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石田三成と猫  作者: 琵琶子
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第四話『渡辺勘兵衛』

『渡辺勘兵衛』

吉継よしつぐと飲み交わした翌日に、三成が浮かない顔をして家の中をうろうろとしていると、そこに家臣の渡辺勘兵衛新之丞わたなべかんべえしんのじょうという男がやってきた。この三成より二十近く年上の無口な男は、三成が初めて雇った家臣だった。

 それはまだ三成が禄高五百石だった頃。勘兵衛は浪人をしており、それを秀吉や柴田勝家といった者たちが召し抱えようとした。勝家は一万石出すといい、秀吉は二万石出すといったが、勘兵衛は「私は十万石でしか雇われるつもりはない。」と言ってがんとして首を縦には降らなかった。その勘兵衛がなんと三成の下についたというので、秀吉は驚いてことの次第を訪ねた。それはこうだ。三成は勘兵衛に、自分は「絶対に百万石の大名になる」と宣言し、「そのあかつきにはあなたを十万石の大名にする」と約束したのだった。そして今のところはこれだけ受け取ってくれと言って、自分の五百石すべてを与えて、自分は勘兵衛の居候となったのである。勘兵衛は(その意気やよし。)と感じ入って、三成の下につくと決めたのだという。

 その勘兵衛が廊下の向こうからやってきて三成に声をかけた。


「なにか心配ごとでもありますか。」

「そ、そんなものはない。」三成は否定した。嘘である。三成は吉継に打ち明けた悩みのことで、まだくよくよしていた。

「それならよいのですが。」

 三成は少し考え込んでから、勘兵衛に聞いた。

「勘兵衛。お前は、最初から自分の子供がかわいかったか。」

「いえ。私は最初は自分の子供が嫌いでした。」

 三成はその答えに興味をそそられて、「なぜだ」と更に聞いた。

「私の妻は出産の最中に死にましたゆえ。最初は、生まれた子が憎うございました。顔も見たくないと思い、乳母や妹に任せきりでしたが、だんだんと妻の面影を感じるようになってからは、妻がこの世に残してくれた子なのだと、大切に思うようになりました。」

 勘兵衛はちょっといい話として、この話をしたのだが、三成が食いついたのはそこではなかった。

(出産の最中に死んだ・・・。)

 勘兵衛の話を聞いて急に心配になってきた。

妻のうたは羽柴秀長の家臣の宇多頼忠の娘で、三成との結婚もより家と家との繋がりを深めるためでしかなかった。だから三成とうたは別段、激しく愛し合っているいうわけではなかった。しかし明るく世話好きのうたは、三成にとって欠くことの出来ない者であり、彼なりにとても大切に思っていた。

 だから彼はうたが出産で死ぬ様を思い浮かべて、青くなった。


三成にはもう一つ悩みがある。

かねてから島左近に書状を出していたが、その返事は色よいものではなかった。

そこで三成は左近を直接訪ねることにした。

早速、左近が寄食しているという、大和にある興福寺の塔頭持宝院へと行った。筒井家に仕官していた左近は代替わりした当主と気が合わず、主家を見限りこの寺へ身を寄せているという。

興福寺につくと、三成は住持に左近の居場所を尋ねた。すると境内の庵に住んでいるという。探してみると小さな庵があり、境内で飼われているらしい数匹の猫が日向ぼっこをしていた。

「石田三成が参った。島殿はおられるか。」

三成は庵の外から声をかけた。すると扉が開いて、痩せた男が出てきた。男は左近の身の回りの世話をしている下男だと名乗った。そして不愛想に言った。

「主人はお会いになりません。」

 三成の鼻先で扉がぴしゃりと閉められた。三成は目をぱちくりとさせた。そのあとはいくら声をかけてもうんともすんとも言わないで、その日は諦めて帰ることにした。

 そして後日もう一度、左近を訪ねた。しかし前回と同じで左近の姿すら見られなかった。残念ながら片づけなければならない仕事が残っていたいので、三成は一度大阪に帰ることにした。


 そういうわけで、三成は左近の件で大いに悩んでいた。

 そこにまた勘兵衛がやってきて、話しかけた。

「難しい顔をしておられる。島殿の件はうまくいっておられるか。殿のことだから大丈夫だと思いまするが。」

 三成ははっと顔をあげて、勘兵衛を認めるとついこう言ってしまった。

「も、もちろんだ。島殿が俺のもとにつくのも時間の問題だろう。」

 三成はとかく人の期待に応えようとしてしまうところがあった。特に家臣には格好をつけてしまうのだ。中でも三成はこの勘兵衛には、特に格好つけてしまうのだった。秀吉から数々の難題を押し付けられても、勘兵衛に「できまするか」と聞かれるとつい「できる」と答えてしまう。そして四苦八苦して、言葉通りに成し遂げてきた。こういうところが彼の出世の原動力でもあるのだが、しばしば自分を追い詰めることにも繋がる。

「それはようございました。殿なら出来ると信じておりました。」 

 またこの勘兵衛は主人を疑わない男だった。この時も、

(さすが私が見込んだ殿である。)

と満足げな顔で廊下を歩き去っていった。


 三成は自室に戻ると、床の上で悶えた。三成の部屋で日向ぼっこをしていた源吾が、その腹に源吾が飛び乗った。

「ううむ。また墓穴を掘ってしまった・・・。」

「ニャア。」

「どうしたらよいだろう。」

「ナーオ。」

「そうだ、その通りだ。もう島左近を本当に連れてくるしかない・・・。」

 吉継に教えてもらった、猫が喜ぶ「つぼ」だという、顎の下を撫でた。

すると源吾が「ゴロゴロ。」という遠雷にも似た音を立てたので、三成は驚いた。本当の遠雷ではないかと、障子を開けて外をのぞいたが、空は綺麗な夕焼けだった。

「お前、どこからそんな音を出しているんだ。」

 三成は源吾を持ち上げたり、腹に耳を押し当てたりして、調べた。

(口を開いていないのに、喉から音がするぞ。猫とは珍奇な生き物だな。)

「勘兵衛には召し抱えるときに、大きなことを言った手前、つい格好つけてしまうんだ。それに・・・勘兵衛は顔は似ていないのに、なぜか俺の父上に似ているのだ。だから余計にいいところを見せたくなってしまうのだな・・・。うーん。」

「ゴロゴロ。」

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