表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

鉄の門の下に咲く花

作者: 風連

戸惑いは、記憶の底に埋まっていた。

微かに香った、3通の手紙。

長い髪とワンピースの、手足も長く背の高い同級生。

振り返って、過去の不思議を思い出す。

真壁香菜子まかべかなこの小学校は、住宅街の埋まった様な場所に、建っていた。

そのくせ、直ぐそばの山の影が濃い。

その山の裾野が伸びたような、山でも丘でも無い中途半端な稜線の向こうが、自分の家だった。

その道が好きな香菜子は、友達と登校せずに、山道を歩いて登校していたのだった。

みんなが歩いている麓の道を通らず、丘の樹々の間を越えると、かなりの近道になるが、山の道を使う者はいない。

雨でぬかるんだ時は諦めたが、晴れた気持ちの良い朝は、この山道を楽しんだ。

丘を越えた中腹に二股があり、片方は誰かの裏庭の湧き水の側に出て、もう片方は小さなコブの様な出っ張った部分に出る。

どちらもはたから見ていては、どこから人が出てきたかは判らない様な場所だった。

夏草が生い茂り、蔦がその触手を道の上にプラプラと伸ばし揺れていても、道は何となく通れた。

カタカタいうランドセルと、折々の草木に触れながら、もう直ぐ夏休み。

香菜子はその日、1度も話した事のないクラスの女の子に、手紙を渡された。

1学期最後の日で、お道具箱やら絵の具入れやらをも持ち帰る日で、渡された封筒は実際、迷惑な感じがした。

クラスでも背の高い、綺麗な子だったが、声を聞いたことも話した事も無かった。

第一、誰からも手紙なんて貰った事がない。

雑に手提げにねじ込んで、家に向かった。

山の中に入ると、涼しい。

陽の当たってる場所は、緑が萌えて、草の匂いが立ち昇っていたが、日陰は嘘の様に爽やかなのだ。

登りきると、降りるのは直ぐだ。

林の中を抜け、駆けおりるのが楽しい。

毎日が自由に過ぎて行った。

いつの間にか、夏休みが終わり、香菜子の自由は消えた。

新学期からは、突然、集団登校が始まったのだった。

香菜子達のグループは、6年生を中心に、橋の側を集合場所にして、14人が登校しなければならなかった。

帰りこそバラバラだったが、香菜子は3日で嫌になった。

ゾロゾロ歩く事が、かっこ悪くも感じていた。

ワザと遅刻して、山道を駆け上がった時も、あったが、3度目が効かない。

迎えに来られてしまったのだ。

6年生の班長の田中里絵たなかさとえは、真面目だったからだ。

香菜子にはわからなかったが、責任感の強い子だったのだ。

首根っこを掴まれて、手も足も出ない野良猫の気分で、毎朝学校に向かった。

ある日、里絵の姿が無く、5年生の佐川晴夫さがわはるおが先頭にいた。

一緒に歩く2年生の本田和子ほんだかずこちゃんに聞くと、日直で早く学校に行かなければならなくて、集団登校にいないと言うのだ。

香菜子は、嬉しくなった。

何かをすれば、こんなつまんない列から抜け出せるかもしれない。

ここから抜け出る方法を考えることにした。

山道を歩きたい一心で、香菜子は頑張った。

日直ですと、前の日伝えていたので、今朝は本当に久々の山道登校だった。

帰りこそ、好き勝手に帰れるかと思っていたが、通学路を通りましょう、と、決められ身動きが取れなかったのだ。

同じクラスの何人かと、それぞれの家への分岐点まで歩いていると、山道に向かうのが難しかったのだ。

日直が待ちどおしかった。

木の枝も伸び、蔦も色を濃くして、青紫の実をつけている。

