4.彼は、徐々に変化する世界を知る。
えーと、キャンピングカーについて詳しい方、「こんなもんあるか!」と深く突っ込まないで、生温い視線でスル―してください。
作者は、その辺り、まったく詳しくないんで…(泣)
すみません。設定、ご都合主義でお送りします。
「魔素、魔力は、世界に満ちているけど、場所によって、その濃さが違うのを知っているかい?」
「……魔術師を馬鹿にしてる?」
いつものように、滔々と楽しげに、歌うように言葉を綴る男の言葉に、金髪緑目の少年は、半眼の冷めた視線を男に向けた。
人外魔境と言われる大森の奥深く、深く亀裂の入った大地の、その底。
見上げれば、断崖絶壁の大地の裂け目の向こうに青空が見える、そんな暗い場所に眠る遺跡の通路を、男と少年は歩いていた。
金か銀か分からない、艶のない長い髪を三つ編みで纏め、それを首に一回り掛けてもまだ長い。整った中性的な顔立ちに薄い紫の目は、夢をみるよう。細くすらりとした長身で、幾つもの布を重ねたような不思議な服を着た優男、エル・エリエラ。
大きなリュックを背負う20歳前の、短い金髪に新緑色の目の、怜悧な顔立ちの青少年は、魔術師だ。主として、かつて魔法文明の栄華を誇った文明の【帝国】の遺跡を探し歩く、“研究者”。失われた“力宿る文字と言葉”を、己の新たな魔法の研究の為に探している。
才能溢れる魔法使い、クラルス=コード。
2人は、それぞれの自論と研究の為に、遺跡を渡り歩く旅人だ。
そして、そのせいか、時々、こうして遺跡でかちあい、行動を共にする。
「科学の発展した国の土地は例外さ。科学と魔力は、相性が悪いらしいね。原因は分からないけど」
「それ以外でも、魔素の濃度が違う場所はあるって言いたいんだろう。“ここ”みたいに」
「ラグシオ大森は、魔素が強いねぇ」
遥か地下の、この遺跡はそうでもないが、地表の広大な森は、魔素の多い土地として有名である。レベルの高い魔獣や魔物が多く棲み、植物も異常な繁殖と生態を持つ“人外魔境”。
クラルスも、ここにくるまでに何度か、“魔力酔い”を起こした。
普段以上に、濃度の高い魔素への対処策を万全にしてきたにも関わらず、体調は今でも最悪である。逆を言えば、無防備にこの土地に入ったら、【魔素過剰症】で治療する間もなく、あの世行きだ。
「この世界は、全体的に魔素が濃いんだよ。通常がそこそこ高いから、魔素の濃い場所と薄い場所の落差が激しいんだ。でも、ほとんどの土地では、一定以上の魔素があるから、けっこう平均的に全体にまんべんなく、魔素が世界に満ちているわけだよ」
「……それで?」
「だから、魔法が最大限に適応されているのさ。魔術師にはありがたい話だよねぇ」
「……前から思ってたけど、エル・エリエラ。なんで、上から目線なわけ?」
まるで、他の世界を知っているかのように。
まるで、他の世界から来たかのように。
客観的といえば聞こえはいいが、文字通りの上の方から世界を見下ろしているかのような、他人事的な発現が多い男、エル・エリエラ。
この際、『別の世界から来ました』発言されても、むしろ、驚かないと、クラルスは思う。
「それは、秘密ぅ~。秘密のある人間って、ロマンだよね~」
「いや、それは無い」
鼻歌交じりの男に、少年は、冷たく断言した。
「そんなクールなクラルスも素敵だよ。調子悪くて、イライラしてる子には、この魔石をプレゼント☆」
そう言って、懐から出した幾つかの魔石を少年に向かって投げる。
少年は、冷静にそれらを受け取る。内心、イラッときたが、今は反応を返すゆとりもないようだ。受け取った魔石は、一般に出回るのと大して変わらないものだ。ただ、色が真っ白である。
「塩?」
「正解。元は岩塩だけど、中和の魔力を使って魔石化させたものだ。結界用の魔石さ。それで結界を作って、魔石の中和で結界内の魔素をコントロールして、中にいる者に最適な空間を作り出すっていうものだよ。クラルスなら、簡単に扱えるだろうから、今夜の野営にでも使ってよ」
聞いたことのない魔石だった。
クラルスは、手にした4つの白い魔石に視線を落とす。
「……ありがとう」
ぼつりと呟いた少年の耳は真っ赤だった。
男は、そんな少年の様子を見て微笑み、「どういたしまして」と返すのだった。
*** *** ***
春日梢は、給水タンクをキャンピングカーにセットし終えて、一息吐いた。
半年も放置されていたキャンピングカーは、全体的に薄汚れていたものの、危惧していた不動作も無く、全てが正常に稼働していた。
ただ、半年近く放置していた為、給水タンクの水は、新しい水と入れ替えが必要だった。
シャワーと洗面、キッチンの水は、循環の浄水装置が付いているが、それでも真夏の炎天下に半年の水はヤバいだろう。トイレの水は、別のタンクだが、それも水を入れ替える。
