思考回路オーバーヒート 第一章
『生きる』とは果たして何か。
夢を叶える為。
真実の愛を見つける為。
復讐を果たす為。
世界に平和をもたらす為。
偉大なことを成し遂げる為。
命在る者は『生きる』理を探しておる。
故に、探す中で一つの感情が生まれる。
『望み』
命在る者は何かを望んでおる。
力。
愛。
金。
権力。
平和。
この世は『望み』で満ち溢れておる。
では、我が汝に『生きる』理へと導いてやろう。
問おう。
そして聴こう。
「ナンジハ…ナニヲ…ノゾム」
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「…」
最近はいつもこうだ。
熱く焼けきった喉の渇きと、脳を突き刺す様な鋭い声で目が覚める。
この症状が出始めたのは約一年前からであり、ここ最近では三日に一回は発症する。
そして、発症時にはいつも同じ夢を見る。
黄金色に染まる空。
黒ずんだ湖。
辺り一面には激しい炎が燃え広がっている。
極めつけは、遠くの方から聞き覚えのない声が俺へと問い掛けて来るのだ。
問い掛けて来る言葉は大半忘れている。
だが、最後の言葉だけは毎回はっきりと覚えている。
『汝は何を望む。』
意味は全く解らない。
一応考えたりもするのだが、いつも腑に落ちないので考えないよう自分に言い聞かせている。
しかし、考えるなと言われると余計考えてしまうのが人間の性というものだ。
俺が望むもの…。
「朝から何険しい顔してるのよ。」
凛とした声が耳に入り、俺は少し安堵した。
「あれでいい?」
「ん」
「じゃあ、準備できたら下に来て。」
「ん」
もう歌い飽きたであろう鼻歌を口ずさみながら、彼女は軽快に俺の部屋から出て行った。
それにしても、今日の症状は一味違かった気がする。
所々に別の声が聞こえ、何故か「お兄ちゃん」という言葉が過ったりした。
確かに妹っていうのには憧れている。
決まった時間に「朝だよ、お兄ちゃん♪」とか「起きて、お兄ぃ♪」とか言われたい。
どっかに落ちてないかなー…マイ妹。
そんな事を考えながら俺は学校への支度を済ませ、彼女がいるリビングへと向かった。
下へ降りるとそこには、嗅ぎ慣れた珈琲の匂い。
見慣れた朝のニュースキャスター。
そして、毎朝台所に立つ彼女がいた。
うん。
俺が望むのは、この変わることのない光景だな。
「頷いてないでほら、早く一緒に食べるわよ。」
彼女は白く透き通った髪を揺らしながら、俺の対面へと腰掛ける。
「では、いただきます。」
「ん」
むっとした顔がこちらを向いていたが、触れずに俺は暖かい味噌汁をすする。
いやー、このいつもと変わらない味が…ってあれ。
違和感を覚えた俺は、そっと箸を置く。
「ユキ。この味噌汁、何か味付け変えたか?」
「開口一番のセリフがそれなのね。うん、昨日スーパーで白味噌がタイムセールしてたのよ。ちょうど切らしてたし、たまにはいいかなーって。」
「ふーん」
「ふーんって…。味の感想とか言ってくれてもいいのよ。」
「…」
確かに安さは大事だ。
ユキの実家は神社を営んでおり、月によっては生活費が危うくなる時がある。
先月は何事も無かったが、その前の月では電気が止まった。
食費などもギリギリで、ユキが持つ自慢の料理スキルで何とか首の皮一枚繋がっている状態だ。
何故こんな事を知っているかというと、ユキとは幼い頃から一緒であり一つ屋根の下で共に生活している…らしい。
『らしい』というのにも、ちゃんと理由がある。
俺には昔の記憶が残っていないのだ。
ユキの話によると、三年ぐらい前に俺は交通事故にあったらしい。
かなり危険な状態までなったらしく、その時に受けた脳へのダメージが原因で記憶が吹っ飛んだとの事。
思い出そうと努力はするのだが、何一つ出てきやしない。
そんな自分に最近は、憤りすら感じていたりもする。
そして一度、自分について深く考え込んだ夜があった。
