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石田三成と猫  作者: 琵琶子
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第一話『源吾』

秀吉は猫好きだったと思われます。秀吉に影響されて、石田三成も猫を飼い始めたらどんなことが起こっただろう?

なんだか動物が嫌いそうなイメージがあるけれど、どういう風に猫に接したのでしょう?


というか石田三成ってどんな人だっただろう?

本当に怜悧で打算的な人物だったら、人を見る目に長けた秀吉にそこまで重宝されない気がします。

例えば、家臣や家族の手前格好をつけてしまう人だったら?

殿下や家臣の期待に応えようとして、墓穴を掘ってしまうところがあったら?

人前ではついクールに振る舞ってしまうけど、本当は人一倍怒ったり笑ったりする人だったら?

そして一人きりの時や猫に対してだけ、素の感情を出せるいじましい人だったら?

こんな三成だったら親しみを持てるんじゃないか、と考えてこの小説を書き始めました。


『源吾』


 ある昼下がりの午後の、大阪は石田屋敷に一匹の猫が訪れた。

「まあ猫だわ。珍しいこと。どこかから迷い出て来たのね。」

 はじめ石田三成の妻、うたがその金色の双眸を持つ灰色の猫を見つけた。

この時代、猫は珍らかなものであった。日本国において猫は飛鳥時代頃には既にいたと思われるが、特に記述として出てくるのは、平安時代の宇多天皇御記からである。光孝天皇が飼っていた黒猫を、息子の宇多天皇に譲り渡したという記述があるのだ。平安時代には猫は愛玩用の動物とされ、とても大事にされてていた。また唐猫という表記がみられ、唐から猫が輸入されていたことも伺える。次の鎌倉時代では仏教の経典などを鼠害から守る益獣とされたが、戦国の世に入ると猫は再び愛玩動物として大切にされるようになる。大切にされ過ぎて紐と首輪で家の中で繋がれていることが多く、野良猫は珍しかった。

こういった訳で、うたは喜んで昼餉のねこまんまを与えた。

「おいしい?」

「ニャア」

「ま、この子返事をしたわ!おいしいのね。」

 うたは猫を撫でた。猫は身体をにょろんと伸ばしてそれに応えた。

「あなたうちの子になる?うちの人っていつもいなくて寂しいのよね。」

「ニャア」

 猫が飯を食いながら鳴いた。猫はその日から石田邸に通うようになったので、うたは組紐と鈴で首輪を作ってやった。次第に屋敷の侍女たちも猫に飯をやっては可愛がるようになった。

 猫に飯をやりながら、よく話しかけた。うたは、国元の近江に三成との間に成した二人の娘を残して、夫を支えるために大阪に来ていた。その夫も激務で滅多に家にはいない。彼女には話し相手が必要だった。

「うちの殿はね。口を開けば仕事仕事殿下殿下で全然屋敷にいないのよ。殿下が大切なお人なのはわかっているけれど、やっぱり少し寂しいわ。」

「ニャア」すると不思議と猫は返事をした。

「だいたいそんなに殿下が好きなら殿下と結婚すればよかったのにね。」

「ニャア」猫は再び鳴いた。

「お前はお利口さんね。私のいうことがわかるんだ。」

 うたは微笑んで猫を撫でた。

 その後も猫とうたの逢瀬は続いた。今や猫は屋敷の中に上がり込むようになっていた。

 そんなある日。

「帰ったぞ。」

 激務で大阪城に泊まり込んでいた三成が、いつもの仏頂面で屋敷に帰ってきた。

「あら、お帰りなさいませ。」

 座敷で猫を抱いたまま、うたが返した。

「なんだその汚い猫は。」

 三成が心底嫌そうな顔で猫をしゃくった。

「うちに迷い込んできたんです。ほら、見て。お喋りするんです。」

 猫は三成を見てニャアと鳴いた。

「どこかに放して来い。毛が散って屋敷が汚れる。」

 綺麗好きの彼は動物を好まない。

「ま!酷いこと言わないでくださいな。凄く賢い子なんですよ。あなたくらい賢いわ。」

「なにを言うか。猫など所詮畜生だ。とにかく捨ててこい。」

「いやですわ。」

 こうなるとうたは頑固だ。三成はため息をついた。無益な争いは避けるべきであるというのは三成の信条である。

 その晩、三成はくしゃみが止まらなくなった。

(明らかにあの猫のせいだ。)

 心なしか、体も痒い。

(ノミでもついていたのか。早急に猫を捨てなければ。)

 翌日、三成はまたうたに、猫をどこかに放してくるように言った。

「殿よりこの子の方が私の話を聞いてくれます。」

うたはその話になると三成を無視した。余程、猫と話す・・のが楽しいらしい。

 その晩、三成がまだ豊臣に従わない大名に対して上洛を促す大切な書をしたためていた。すると幾度目かに硯に筆を浸して、紙に這わせた筆から枝毛のようなものが飛び出して書きかけの文字を台無しにした。終盤まで書きかけていた書が駄目になって三成はイライラした。

