手を回す
このページを開いていただきありがとうございます。
「たまもや」と申します。
今回は三題噺企画、第六弾となります。
お題は、
「恋、特訓、車」です。
お楽しみいただけると幸いです。
「バックのときは、助手席に手を回せって言ったでしょ!」
そう言うと、妹の由美は、僕にビンタをかました。
「なにするんだよ!」
「紗枝さん乗せるんでしょ!特訓したいって頼んだのはあんたでしょ!」
「ごめんなさい」
僕は、彼女に言われたとおりに助手席に手を回して、駐車する。
「そう。これ本当に大事だから」
「気をつけます」
なぜこのようなことになっているのかというと、話は数日前、大学の食堂での出来事まで遡る。
「明後日なんだけど、一枚余ってて」
正面にいる近江紗枝はそういうと、テーブルの上にチケット出した。
「あ、ごめん、日曜はバイトだ」
その隣に座る山下春奈が残念そうに言う。
「オーケストラコンサートか、誠二、音楽好きだったよな?」
僕の隣に座る神野康太は僕に問いかけた。
「あ、うん、まぁ」
「それなら、誠二君、どうかな?」
紗枝さんが、首をかしげて尋ねる。
「ぼ、僕でよければ!」
「じゃあ決まりね、誠二、車持ってるから乗せていってもらうといいよ」
「え、でも悪いし」
「大丈夫だよ、なぁ誠二?」
「もちろん、安全運転を心がけるよ!」
「それじゃあお願いしようかな、ありがとう、誠二君」
「いえいえ、こちらこそ誘ってもらえてうれしい」
といったところで、講義5分前のチャイムが鳴った。
「じゃあおれと誠二は講義だから、またね」
そう言うと、康太は無理矢理肩を組んできた。
「あたしたちは次空きだからもう少しいるね、ばいばい」
手を振る二人に見送られ、講義室へと向かう。
「お膳立てしてやったんだから、がんばれよ」
こっそり耳打ちをする康太。
「お、おう」
「明日の昼飯おごりな」
「了解」
今のやり取りからもわかるように、僕は紗枝さんのことが気になっている。そして、康太と春奈の二人はそれを知っており、協力してくれている。
講義室に入る直前に携帯が鳴る。画面を見ると、【誠二応援隊(3)】という、その3人のグループトークの通知が来ており、差出人は春奈で、【明日のお昼、よろしくね!】という内容のものだった。
そういう経緯があり、紗枝さんを連れてコンサート会場まで車で行くことになった。しかし、車を運転するのは免許を取った去年の夏以来で、約1年間、運転をまったくしていない。いわゆるペーパードライバーなのだ。そこで、運転に慣れるために妹に協力してもらうことにした。日曜まで今日含め2日しかないので、妹にお願いすると、明日なら暇だから引き受けるといってくれた。一日5000円で。
お願いをした昨日の晩はとても嫌そうにしていたのに、いざ今日の特訓を始める前になると俄然やる気になっていた。その結果が先ほどのビンタである。
「駐車が下手な男は絶対嫌われるから」
そういう彼女の理論があるらしく、かれこれ30分くらいは家の駐車場で、駐車ばかりを繰り返している。
「駐車はいい感じになってきたから、次、会場まで行くよ」
「はい」
会場までは約15分。山の上に位置しているので、緩やかな山道を走ることになる。
最初の交差点を右折しようとしたとき、隣から罵声を浴びされた。
「曲がるときは一声かける!」
「はい!」
「戻ってやり直し!」
「えぇ」
この感じだと、僕がミスをするたびにやり直しが待っているみたいだ。再び最初の交差点に戻る。今度は先ほど言われたとおりに、
「右に曲がるね」
と、一声かけて曲がる。すると妹は、
「急に曲がるとびっくりするから、ちゃんとそうしてね」
と言った。
「信号機があるんだからわかるんじゃ」
小さくつぶやくと、
「つべこべ言うなら降りるよ」
と脅されたので、おとなしく謝罪をする。
ここからしばらくは道なりだ。僕は、
「なんで協力してくれたの?」