アパートから歩いて斜め向かいの駐車場に停めた、落ちついた濃い目の水色の車体に、紺と白とシルバーの緩やかなカーブラインが入った“バスコン”タイプのキャンピングカー。
2m以上はある高さに、幅も長さもある車体は、決して一人用ではない。ファミリータイプだ。
下からは見えないが、屋根の上ほぼ全体―――天窓部分を覗く――に、ソーラーバネルが設置され、そこからの電力が、独立して車内の生活電力となっている。家族で使っても十分に賄えると、購入した会社のスタッフ自慢のカスタムである。さらに、ガソリンが無くなった場合、一日約2~3時間は、電力での走行が可能な仕様になっているらしい。
運転席と一体化したダイネットにミニキッチン、洗面とトイレが一緒で、シャワーが別。収納用の棚やクローゼットも充実しており、後方の寝室が、4畳半の半和風の部屋にカスタムされている。
押し入れとクローゼットが一体化したような収納付き、部屋の中央部分が畳となった部屋は、薄型テレビが置かれ、壁沿いに収納可能なテーブルがあり、ミニカーペットとクッションの置かれた寛ぎの空間を醸し出している。両側の窓に、天井の小さな天窓が、明るさと解放感を演出している。
後方部の壁には、折りたたみ式の2段ベッドが入っているが、そのまま床に布団を敷いて寝ても良い。
後方の部屋以外の部分も内装も、味気ない日本のコンパクトな設備と違い、まるでヨーロッパのホテルを思わせる本格的な内装である。落ち着いた木調をベースに、白い壁とブルーグレーの天井。棚もキッチンも洗面所も、ナチュラルブラウンの格式高く上品なデザインになっている。
さすが、居住性を重視するヨーロッパの会社からの輸入キャンピングカーをカスタムしただけはある。
ちなみに、ベッドに関していえば、ダイネットの落ちついたグレーのソファもベッドになるし、運転席上に吊り下げ式のベッドが常備されている。キャプコン系でいうバックルームの代わりにようなものなのだろう。ただ、使う場合はダイネットの部分に下りてくるので、ダイネットのソファベッドが使えなくなるという弊害はある。
とはいえ、現在の時点では、使わない設備であるのは明白である。
梢としては、高い買い物だったので、長期休暇の後も末永く使う予定だ。このホテル並みの居住性と外国人でもゆとりある空間に惹かれたのもあるが、将来、家族ができたときのこともちょっとだけ想定してみたというのもある。
女性不審気味の現在、少々、望み薄なのが悲しいところだが、本人的には結婚願望はあるのだ。
「うーん、とりあえず、買い物か」
半年放置状態キャンピングカーのチェックと荷物の整理を粗方終えた梢は、つぶやいた。
ミニキッチンに備え付けの中型冷蔵庫の中身は全滅していた。保存食や水は賞味期限切れしたものは少なかったが、これからのことを考えれば、心許ない。
部屋から残していた服や日用品を中心に荷物を詰め終えたが、日用品も補充用が欲しいところである。
なにせ、この半年でどんな状況になっているのか、梢にはまったく分からないのだ。慎重になるのも仕方がないだろう。
おそらく、一度ここを出れば、もう自宅には戻ってこれないだろう。だから、持って行く荷物は、全部乗せた。後部の部屋の床下全体が収納スペースになっているので、余裕である。
梢の服や雑貨、日用品などを乗せても、まだかなりの余裕がある。まぁ、最大5人まで生活可能なファミリータイプのキャンピングカーだから、当たり前といえば、当たり前だ。
とはいえ、この先のことを考えると、余剰でも物資は多い方がいい。
「ああ、ガソリンの予備も欲しいな。あと、水と食料と生活消耗品。念の為、携帯ガスコンロとかも欲しい…………」
やっぱり買い物に行くしかないと、梢は、ため息をついた。
まだ、体調も本調子ではないし、晩春からいきなりこの暑さだ。正直、慣れない。じりじりと灼く熱に、出不精のなけなしの精神が削られる気分である。
だが、動かないといけないことは理解している。この無人の街で生きていくには限りがあるし、知り合いの安否も気になるところだ。
「あー、くそ!日が暮れる前に回るか」
梢は、キャンピングカーを施錠すると、一旦、自宅に戻り、貴重品をいれたリュックを持ってから、アパートの駐車場にある自分の軽自動車に向かう。
車に乗り込むとエンジンを掛けて、無人の街へと走らせた。
道路は、所々に放置された車があるものの走れない程ではなかった。ただ、アスファルトの亀裂や隆起があちこちに目立ち、場所によっては硬いアスファルトを押しのけて植物が生え伸びており、スピードを出せなかったり、大きく迂回することになったりと、かなり時間が掛かる道のりになった。
よくよく見れば、半年も経っていないとは思えないほどの勢いで、植物の異常繁殖している場所がぽつぽつとある。暑さの影響でも度を越している。