夏の終わりの白い花があちこちに顔を出していた。

今年最初の揚羽あげはが、フワリと前を飛んだ。

黒揚羽が飛べば、直ぐに秋だ。

揚羽蝶あげはちょうは、真夏の盛りは、山の上にいて、今頃から下に降りてくるからだ。

どこに行くのか、あんなに捕まえたオンブバッタやうるさいアブを見なくなった。

縞蚊の姿も竹藪たけやぶの奥に消えていた。

道を横断する青大将もいない。

あちこち見ながらだったが、アッと言う間に学校に着いてしまった。

黒板を拭いて、今日の日付と日直当番の名前を書いた。

机の曲がってるのを直し、バケツを持って水汲みに行った。

臭い雑巾を絞って、教壇の上やみんなの机の上を拭く。

大きなゴミを見つけたら、ゴミ箱に。

遅れて、もう1人の日直の渡辺明わたなべあきらが、やって来た。

香菜子は、職員室に行ってと、明に行った。

男子は机なんか拭くより、先生のトコに行く方が仕事らしくて好きだったから、うんと、返事して、明は廊下を歩いて行った。

香菜子はバケツの水を捨て、臭い雑巾を洗った。

雑巾をバケツの横にかけ、自分の手を石鹸でゴシゴシと洗った。

そのうち、登校してくるみんなの声が聞こえ出した。

香菜子が黒板の前でチョークや黒板拭きを並べていると、あの背の高いクラスメートが、立っていた。

何も喋らない彼女は、又手紙を香菜子に渡して来たのだった。

岸本菜摘きしもとなつみは、1学期にして、先生からしゃじを投げられていた。

朝、名簿を読み上げると、みんな返答するのだが、菜摘は頷くのだ。

授業中、決して手を上げない。

日直の仕事はするが、それだけ。

休むこともなく、ひっそりと来て帰るのだ。

国語の教科書の音読もしない。

顔色も変えずに、下を向いている。

耳が遠いわけでもないのは、誰かがバケツを蹴飛ばした時、そっちを見ていたから、音は聴こえているらしい。

給食は、食べているので、口も開かない訳でもない。

クラスで1番背が高く、手足が長い。

素敵なワンピースを着て来るから、お金持ちらしいが、誰もうらやましがらなかった。

そんな菜摘からの手紙で、香菜子はアッと気が付いた。

その日、机の脇に掛けっぱなしの手提げを探すと、手紙が出てきた。

夏休みに遊びましょうと、書いてある。

丁寧な字だった。

菜摘の、家への地図と電話番号だ。

その頃、電話の、あるうちは少なかった。

電話のある家からの呼び出し、なんてのがあったくらいだ。

その頃の電話が、たいてい廊下か玄関近くに置かれていたのは、そんな訳もあったのだろう。

香菜子は菜摘の家が本当にお金持ちなんだな、と、思った。

今日の手紙は、やっぱり家に遊びに来てとの、誘いが書いてあった。

学校で一言も口を開けない、菜摘からの手紙は、不思議な魅力に溢れていた。

良く見ると、手紙には透かしが入っていて、唐草模様がクルクルと一周して、所々に蝶々が飛んでいる。

薄っすらとピンク色の羽の蝶々が舞う、こんなレターセットを香菜子は見たことがなかった。

俗に言う漫画などの『キャラクター物』は、出てきた時代だったが、こんな大人っぽい便箋は、見た事がなかった。

香菜子の手提げも、余り布で作られていて、茶色に黒の格子柄という、その時代ならではの地味さだった。

たまに、クマのアップリケ付きの子もいたが、無地の子も多かった。

そこに長四角の白い布が縫い付けられていて、名前が書かれているのが、普通だったが手提げ袋さえ、持っていない子もいたぐらいだから、香菜子は黒い格子の手提げを大事にしていた。

