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石田三成と猫  作者: 琵琶子
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第六話『重家』

『重家』

「源吾よ!島左近が俺のもとに来てくれることになったぞ!」

 三成は自室で猫の目の高さに寝っ転がると源吾に報告した。喜色満面である。

「ニャーオ。」

「お前も左近が来てうれしいのか?」

 三成は誰彼構わず、期限付きとはいえ島左近が自分の部下になったことを自慢してまわりたい衝動にかられたが、そういうのは彼のスタイルではないので、あくまで冷静を装った。

喜ぶ勘兵衛にも、「いった通りだろう」とだけクールに告げた。ついつい鼻の穴は膨らませてしまったが。

(左近がぜひ俺のもとで働きたいと思うようにさせなければ。)

三成は、左近にいいところを見せるべく、仕事に精力的に取り組んだ。

 そうこうしているうちに、またうたから文が届いた。腹が膨らんできたという知らせだった。しかし三成には実感が沸かなかった。そもそも前の二人の時も、常に各地を飛び回り活躍する秀吉に随行していたため、子育てはうたに任せきりだった。たまに家に帰った時にも、ふじはうたの前掛けの後ろに隠れてしまうし、珠など三成が抱くと大泣きしたものだった。そのため、子が生まれると聞いても大して喜べていない自分にもやもやしていた。それに、先日勘兵衛から聞いたことが気がかりだった。

(妻が出産の最中に死んだ・・・。)

 三成は、急に心配になってきた。

妻のうたは羽柴秀長の家臣の宇多頼忠の娘で、三成との結婚もより家の繋がりを深めるための政略結婚であった。三成とうたは激しい恋心や愛情で結ばれているわけではなかった。だがしかし明るく世話好きのうたは、三成にとって日々を過ごす上で欠かせない者であり、彼なりにとても大切に思っていた。

 だから彼はうたが出産で死ぬ様を思い浮かべて、青くなった。

 

 三成はあいにくというか、懸念事項を放っておける性分ではなかった。そこが彼のいいところでもあったのだが、一度不安に思ったことや気になったことは徹底的に調べ上げてしまう。

 知れば知るほど、お産とは危険に満ちていた。出産中だけではなく、産後の肥立ちが悪くてそのまま死ぬこともあるらしかった。

 一人部屋で悶々としいると、源吾が入り込んできた。

「うたが死んでしまったらどうしよう。」

 伸びをする源吾の頭をなでながら、こぼした。

「赤子が腹の中で急に死んでしまうこともあるらしい。」

「ナア・・・」源吾の声も心なしか悲しそうだ。

「逆子だったりすると母子ともに死んでしまうこともあると聞いた。」

 源吾が慰めるように三成の手をざりざりとした舌でなめた。

「ああ、心配で頭が割れそうだ!」

 いまや、彼の頭の中は悪い想像でいっぱいだった。

 赤子の話を聞くと落ち着きをなくし、うたからの手紙が来ると悪い知らせではないかとどきどきした。

 そして不安を打ち消すように大阪城にこもって仕事をした。

 そんな様子の三成を見て、左近はいぶかしんだ。

(この石田三成という男は、自分の子が生まれるというのに嬉しくないのだろうか。)

 左近なぞは子が生まれるとわかった時には、嬉しくて嬉しくて、同僚や家来を読んで祭りのように宴を開いたものだった。そして生まれてくるのをそれは楽しみしていた。

(それにこの男は、俺が来てやったというのに、ちっとも嬉しそうじゃない。)

 あのように仕官を乞うたのだから、自分がくればどれだけ喜ぶかと思ったのに、いつもつんとしすましている。少し面白くなかった。


そうして半年近くが経った。

 左近は考えていた。

(この男は仕事はできるかもしれないが、面白みがない。最初は熱い男かと思ったが全く冷たい男のようだ。いくら優秀でも人間味のないやつの下では、とてもつまらなくて働けない。俺の目も曇ったかな。この話は断ろう。)

 三成と家臣の勘兵衛、磯野行信、塩野清助などが中庭で話していたので、左近が近づいていった時、小姓が文を片手にだっと走りこんできた。小姓は文を振り回して興奮した様子だ。

「三成さま!お子が生まれたそうです!文を届けてくれたものによると、男の子だそうです!」 

三成がその場で手紙を広げて読むと『元気な男子が生まれました。母子ともに健康です。』と書いてあった。

「殿、おめでとうございます。」

 勘兵衛が刀傷の残る口角を、精一杯上げて喜んだ。

「これはめでたい!」

「今日は宴にしましょう!」

 磯野行信と塩野清助が口々に言った。

しかし三成は、抑えた口調で一言だけ言った。

「うむ。俺はうたに返事を書くことにする。」

 そう言ってお祝いムードの家臣に、くるっと背を向けた。

 そんな冷たい様子に、左近はいよいよ(これは駄目だな。)と思って、仕官を断る話をしようと心に決めた。

 三成は冷静な様子で縁側に上がったが、廊下に上るや否やだっと駆け出した。そして廊下で丸まって日向ぼっこをする源吾をつかむと、急いで部屋に入って勢いよく障子を閉めた。

 三成を追いかけてきた左近が、入り口に近寄るとドタバタという足音と大声が聞こえてきた。

「やった!!うたも子も無事だった!その上、男の子だったぞ!今日は祝酒をたくさんふるまおう!おまえにもなにか旨いものを食わせてやる!」

 左近がそっと中をのぞくと、三成が猫を宙に抱き上げて小躍りしていた。猫は迷惑そうな顔をしていたが、三成は満面の笑みであった。

「最近本当にいいことが続くなあ!あの島左近は仕官してくれたし!俺は今、凄くにうれしいぞ!」

 左近は小さく笑って障子を閉じた。

(なんだ。この人は人前で感情を出すのが苦手なだけなのだ。)

 そして猫の前で大喜びする三成をいじましく思った。

(なかなか楽しそうな男じゃないか。俺の目はやはり狂っていなかった。これなら、まあ、俺が支えてやってもいいかな。)

 左近は手を背中で組んで、鼻歌を歌いながら廊下を歩き去った。


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