進む。そこに焦点を当てると直ぐ様そこがどこで、群は何頭居て、水飲み場に向かう所だと、解った。
その場で吹いている風すら、感じられた。
これだけ広い世界を同時に見ながら、群の一頭に同調しているから、気温すら感じられるんだと、教師の意識が語った。
水の中で動き回る、イルカの一頭が浮かび上がりイルカは・・・友達を見つけたみたいにミュールに挨拶した。
イルカは彼の事を波長で、存在認識してるみたいで・・・姿が見えなくても気になんかしていない様子だった。
どうやらミュールはそのイルカと波長が合うらしく、しょっ中イルカと、コミュニケーションしているみたいだった。
ミュールの広がる世界で彼に挨拶を返したり存在を感じて居る者は大勢居た。猿や小さな、毛皮の動物。そして・・・大木に至る迄。どこまでもどこまでも広がる、輝く大地と息づく生き物達がそこに居て、皆ミュールが気持ちを向けると、無言で「やあ」と、挨拶しているように感じられた。
彼はこの小さな教室で確かに孤独だったかもしれないが、決して一人じゃなかった。
どころか、信じられない友達が、大勢・・・とても大勢居た。
教師が皆を、ミュールの世界から教室に引き戻すと、一人が言った。
「実在してる、世界?」
「ミュールの幻覚だろう?」
ミュールはでもその皮肉に、小さくつぶやいた。
「上手に飛べないから、遠くには行けない。まだ焦点が充分定められないから、体を運べないけど・・・近くの、僕でも飛べる場所の友達には時々、会える。
海の深い所とか、空の高い場所だと、出た途端、体が圧迫されたり急に凄く寒くなるから、移動出来ないんだ」
教師はささやいた。
「体温調節や、体に空気の膜を張るやり方の授業はもっと、先だけど直それを覚えてしっかり集中できれば、遠くの友達にも会えるようになる。きっと」
皆が呆然とした。
世界と彼は同調していた。
どうしてそんなに大きな物と常に同調していて、気が狂わないのか解らなかった。
自分から少し許容量を超えるともう途端、バランスが取れなくて、自分を保てないのに。
ほんの一センチ周囲の範囲を広げただけで、膨大な情報が増えるし、途端処理できなくなって、音も画像も正確に受理出来なくて、歪み、ノイズが走るのに。
ミュールの世界は正確で鮮明で、安定していた。
でもある事に、気づいた。
ミュールにとってはあの世界が基準だから、小石なんてそれはそれは・・・小さな物なんだろう・・・。
僕らの蟻なんかより、もっと。
「・・・神の・・・目?」
僕はため息が出た。
つまりラスティの言った神のように。という事は比喩なんかじゃない。
神が見てるだろう世界を、見る事の出来る人間。
そんな人間が、居る事すら信じられなかった。
確かに・・・神がどう見えているのか、知っている人間がこの地上に居るだろうか?
我々は神を都合良く捕らえ・・・何でも見えて、知っているなら自分を救う事なんか何でもないんだろう。と勝手に、思っている。
でも誰が・・・神が一体どう世界が見えているのか、考えた事があったろうか?
神の立場で物を見、考えた事なんか・・・無いだろう。
だってそれは・・・不可能だから。
理解出来ない存在だから・・・こんな風、あんな風なんだろう・・・と想像して神を、勝手に造り上げてる。でもそれは・・・あくまで想像であって、実物なんかじゃなく実在していないその人の産み出した空想の産物だとしたら・・・。
そんな者が本当に自分を救ってくれるだなんて思い込むのは本当に、馬鹿げている。
そして、頼んだ時に救ってくれなかった。と自分の空想に愚痴を言い、「神なんか、居ない!」と叫ぶ。
それは確かにそうだろう。だってその『神』は、自分自身が作り出した、幻だからだ。
でも神・・・もしくは神に近い者からしたら、どうだろう?見えている。話も出来る・・・。
ミュールと親しいイルカが危機の時、ミュールが助けてくれなくて「神は居ない!」と叫ぶだろうか?
ミュールは見えているのに大事な友達を助けられなくて、心が痛むに違いないのに?
