プロローグ
「件名:探さないでください」
「……は?」
それはいつものように受信したメールをチェックしていたときのこと。
タイトルを見たのとほぼ同時に、自分のものとは思えない声が周囲に漏れた。差出人はよく知っている人物からだ。
嫌な予感がした。
一年と少し前に購入した液晶ディスプレイをしばらく睨んでから、大きく深呼吸をする。それから少し震える手でメールの全文を表示すべく画面をクリックした。
「本文:かねてより制作していた『ゆずとれもん』ですが、当方のスケジュールと作業の進度を考えたところ、期限までに予定されていた枚数のイラストを用意することが不可能だと思われます。誠に申し訳ありませんが、私はサークルから抜けさせていただきます」
そこにあったのはたった二行のそっけない文章。そこいらの迷惑メールの方がよっぽど量としては多くの文字を使用していることだろう。しかし、簡潔であるゆえにそれがかえってこのメールの内容が本当であることを示唆しているような気がした。
つまり、これは事実なのだと。
俺たちが必死になって作っている『ゆずとれもん』は完成することなく、志半ばでメンバーの離脱によって企画倒れになる……そんな不安が今、次々と胸の中で大きくなっていく。
「……は、はは、は」
小刻みに震える指先を駆使してメールを返信する。頭の中は真っ白だったのでどんな内容を綴ったのかは覚えていない。もちろん送信履歴を見ればその中身はすぐに分かるだろうが、分かったところでどうしようもない。メールのタイトルに「探さないでください」とわざわざ記載したからには、きっと相手側も俺からの連絡に目を通すつもりはないのだろうから。
それからすぐにパソコンの電源を落とし、暗くなった部屋で一人考える。手足の至る所にじっとりと汗をかいているのは、今が六月半ばで湿度と温度が高いからという単純な理由ではなさそうだった。
「やべえ、どうしよう……」
このままじゃサークル活動を続けることが出来ない。それに何よりも―――
視界の端に大きなサイズの封筒が映り込んだ。今月の初めに我が家へと届いたそれを見ると、ショックと悲観でボロボロになっている自分の精神状態がより一層荒れていくのを感じた。