何故、俺はここにいるのか。
何の意味があって、俺は生かされたのかと。
そんな時、ユキは言ってくれた。
「解らないからこそ人は悩んで、泣いて、足掻いてこの先にある自分だけの答えを見つけるんだと思う。それが人として生きる『人生』だと私は思うわ。」
耳にした瞬間、涙が止まらなかった。
同時に俺は、人でありたいと何故か願った。
ユキには本当に、心の底から感謝している。
「…いつもありがとな。」
「⁉」
急な出来事にユキは動揺し、頬を赤らめた。
そして、少し言葉に詰まりながらもキトへ話し掛ける。
「しょ、しょんなことよりもキ、キト。今日も例の見回りやるわよ。」
「懲りないな。今のところ被害者はどのぐらいだっけ?」
「確か五、六人ぐらいよ。不思議な事に、狙われた人全員が金髪女性なのよねー。」
「へー。もしかしたら、懸賞金のかかった金髪お姉さんが日本にいるのかもしれないな。」
「懸賞金⁉ キト、その金髪女性を絶対に見つけるわよ! そうすれば今月の生活費が…。」
「やっぱりそこかよ。あんまし無茶するなよ。怪我でもされたら、俺のご飯を作ってくれる人がいなくなっちゃうだろ。」
ユキはまたむっとしてこちらを向いたが、俺は気にせず少し冷めたご飯を貪る。
最近この町では傷害事件が起きており、ここ数日では五件以上発生している。
連日ニュースでも取り上げており、町ではいつもの倍以上の警官が見回りをしている。
住民には情報提供を呼び掛けており、有益な情報を教えた場合には多少の謝礼が発生する。
この話を学校で聞いた時、俺は嫌な予感しかしなかった。
しかし、隣で聞いていたユキの目には「お金」という二文字が既に浮かび上がっていた。
斯くして俺達は、生活費を獲得する為に時間を見つけては見回りをし、情報を探る日々を送っている。
後、この事件には妙な噂が一つある。
被害者が発見された時、周りには季節外れの雪が積もっているらしい。
日本は現在、夏。
ここ二週間は晴天が続いており、雪など以ての外なのだ。
この噂はネットでも話題になっており、一部では雪女が現れたのではと馬鹿げた話もされている。
まあ、実在するなら是非とも紹介して頂きたいですな。
彼女いない歴十七年のこの俺に!
今年のクリスマスをどう過ごすか真剣に考えている中、ユキが唐突に話し始めた。
「そうそう、先月オープンした隣街にあるショッピングモールあるじゃない?今日いろんなお店で特売をするらしいのよ。だから一緒に行くわよ!どうせ今日も暇でしょ?」
「失礼な。こう見えても俺には、やることいっぱいだぞ。」
「例えば?」
「まず家に帰り着いたら手を洗い、ユキが作る夕飯を静かに待つ。」
「うん。」
「次に、ユキが丹精込めて作ってくれた夕飯をたいらげる。」
「ん?」
「そして最後は、ユキが沸かしてくれた風呂に入り、明日に備えて十分な睡眠をとる。うん、我ながら忙しい一日だ。」
「いや!それ、忙しいの私なんですけど!」
ユキは声高らかにツッコミを入れた。
だが、数秒後には何故か黙りが始まった。
「(ん?けどそれって私がいないとダメって事にもなるわよね…ってことはキトの中で私は必要な存在って事じゃない⁉)」
目の前には嬉しそうにしているユキがいたが、俺は気にも留めず話しを再開した。
「まあ人間、息抜きも大事だからな。今回は一緒に行ったる。」
「本当⁉今日は確か早く学校が終わるからー…ってヤバッ!もう出ないと間に合わないじゃん!キト早く!」
ユキは手に持っている珈琲を一気に飲み干し、駆け足で玄関へと向かった。
俺も残り半分のご飯を掻き込み、いつもの日常へと急いだ。
こんな朝が俺にとっては幸せであり、望みでもあったりする。
変わらない光景。
くだらない会話。
見慣れた笑顔。
一つ一つが、あの言葉の答えを指しているような気がする。
『生きる』理とは、案外すぐに見つかりそうだ。
思考回路オーバーヒート 第一章 終