その植物も、雑草とかの類ではなく、そう詳しくない梢が見ても、まったく見覚えのない木だったり、草花だった。
蔦のような木が朽ちたビルの壁一面に絡まっていたり、黒い幹に白っぽい葉が覆い茂る木々。コンクリートの割れ目から生える草花は、空色だったり、ピンク紫だったり、色や大きさがおかしいものがある。中には普通の植物らしいものもあるが、薄く発光してるとか、やはりいろいろおかしかった。
そして、そういった場所は、他に比べて建物などが朽ち、廃墟同然の様子で、まるで放置されて何年も経っているかのような風体を見せている。
梢は、そういった場所が、ほかに比べると魔素が濃いことに気づいた。
目覚めてから、魔素感知や魔力の操作が容易にできることに気づいた梢である。
これなら、ある程度、魔素がある場所なら、“前世”の魔術、魔法が使えるかもしれない。全部は思い出していないものの、簡単な魔術なら発動の仕方も呪文も分かるのだ。
「…一度、試してみるか」
ぽつりと呟く。
梢とて、男である。魔法とかにちょっとロマンというか、憧れ的なものが無いわけではない。
すぐに試さないのは、場所によって魔素が濃いといっても、クラルスの世界より遥かに魔力が弱いからだ。正直、発動するかも分からない。
今なら、無人の街で1人だから、恥ずかしい呪文もバレないし、失敗しても、自分の精神的被害だけで済む。もともと、呪文自体、異世界言語なので、他人には分からない言葉であるが。
そう。“魔術”の呪文は、まるで廚二的な感じのするセリフが多いのだ。
梢は、見慣れた大型スーパーの駐車場に入る。
ちらほらと車が置かれているが、広い駐車場の店舗入り口に一番近い場所に車を停める。3階建ての店舗は、何故か、入り口の自動ドアが開けっぱなしになっていた。電気の点いていないうす暗い店内が見える。緊急避難でもしたのだろうか。買い物用のカゴやカートが散乱して、横倒しになっている。
梢は、車から降りると、近くの大きいカート引き、店内に入る。
「【火】【灯り】」
記憶に従い、力ある言葉を発する。
もともと、“力ある言葉”は、発音が難しい。わずかな発音の違いでも、その力を発揮できずに発動しないことも多い。
しかし、前世の知識の賜物か、あるいは、今の言語との相性が良かったのか、梢はあっさりと“言葉”を発することができた。
ぽぅっと、梢のそばに、小さな火の玉が現れる。
灯りの為の火だから、熱いものではない。小さくゆらゆらと揺らめく火の玉は、弱弱しく、今にも消えそうな感じだった。
「……いや、まさか、本当に発動するとか……」
自分でやっておいて、思った以上にびっくりした梢は、まじまじと火の玉を見た。
梢が使ったのは、クラルスの時代において“失われた魔法”―――真音による魔法である。
主流だった【属性魔法】にあまり適応がなかったクラルスは、自身の【魔工】―――魔導具製作の研究の為に、各地の遺跡を回り、失われた言葉を集めた。
そして、それは同時に、古代の“魔法”と呼ばれた真音による魔術を復活させるものだった。
クラルスは、真音や力ある文字ーー“真記による“魔法”に適性を持った魔術師だった。
正確には“魔法使い”。太古に栄えた“真音真記の魔法の使い手は、現代魔術とまったく異なった神秘の技の為、畏敬を込めて、そう呼ばれた。
とはいえ、クラルスは[魔工]としては有名立ったが、真実、彼が[真音真記]の使い手だったことは知られていない事実だ。
梢が、その“力ある言葉”を唱えたのは、その方が楽だったからだ。
【属性魔法】は、属性に適応しなければ発動しないし、呪文が恥ずかしい感じだから、出来れば使いたくない。
それ以外なら、“生活魔法”と呼ばれる無属性魔法がある。無属性魔法なら、補助的な魔術も多いし、実は攻撃や防御に使えるものもあるのだが、ぶっちゃけ“真音による魔法”が崩れたものだ。なら、【真音】を唱えた方が早い。
「しかし、本当に“魔法”が使えるとかって、やっぱり魔素の影響か?ファンタジーすぎるよな」
ガリガリと頭を掻いた梢は、どうしたものかと溜息を吐いた。
魔法というだけで、現実的にありえない。しかし、前よりも魔素が増えたことによる影響は、徐々に、確実に、梢の身近なところに忍び寄ってきているようだ。
これから、魔素が増えていく場合、どんな影響がでるのだろう?
ふと、梢は、思いつく。
ここまで来るときに見た、植物の異常な繁殖や様変わりした街の様子。―――これらも魔素が影響しているのは、考えなくても分かることだ。人間は、【魔素過剰症】で消滅するが、はたして、他の動物にはどんな影響を与えるのだろう。
そこまで考えて、梢は、嫌な予感に、おもわず頭を振った。
「止め止め!……とりあえずは、食料と日用品を確保しよう」
梢は、弱々しく光る“火の玉”を連れて、カートを押しながら、薄暗い店内を歩き始めた。