プロローグ
この世界は美味しいもので溢れている。
コンビニで手軽に買えるものから、お高いミシュランのお店の料理まで、本当に沢山の美味しいものがある。
毎日、食べても食べても食べても、尽きることのない食べ物。
あぁ、本当に幸せ。コンビニスイーツのプリンを食べながら、加藤 淳美は、ほぅ、と息を吐いた。
つるんとしたプリンも好きだけど、濃厚なカスタードプリンとほろ苦いカラメルを一緒に口にいれて味わうのも格別だ。
淳美は最後の最後まで綺麗にスプーンでプリンを舐めとると、幸せな笑みを浮かべて笑った。
「あー、おいしかった!」
空のカップを捨てて、淳美はペロリと唇を舐める。甘いプリンの味が仄かにして、思わずにんまりしてしまう。
食べることは幸せを噛み締めること、淳美はそう思っていた。
勿論、ただ食べるだけじゃない。料理を作ることも好きだ。美味しいものを作り振る舞うことは、幸せのおすそ分け。
ふんふんと鼻唄を歌いながら、淳美は台所の冷蔵庫の前に立った。
中には、野菜、果物、お肉に豆腐、卵、各種調味料や、料理とマリアージュさせる為のお酒類がぎっしり詰まっている。
さて、何を作ろうかなー?
吟味していた淳美は、後ろから何者かが近づいていたことに気が付かない。
「#£%¢$¥@§※◎*!?」
「へ?」
呂律の回っていない、明らかにおかしい様子の男が、そこにいた。口の端から泡が吹いており、目は血走っている。
咄嗟に逃げようとしたが、台所は狭く、身を守る事が出来ない。食べ物を投げて自衛したくても、もったいない! が発動して、踏ん切る事が出来なくて。
スローモーションのように、アヒャヒャヒャと笑い声をあげた男がゆっくりと包丁を振りかざしたのが見えて、思わず両手で顔を庇う。
一瞬遅れて、衝撃が胸の当たりにきた。燃えるように熱い、ドクンドクンと鼓動がするたび、生暖かい何かが溢れていく。
「や、やめ......て」
「アヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャッ」
ひゅーひゅーとか細い息で、目も開けられなくて。けれど、雰囲気から男がなおも包丁を突き立てようとしているのがわかった。
淳美は、もう助からないのだ、と理解し、何もかもを諦めた。
だが、男が淳美に包丁を突き立てることなく、冷蔵庫の中の食材に目をつけ、食い荒らして貪り尽くす様子に、段々腹が立ってきた。
最後の力を振り絞り、淳美は叫ぶ。
「その食材は私のもんだーーーーーーっ、勝手に食べんなーーーーーーーっ」
だが叫んだことで、急速に意識が朦朧とし、混濁しはじめる。
淳美は必死で抗いながら、めちゃくちゃな相手にお願いを始めた。
あぁ、イエス様、アッラーの神様、ブラフラーの神様、ブッダ様に、観音菩薩様、お釈迦様、神様、死神様、閻魔様、サタン様、悪魔様!
とにかく、誰でも良いですから、私をまた現代の日本に転生させてください!
まだまだまだまだ、美味しいものを食べ尽くしてないの!
明後日からは韓国旅行で、死ぬほど韓国料理食べ尽くすはずだったの!サムギョプサルにスンドゥブチゲ、美味しいキムチに、ビビンバ、クッパ、ソルロンタン!
あー、食べたかったなぁ、韓国料理。死ぬほど食べ尽くして、新しい料理を作りたかったなぁ......
淳美は、最後に韓国料理の数々を思い浮かべながら、事切れた。
口元からは涎が垂れており、苦しかったはずなのに、顔は美味しいものを食べたみたいに、笑みが浮かんでいる。
淳美に包丁を突き立てた男は、あらかた食材を食い荒らし、ふと足元の殺した女を見ると、その笑った顔に恐怖を抱き、狂ったように喚き始めた。
その声に気づいた近所の人が警察を呼んで、警官が淳美の家に突入すると、血まみれの女と、その女に狂ったように包丁を突き立てる男がいた。
「さて、続いてのニュースです。今日の夕方四時ごろ、都内に住む加藤 淳美さん、24才の部屋に男が押し入り、包丁で何度も突き立てて殺害した模様。現場前に、山田アナウンサーが行っています! 山田さん、山田さん聞こえますか?」
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短編が基になってます
要望があったので、ゆっくりと長編をやっていきます