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表舞台の少年と舞台裏の少女

作者: 美雨


 夏休みを数日後に控え、期末テストを終えた生徒達が慌ただしく帰省準備を始めている果実学園高等部では生徒会役員の一部が密かにストライキを起こしていた。放課後の生徒会室に栗之宮ルナが押し掛け、女子生徒の男子寮への立ち入り許可を求めてきたのが原因だ。会長、桃園光輝は許可出来ないと即答したが、諦めの悪いルナはその場にいた自分の信者である副会長、書記長、会計長、庶務長の四人を巻き込み、職務放棄をさせてしまった。


「許可するまで絶対この子達は返してあげないんだからね!!」


 勢い良く去っていくルナ達を見送った光輝はこの行動力を勉学の方に使えば良いのに、とぼんやり思っていた。残ったそれぞれの補佐の六人は顔を青ざめ、呆然としている。やがて、そのうちの一人が慌てて光輝にどうすればいいのか問い掛けた。


「気にするな。指示は全て俺が出すから問題ない。それより必要な書類をまとめろ。移動するぞ」


 こうなることを予測していた光輝はまるで何事もなかったように淡々と答えた。あまりの落ち着き振りに拍子抜けした六人は訳の分からないまま言われた通りに動き、向かった先は第一校舎にある生徒会室から離れた第三校舎。普段、風紀委員が使用している空き教室だった。


「お待ちしておりました。微力ながらわたくし達もお手伝い致しますわ」


「悪いな。しばらく世話になる」


 そこで優雅に待ち構えていたのは風紀委員長、花宮白百合(はなみやしらゆり)と副委員長、柿本純也(かきもとじゅんや)である。

光輝はここでこの二人と協力し、夏休み前に仕事を片付けるよう言い残すと去ってしまった。

 予測していた事態とは言え、優秀な人材を失ったのは大きい。早々に解決せねばと考えていた。現時点でルナに付き従っている者は少ないが、突拍子もない発言を実現させるだけの力を持っている。どうやらルナは手に入れた山梨隼人(やまなしはやと)との平凡な学園生活だけでは満足せず、気軽にデートに行ける巨大ショッピングモール建設計画や花火大会等の新たな行事企画を密かに立てているらしい。何としてでも阻止するつもりだが、光輝の父である学園長は利益を一番としているため、知名度が上がり、生徒が増えると囁かれれば喜んで許可するだろう。


「遅いですよ。会長。今日は何か進展ありました?」


 夕日に照らされて赤く染まりつつある第三音楽室には梨子の双子の弟、白原梨央(しらはらりお)が待機していた。ルナから姉を守れるならと少し前から情報交換などをしており、親交を深めている。


「そう怒るな。動きはあった。白原はどうしている?」


「姉さんですか? 相変わらずですよー。山梨に話し掛けようとして暴言吐かれてました。記憶喪失をいいことに姉さんを悪だと植え付けられてますね。多分。それにあの女、毎日飽きもせずに姉さんの前に現れてわざとらしく奴とイチャイチャしてまーす」


「そうか。例の話、明日にでも発表していいか?」


「白原家では願ってもない話だと大喜びですが……姉さんは何も知りません。せめて直接話してからにしてください」


 真剣な表情の梨央の視線の先には資料室に続く扉。その扉がゆっくりと開き、遠慮がちに入ってきたのは梨子だ。


「さすがに事態が解決するまで一度も会わないのはどうかと思うので、呼んじゃいました。僕は失礼するので、後はお願いしますね。光輝兄さん」


 意味深な言葉を残して梨央は退室してしまった。二人の間に沈黙が流れる。光輝はルナを追い出すためなら、梨子を守るためなら、手段は選ばないと決めていた。それが例え二人の将来に関わることであっても。


「桃園会長。例の話、とは? 私に関係のあることですか?」


「俺と白原の婚約発表だ。今夜正式に桃園家から申し込みがある」


「何故、私なのです? 私は」


「まだ山梨隼人を慕っているのか? 栗之宮ルナに操られた情けない男のせいで白原は大切な手を怪我した!」


「誤解です! 確かに怪我をしましたが、ピアノは弾けます! 梨央が大袈裟に騒いだから変な噂が広まってしまいました。隼人さんは真っ直ぐで、人を信じて疑わない、優しい人なのです。私はそんな彼に憧れていました」


 梨子の瞳から涙が溢れた。人を疑うことを知らない純粋な心を持った山梨隼人に憧れていた。最初から慕ってなどいない。ただの、憧れだったのだ。友人としてずっと側にいたかった。この思いをどう伝えたらいいのか悩んでいた矢指、事件は起きた。彼が階段で何者かに突き落とされた時、咄嗟に手を伸ばしたが掴みかけたその手を思いっきり払われた。それは、梨子を巻き込まないためだった。ショックで動きを止めた梨子の横をすり抜けて彼に駆け寄ったのは栗之宮ルナだ。気を失った彼の頭を嬉しそうに撫でる姿を見て、突き落としたのはルナだと確信する。だが、証拠はない。大人しく彼が運ばれているのを見送るしかなかった。


「真実は誰も知らない。悔しいです。桃園会長。助けてください」


 全てを話し、泣きじゃくる梨子を光輝は静かに抱き寄せた。大切な人を奪われ、嫌われる辛さを一人で背負い、立ち向かおうとしていたのだ。


「真実は俺が知っている。安心しろ。必ず山梨を取り戻す。それまで婚約者を演じてくれるか? もう一人で辛い思いをさせたくないんだ」


 桃園家の婚約者となれば、簡単には手を出せない。表立って危害を加えられることはないだろう。


 光輝の梨子への思いが気になる存在から守りたい人へと変化していた。これが恋なのか、まだ光輝には分からない。


「光輝会長ったらどこに行っちゃったの? せっかく迎えに来てあげたのに。そろそろ私の味方になってくれてもいい頃でしょー」


 生徒会室にはルナの姿があった。一人で来たのか、周りには隼人も取り巻きもいない。右手にはゴテゴテに装飾されたスマートフォンを持っている。


「好感度が足りないのかー。アイテム使うのやだなー。どぉしよっかな! まぁ、何とかしてくれるでしょ!」


すでに足掻いても無駄なところまで来ていることを知らず、ルナは上機嫌で生徒会室を後にした。

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