第三話『大谷吉継』
「やあ、治部殿。渡辺殿から聞いたぞ。うた殿がおめでただそうじゃないか。」
三成は大阪城の廊下で大谷吉継に声をかけられた。彼は三成が秀吉の小姓時代からの親しくしている友人である。
「ああ。ありがとう。」
吉継の朗らかな声を聞くと、自然、三成の仏頂面もほころぶ。
「祝いの酒を開けよう。今晩、屋敷を訪ねるよ。」
「わかった、待っているようにする。」
その言葉通り、晩に吉継が酒を片手に三成の屋敷を訪ねてきた。
「三成はいるかい。」
吉継が出迎えた小姓に聞いた。
三成と吉継は仕事中には「治部殿」「刑部殿」と役職で呼び合うが、一たび仕事が終われば、名前で呼び合う仲だった。
信世は吉継を三成の部屋へと案内した。
二人きりになると、吉継が被っている白い頭巾を脱いだ。彼が常に頭巾をかぶっているのは、幼少のころに皮膚が爛れる奇病にかかってから、顔もひどく爛れてしまったからである。素顔をさらすと人々は思わず顔を背けてしまう。だから吉継が頭巾で顔を隠していたのは、恥じる気持ちだけではなく、他人を不快にしないようにという配慮でもあった。
だが三成に関してはとんと不快に思うことはないようであった。元々三成は人の外見的特徴や血筋よりも、実力を評価する男だった。というか実力しか評価しなかった。そのせいで人を不快にさせることも少なくなかったが、少なくとも吉継と彼の間柄は親友といっても差し支えなかった。
三成はいつも落ち着いていて決して人を貶めない性格の吉継を、清い魂の持ち主だと考えて慕っていた。一方、吉継も優秀だが不器用で人付き合いのへたくそな三成を、一歳年下の仲のいい弟のようにも思っていた。二人の年齢は一歳しか違わないが、吉継は病で苦労したせいか、精神的に老成しているところがあった。
「とにかく、おめでとう。」
吉継が酒を注いだ杯を掲げた。
「ああ。」
三成もそれに応えた。
「なんだかあんまり嬉しそうじゃないな。もっと喜べよ。」
「うーん。また女だったらと考えるとな。」
「子は男でも女でも可愛いものだよ。」
吉継も既に一男一女をもうけていた。
「だがまあ、家のことを考えると男子であった方が嬉しいのは本当だな。」
「そうだろう?」
三成はため息をついた。
「・・・そういえばお前は子供が好きだったな。」
「そうだな。それがどうかしたか?」
三成がしばしの間のあと声を絞り出した。
「告白すると、俺は実は子供が苦手なのだ。」
「なぜ?」
吉継が驚いて聞いた。
「自分の子供だから可愛くないわけじゃないが・・・、子供は汚すし、うるさくするじゃないか。」
三成が眉尻を下げて情けない声をあげた。
「うた殿は苦労するな。」
吉継は溜息をついた。
「ところで三成。お前は殿下から頂いた四万石で誰を雇うつもりなんだ。」
「高名な武人と誉高い島清興左近を召し抱えようと思う。」
「島左近というと、あの武田家に仕えていたという噂もあるあの島左近か?」
「うむ。その島だ。俺は戦下手であるから、ぜひ島左近のような手練れの武将を手に入れたい。」
「さて、そんな大人物がこれといって家柄もない俺たちのような若造の下に着くかな。」
「口説き落としてみせるさ。」
酒を飲んで気の大きくなっている三成は薄い胸をたたいて請け負った。
二人が飲み交わしていると、源吾が入り込んできて吉継の膝で腹を見せた。吉継が源吾の腹を撫でさすってやった。
「おお、猫を飼い始めたのか。意外だな。」
(猫に忠誠心はないのか。)
三成は自分には最近やっと腹を見せるようになったのに、吉継には簡単に見せる源吾に少しむっとした。
「お前は昔から動物が好きだな。」
吉継の外見を気にしないのは、動物と三成くらいのものだったから、吉継は動物をよくかわいがった。
「この猫はなにか面白いことはするのか?」
「ああ、それについてだが。」
三成は誇らしげな様子で、一冊のノートを取り出した。表紙には『源吾猫観察記』と書いてあった。
「殿下にも聞かれて、記録をとっている。昨日は四回顔を洗って、二回毛づくろいをし、三回あくびをした。猫が顔を洗うと雨が降るというのは要検証だな。」
「三成、それはなんか違うぞ。」
吉継はあきれた。
ホームページでも連載しています
→http://mitsunaritoneko.jimdo.com