「なんだ、この毛のようなものは。」

 筆からそのなにかをつまむと猫の毛だった。

「もう許せん!」

 三成は憤った。

 

「俺が帰ってくるまでに、猫を捨ててこなかったら、俺が捨てる。」

翌朝、三成は大阪城に出仕する前に、宣言した。

うたはなにか言いたげだったが、三成はなにも聞かずに屋敷を出た。

三成は大阪城にていつも通り実務をこなした。日の本統一の政策に頭を捻り、秀吉の思い付きを実現すべく手段を考え、何本かの重要な書を書いた。三成の職は今でいう官僚であり、豊臣政権樹立から瓦解を通じてナンバー2の地位を占めたことから、官房長官といってもよいだろう。

午後からは、新たに上洛してきた大名に秀吉が謁見するというので、いつも通り秀吉の横に控えて謁見を見届けた。大名が部屋を出ていき、一息ついた秀吉が三成を見て話しかけてきた。

「佐吉!その毛はなんだ?」

 秀吉は三成の胸を指さして言った。彼は三成を幼名で呼ぶ。

 ハッとして見下ろすと、白い毛のようなものが着物についていた。彼は主に紺や黒の質素な着物を好むので、白い毛は酷く目立った。

「申し訳ありません。このような場で汚れた衣服を着るなど、お詫びのしようがありません。」

 三成は慌てて言った。そして猫を再び恨んだ。

(帰ってまだいたら捨ててやる。)

「それは猫の毛だな?」

 秀吉の日に焼けた笑い皺の多い顔が破顔した。三成はキョトンとした。

「猫はいいものだろう?」

 三成はどちらかというと犬派だった。自分勝手な感じがする猫より、忠誠心に厚い犬の方がまだ好感がもてた、。

しかしそれよりなにより、三成は主君、秀吉がぞっこんだった。秀自分にないもの全て持つ、願っても決して真似が出来ない秀吉は三成の憧れの塊であり、裸一貫から実力一つで天下人となった事実はいつでも三成の一番の尊敬の的だった。また近江の一地侍の子に過ぎなかった自分を政権の中央に取り立ててくれたことを、忘れたことは一日たりともなかった。生涯を通じて、三成の人生の中心には秀吉がおり、彼にとってこの世で一番重要なのは秀吉だった。

つまり、その秀吉に猫を好きかと問われれば。

「はい。」

「そうだろうとも。お前もついに猫を飼い始めたか!さてはお前も、儂の万福丸のあまりの愛らしさに羨ましくなったんだな。」

 秀吉は三成を指で突きながら、満面の笑みで言った。

豊臣秀吉は無類の猫好きであった。彼は大阪城でも万福丸という名の美しいトラ柄の猫を愛でている。

「で、お前の猫の名前はなんという?」

「そ、それは・・・ええと、源吾といいます。」

 源吾とは三成が今も心に留めている、亡き幼馴染の名前だった。故郷石田村で共に育った仲間の源吾は、三成にとってなんでも話せる唯一の相手だった。しかし源吾はある年の水害の事故で世を去った。三成は今でもたまに、こんな時源吾がいればいい話相手になってくれただろうにと思うことがあった。

「そうかそうか、源吾か。お前が猫を飼うなんてめでたいことだ!てっきりお前は動物が嫌いなのかと思っておったわ!儂はとてもうれしいぞ。そうだ、祝いに鯛をくれてやろう!」

「はは、ありがとうございます。」

 三成は深く礼をした。


 仕事終わりに、三成は片手に立派な鯛を抱えて自分の屋敷の前に立っていた。そして猫を抱えて出迎えたうたに、うんざりした声で言った。

「猫を飼ってもいいぞ。」

「ま、本当でございますか!」

 うたの腕の中で猫が鳴いた。

「名前は源吾だ。だが!わが石田屋敷で飼う前にやらなければならないことがある。猫を貸せ!」

 三成は侍女にぬるま湯を溜めたたらいを用意させた。そして源吾をうたからひったくると、たらいに漬けてがしがしと洗った。源吾は嫌がったが、三成は容赦しなかった。

「この猫は汚すぎる!だから毛が飛ぶんだ!」

 三成は猫を力いっぱい洗いながら言った。

 洗ってみると、灰色だった猫は純白になり、たいそう見目がよかった。

「まあ、綺麗になって!殿、ありがとうございます。」

「う、うむ。これならまあ、飼っていい。」

(悪くない。)

 彼は内心思った。うたは喜んでいるし、白は彼の好きな色だった。


 かくして源吾は石田家の猫となった。


ホームページでも連載しています

→http://mitsunaritoneko.jimdo.com

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