そう言えば。

菜摘の手提げは、ピンクの地色に小花が咲いて、青い鳥が何羽かさえずっている様な、素敵なのだった。

どんな家に住んでいるのだろう。

香菜子は、ふと、そう思った。

一言も話さないクラスメート。

あの手紙だって、貰ったのは、香奈子だけかもしれない。

どうしょうか。

香奈子はノートの頁を破いて、返事を書く事にした。

《今日、遊べる。

香奈子。》

それを4つに折って、休み時間に、菜摘に渡した。

菜摘は、こくんと、頷いた。

それだけ。

お喋りをしない菜摘の周りには、誰も寄り付かない。

側にいても、2人とも話さないので、誰にも気づかれなかった。

放課後、正門の横に、菜摘が居た。

香奈子を見ると、サッと左を指さす。

そして、ユックリと歩き出すのだ。

2、3歩後ろを、香奈子は菜摘の後に着いて、歩き出した。

小さな川を越え、真新しい家々が並ぶ場所に出た。

その頃は、生垣が多かったが、板塀もズラズラと並んでいるところもある。

やがて、竹の格子や古くからの石積みの塀が出て来た。

そして、ひときわ白く輝く、モルタル造りの塀が現れたのだった。

その塀に沿って歩いて行くと、白い門柱と唐草模様の鉄の門が現れた。

ビックリしたまま、見上げていると、菜摘が呼び鈴を鳴らした。

訳が分からず、香奈子が眼をまん丸にしていると、エプロンをした若い女の人が、門の前に走って来た。

「お帰りなさいませ。

お嬢様。」

丁寧にお辞儀してから、門のカギを開けて、2人を中に通してくれた。

菜摘は、この女の人に返答もしない。

それに、いつもうつむいている学校の教室の中ともちがうのだ。

なんだか、ツンとしている。

香奈子は、一応、お辞儀をした。

その女の人は、2人が入ると門を閉め、今度は玄関を開けてくれた。

玄関の中に入ると、突然菜摘が口を開いた。

「靴を脱いでね。」

「、、はい。」

そうだ。

靴は脱がなくちゃ。

もたつきながら、靴を脱いで、ヒンヤリした石の上に、足を乗せた。

「スリッパ、履いてね。」

いつの間にか、ピンクのスリッパが足元にある。

菜摘とお揃いだ。

スリッパを履くのにも、なんだかもたつく。

目の前に大きく曲がった階段がある。

そこに、菜摘がサッサと上がって行ってしまっていた。

香奈子は慣れないスリッパに悪戦苦闘しながら、後を追った。

階段には踊り場があり、大きな絵がかけられている。

こんな物見たことがない。

上りきると、素敵な扉を開けて、菜摘が待っていた。

「私の部屋よ。

どうぞ、入って。

後でおやつを食べましょうね。」

コレが、菜摘。

本当の菜摘なのだろうか。

学校では、長い髪の下に隠れていた、伏し目がちな暗い顔が、眼をキラキラさせてる。

素敵なベットと立派な学習机。

床には絨毯が敷き詰められていた。

大きな窓、レースのカーテン。

小さな白いテーブルと小ぶりの2人掛けのソファまである。

ポカーンと、見惚れていた。

香奈子の家は、台所と四畳半と六畳の2間。

一部屋には、タンスやら鏡台やら生活用品が並んでいる。

机も父と共同で使うので、散らかすと怒られる。

朝晩はここでちゃぶ台を広げ、夜は布団で寝るのだから、子供部屋なんて、無い子の方が多い時代だ。

この辺りに、団地が立ち始めるは、まだ何年か先で、ここらではこんな洋風のお屋敷は少なかったのだ。

大きな家といえば、農家の本家ぐらいで、トタン張りの家さえ、あちこちにある時代だったのだ。

まるで、お姫様のお城のようだった。

香奈子の家にはテレビがあったので、その頃の海外のドラマを観ていたが、本当に目の当たりにする事はない。