きっととても、悲しいに違いない。
僕は吐息を、吐いた。
神に近い能力は素晴らしい世界と同化する恩恵がある代わりに、ひどい悲しみをも内包している。
普通の人では耐え難い悲しみも、常に存在しているんだろう・・・。
もしそうだとしたら・・・誰も、そんな悲しみを背負うのに背を向けて神になんか、成りたいと思わない。
普通の血肉の通った、まっとうな感情の、ある者ならば。
だがラスティは笑った。
「神に近い能力は、悲劇だと思ってるようだね」
僕は頷いた。
「だってそれは・・・そう思うよ。
見知る事が出来るなら、救う能力も無いと」
でもラスティは微笑んだ。
「見知る能力が勝れているから、彼は常に真理から目を反らさない。
大抵が自分の都合優先で真理から目を背けるのが、人間だ。
僕は神とは、「真理を常に示し続ける存在」だと思ってる。だって真理は人を救う。
それこそが神の技で、真理から目を反らしたりしないミュールはだから僕に取って・・・『神に近い者』なんだ」
僕は狼狽えた。
「それ、実際崖から落ちそうな時救うって意味じゃなくてつまり・・・魂を救うって事かい?」
ラスティは微笑んだ。
「だって例え崖から落ちてひどく痛めて死を迎えたとしても・・・それを受け容れる魂があれば、悲劇じゃない。人生の週末に必ず訪れる事柄に過ぎないじゃないか」
僕は呆けた。
「神はもっと、大きい。大きいから人は理解出来ずにその救済方法が、納得出来ない。
未熟なのは常に人の魂で、完成されて大きいのは神の方だ。救われているのに救済を理解出来ず、神を罵るのは、馬鹿げてる。
救済されても気づかぬ者に、その救済を解るように伝え、教えるのが、予言者で、聖人と呼ばれる人達だ」
僕が目をまん丸にしたので、ラスティは笑った。
「途方もなく、大きい。だから神の目からしたら・・・人の犯した罪なんて、小石程も、無い。君だって小石くらいの罪は、簡単に許せないか?
神の怒りを買う大罪を犯そうとしたら、もっと凄い事で無いと。それこそ・・・地球を一つ、意思の力で破壊したら、それは・・・神からしたら、かなりの罪・・・くらいには、なるだろうね。
だってミュールは言っていた。神と呼ばれる存在を時々感じるけれど、自分より数百倍大きくて・・・。
それは途方もない巨人ででもとても・・・優しいと。
ミュールの世界観より数百倍だ。
通訳が居なくちゃ、神の言ってる言葉の一億分の一も、解りゃしない。
ミュールに言わせれば・・・神を自分の物差しで計るだなんて、とんでもなく馬鹿にした行為だと。
神が理解出来ないのは・・・当たり前ででも人は自分の頭の中で神を作り上げてるけどそんな小さな器に収まりきれない程神は大きいから・・・。
よく誤解が生じるって」
「救われない!と心の底から嘆く者に対して、『ただの誤解』だと言う気か?」
呆れる僕に、ラスティがつぶやいた。
「あまり神の大きさについて考えるな。
考えたりすると、気が狂うぞ。
どこにも足を付ける場所の無い空間でずっと漂い続けるには、余程バランス感覚が無いと。
それが当たり前で、あらゆる事柄を内包しても、真理からブレないでいられるだなんて、やっぱり神って、途方も無い、信じられない存在だと思う」
僕はそれこそ思いっきり呆れた。
「そんな訳の解らない者に今まで人類は「神」と名を付けてすがってたのか?」
でもラスティは空色の瞳を向けた。
「でもそれを人々が神と認識してるかどうかは、不明だ。
だって人はもっと身近で立派な・・・聖人のような者を神だと思っている。僕の言う存在が神だと言っても、「それは違う」と言う者も大勢、居るだろうね?」
ラスティが尋ねるように僕を見つめるので僕は、言った。
「でも君の言う、魂の救済。をしてるならそれはやっぱり・・・どういう形か解らないにしろ、僕に言わせれば確かに神の領域だとは、思う」
ラスティは思い切り、微笑んだ。