と、妹に尋ねてみる。すると、テンションが上がった様子で、
「だってさ、もしこのままうまくいって、結婚することにでもなったら、あの綺麗な紗枝さんがお姉さんになるわけでしょ?あんたみたいなやつにもったいないとは思うけど、超嬉しいじゃん!自慢できるし!」
「さようですか」
あとあんたからお金貰えるし、と妹は付け加えた。
紗枝さんとは高校からの付き合いで、妹も同じ高校なので面識はあったようだ。
「でもさ、なんであんたなんかを誘ってくれたわけ?」
「あ、いや、康太と春奈が気を利かせてくれて」
「あの二人ってさ、付き合ってるの?」
「いや、そういう関係ではないと思うけど」
康太、春奈は幼馴染なので、妹も昔から世話になっている。
「まあ鈍いあんたにはわかんないだろうけどさ」
「うるさいな」
たしかに気になることではあるが、一緒にいるときにそんなそぶりを見たことはないし、今は正直それどころではない。
この町にある数少ないコンビニを通過したところで、ふたたび罵声が飛んでくる。
「一つ目のコンビニ見えたんだから、とりあえず寄るか聞きなさいよ!バカ!」
ごめんなさい、と頭を下げ、ふたたびコンビニの前まで戻る。
「コンビニあるけど、寄っていく?」
「あ、うん、そうだね」
コンビニに駐車する、先ほど言われた助手席に手を回すはきちんとこなせたので一安心だ。
「なにか飲み物でも買ってくる?」
「んー、じゃあミルクティーで」
「あいよ」
「今のはいいよ。でもたぶん本番は彼女が買ってくれると思うから」
「どうして?」
「乗せていってくれたお礼」
「おお」
なんというシミュレーション能力の高さ。そんなところまで考えは及ばなかった。僕は言われた通り、自分のコーヒーとミルクティーを買い、車内に戻る。
「ありがと」
「おうよ」
再び車を走らせる。その後は山道を走る前に、一声かけるようにと怒られただけで、それ以外は特に問題もなく会場へと着いた。特に何もすることはないのでそのまま家に戻ることになる。
「大切なのは帰りだから」
「と言うと?」
「コンサート終わりが20時でしょ?そしたらご飯とかちょうどいい時間じゃん?」
「まぁ、たしかに」
「紗枝さんは、ああいうおとなしめの感じだから、あんたから誘わないと、直帰になるわけ」
「つまり?」
「あんたがぐいぐいいかないとだめってことよ!」
「おお」
「ただ帰りはポイントが多いの。それを一つ一つ実践すると時間がないでしょ、だから家にポイントをまとめた資料作っといたから、それを熟読するように」
「そんなことまで。ありがとうございます、由美様」
「お礼はいいから。ちゃんといい感じになってくれればそれでいいから」
今回の出来事に関して一番本気なのは、妹かもしれない。
そのあとは他愛もない会話をして、家に着いた。
「付き合ってくれてありがとな」
「うん。まあ頑張りなよ」
「おう、がんばる」
そう言って、駐車をする。すると再びビンタが飛んできた。
「手を回せって言ったでしょこのバカ!」
いろいろ考えてしまい、すっかり忘れていた。
「ご、ごめんなさい」
「こりゃ無理かもなぁ」
そういうとバックアップライトのつく車を、怒って降りて行った。
僕は、明日のこと余計になりつつも、助手席に手を回し、再び駐車に戻った。
今回は登場する人物が少し増えてしまい、説明的な文章が多くなった感じがしています。いかがでしょうか。
こういう厳しくも優しい妹っていいなぁと思って書きあげた次第です。
ここまで読んでいただいてありがとうございました。
どんな些細なことでも構いません。
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これまでの作品もよろしくお願いします。
三題噺のお題に関しましては、以下のホームページを参考にさせていただきました。
http://youbuntan.net/3dai/