そのテレビでさえ、白黒だった。

天然色の放送も始まっていたが、カラーテレビなんてのは、まだ買えるような時代でもないし、そもそもカラー放送が少なかったのだった。

全部がカラー放送になるのを、香奈子はまだ知らない。

「ランドセル降ろしてね。

ここに乗せていいわよ。」

そう言われて、我に返った。

言われるまま、ランドセルを低い棚のうえに置いた。

菜摘は、机の横に掛けている。

子供部屋の扉が勢い良く開いた。

「お姉ちゃん、おかえりさい。」

飛び込んできたのは、幼稚園児ぐらいの男の子だった。

「コウちゃん、ご挨拶して。

お姉ちゃんのお友達の香奈子ちゃんよ。」

「こんにちは。」

幸太郎こうたろうが、ペコリとお辞儀する。

香奈子も慌てて、お辞儀した。

「いま、お母さんが、おやつを持ってきてくれるよ。

手を洗いなさいって。」

「そうね。

香奈子ちゃん、行こう。」

言われるまま着いて行くと、二階なのに、洗面台がある。

呆気にとられたが、黙って手を洗った。

白い刺繍のフワフワのタオルが、優しい。

石鹸も良い匂いがする。

ボーッと、菜摘の後をついて歩く。

言われるまま、ソファに腰を降ろした。

幸太郎と菜摘は、小鳥がさえずるよりも、賑やかに喋る。

香奈子は、時々ウンとかハイとか、頷くだけだった。

扉がノックされ、菜摘のお母さんが入って来た。

菜摘と同じ、手足の長い、スラッとしたお母さんだった。

「ユックリしてらしてね。」

と、言うと、おやつとオレンジジュースを置いて出て行ってしまった。

素敵な器に、クッキーとキラキラの紙で巻かれたチョコ。

ビックリしたのは、オレンジジュースだ。

ガラスの大きな入れ物に、おかわりが入っていたのだ。

菜摘と幸太郎に釣られて、香奈子はジュースを飲み、チョコとクッキーを食べた。

チョコだって、クッキーだって、食べた事はある。

オレンジジュースだって。

それなのに、何故か味がしない。

菜摘と幸太郎は、キヤッキャッと騒ぐ。

うちでこんな風に騒いだら、直ぐに怒られるだろう。

そのうち2人は、ベットの上で飛び跳ね始めた。

「香奈子ちゃんもやろうよ。」

「えー、でも。

お布団、破けちゃわない。」

コウちゃんが馬鹿笑いをする。

「破けたら、捨てちゃえば良いんだよね、お姉ちゃん。」

「そうよ。ベットだって、壊れたら、買えば良いしね〜。」

ビョンビョン跳ねる2人の勢いに、呆気に取られた香奈子は、首を振った。

「そのベット、菜摘ちゃんちのだもん。

カナは、無理だよ。

アッ、アッ。

ギシギシいってるよ。」

サッと菜摘の顔が曇った。

キッと睨んできた。

何故。

どう見ても、掛け布団は垂れ下がり、枕は飛び跳ねた時に、何処かに落ちたようだし、ベットは軋んで、今にも真ん中から折れてしまいそうな気がした。

「つまんないから、別の遊びしよう、コウちゃん。

何かある。」

「ウーン。」

ベットに腰掛けた2人は、何やら相談を始めた。

飛び跳ねるのを止めたので、香奈子はホッとしていた。

「鉛筆削り〜〜。」

幸太郎が叫んだ。

「鉛筆削り〜。」

菜摘が、笑う。

「来て来て、面白いんだから。」

机の上にあったのは、電動鉛筆削りだった。

香奈子は手回しの鉛筆削りと筆箱の中に、小型の鉛筆削りを持っていたが、電動鉛筆削りは初めて見た。

「見ててね。」

引き出しから、真新しい鉛筆を取り出すと、鉛筆削りにセットして、ウィーンと削り始めた。

みるみる削れて行く。

その頃の電動鉛筆削りにストッパーはない。

チビた鉛筆になるまで、ずーっと削り続けるのだ。

1本2本3本と、鉛筆は削られて、削りカスを貯める部分が、いっぱいになっていく。

「香奈子ちゃんもやる。」

香奈子は、後ずさった。

この頃の鉛筆は、何せ高かったのだ。

その高い鉛筆が、次々、削られて行く。

チビた鉛筆を並べていた幸太郎が、突然、削りカスいっぱいの引き出しを引っ張った。

溜まりにたまった削りカスが、ブワッと一斉に飛びしてきた。

「きゃー、コウちゃん、駄目よ。」と、言いながら、削りカスを撒いているのは、菜摘だ。

幸太郎が壁のブザーを押した。

扉がノックされ、あの女の人が現れた。

チョッと眉をひそめたが、サッとその顔はなんでもないかのように、ニッコリと笑った。

「お嬢様、お坊ちゃま、そしてもう1人のお嬢様も、手を洗って来て頂けますか。

鉛筆の芯で、汚れていますから。」

香奈子の手は綺麗だ。

それでも、頷いて、3人で洗面台に行った。

手を洗っていると、菜摘が言った。

「あれね、気をつけないと、指も削り取っちゃうんですって。

骨まで、こう、ガリガリって。」

「血が出ちゃうから、指は削っちゃ駄目ですよって、お母さんに言われたー。」

キャーキャーと騒ぐので、遠くの掃除の音が、掻き消えていた。

部屋に戻ると、絨毯も机の上も綺麗になっていた。

幾つもの削られた鉛筆が、並んでいる。

「私、帰るね。

もう、ご飯の時間だから。」

「えーッ。

家の人に電話して、晩御飯も食べていかない。

ウィンナー焼いてもらうから。」

ウィンナー。

幼稚園の頃、遠足のお弁当に入っていたっけ。

香奈子はクビを振る。

「うち、電話無いの。

呼び出し電話も遠くて。

今日は帰るね。」

幸太郎も膨れている。

ランドセルを背負うと、階段を降りた。

いつの間にか、あの女の人とお母さんが玄関に来ている。

菜摘が、階段の手すりに足を掛け、ブラブラさせながら、見送っている。幸太郎は途中の踊り場に寝そべっていた。

「お邪魔しました。」

ペコリと頭を下げた。

「また、おいでね〜。」と、菜摘と幸太郎。

「また、いらしてね。」と、菜摘のお母さん。

玄関を出ると、門の鍵を開けてもらった。

ペコリと頭を下げたが、エプロンをした女の人は、サッサと後ろを向いて、行ってしまっていた。

鉄の門の前にたたずむ香奈子は、涙が出てくるのを止められなかった。

涙を拭うと、足元に小さな花がさいてるに気がついた。

鉄の塊の下の小さな花。

走って、家に帰った香奈子は、その晩、熱を出した。

秋雨がシトシトと続き、熱は中々下がらない。

香奈子は盲腸になったのだった。

その頃の盲腸は、とにかく切る。

手術を、受けた香奈子が学校に行けたのは、月を跨いだ頃だった。

そして、菜摘の姿は、クラスには無かった。

転校してしまったと言う。

香奈子の机の中には、良い香りのする、菜摘からの手紙が、入っていたが、香奈子は読まなかった。

怖かったのだ。

菜摘からの3通の手紙は、石を入れた紙袋ごと、川に捨てた。

なんであんな事をしたのか、香奈子もわからなかったが、それで、ホッとしたのを覚えている。

入院している間に、父親が味気ない机の上に、漫画のキャラクターのデスクマットを、買ってくれた。

香奈子の中の菜摘の思い出は薄れていき、あの子が本当に学校に居たのかも、わからなくなって、ある日、隣の席の子に、聞いてみた。

その子も後ろの子も、前の子も、菜摘を覚えていなかった。

学校で一言も話さなかった子だ。

誰も覚えていなかった。

やがて、机の中の菜摘の手紙が残した移香も、消えてしまったのだった。



今は、ここまで。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