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3.彼が生還した理由とその後の状況

本日、2本目(・∀・)

どうそ~。

 世間を騒がす原因不明の謎の奇病【灰塵病(はいじんびょう)】とは、【魔素過剰症(まそかじょうしょう)】のことだ。

 これは、春日梢(かすが しょう)の“前世”―――異世界の魔術師だったクラルス=コードが生きた世界にある珍しい病気の名前だ。しかし、その症状は、【灰塵病】と完全に一致する。

 【魔素過剰症】とは、魔素の低い土地に育った人間が、魔素のある土地に行くと掛かる病気で、酷いと魔素の耐性の無さから、身体そのものが崩壊し、死に至る恐ろしい病である。魔素=魔力に耐性がある人間でも、崩壊した患者の“灰”を吸うことで感染してしまう場合があるという。

 対処法は、身体の中の魔素を調整して、過剰な魔素を中和すること。徐々に魔素――魔力に身体を慣れさせ、適応させていく為、長時間掛かる。さらに言えば、魔力の適応によって、身体に様々な変化を引き起こす場合もある。


 ここに、現在、梢に起きたことを当てはめてみる。

 確証は無いが、梢は、知らずに【灰塵病】―――【魔素過剰病】に罹っていた。意識を失う前に見た手の甲に広がる青い斑点は、身間違いではない。

 死の危機に瀕したその直後、彼は、“前世の記憶”を思い出した。

 おそらく、あのズキズキと強烈な頭痛が“前世の記憶”が蘇る前兆だったのかもしれない。

 そして、目を覚ましたら、時間が半年近くも経過し、しかも、梢自身は、かつての20歳前後まで若返っていたのだ。


 「………魔力操作による長時間の中和と調整……、身体に変化……」


 夢の中で、かつての旧友、エル・エリエラが、【魔素過剰症】について語ったことを、梢は思い出す。


 梢の前世、クラルス=コードは、魔力操作の得意な魔術師だった。

 梢が、【灰塵病】――【魔素過剰症】に罹って、命の危機に晒された時、クラルスの記憶と意識が混同した梢が、無意識に、自分の体内の魔素を操作して調整、同時に中和して、身体に魔素が馴染むまでそれらを行っていたことによって、身体に変化が起き、若返った。

 仮説である。

 けれど、起こったことを説明するには、一番納得できる仮説だ。

 ご都合主義と言いたければ言うがいい。

 現に、【灰塵病】に罹って助かった者がいないはずの現状で、助かってしまっているのだ。

 

 リビングのソファに腰を下ろし、放置されて生温いミネラルウォーターを飲んで、ほっと一息する。封を開けていなかったので、半年くらいは問題ないだろう。

 夕食や朝食用に買っておいた食料は、見るも悲惨な状態だった。即効で、処分した。

 水は大丈夫だったが、電気が通っていないようだ。ガスは生きていたので、コンロで湯を沸かして、残っていたカップ焼きそばを食べる。

 半年近い絶食状態に、焼きそばはどうかと一瞬思ったが、空腹には叶わない。他に食べるものが無いのだから、とりあえず、柔らかめにして、良く噛んで食べた。

 一息ついて、ふと、部屋の息苦しさに、梢は立ち上がった。

 カーテンを開け、淀んだ空気に窓を開ければ、春の霞がかった空とは違い、鮮烈な色の青空が広がっていた。日差しが、金色の深い、残暑が厳しい晩夏の色合いをしていた。昨日―――梢の感覚で言えば――、意識を失くす前の晩春とは、まったく異なった蒸し暑い空気が、部屋に入ってくる。


 そんな不快な生温さの空気でも、ほっとする。

 ふと、食べ終わったカップ焼きそばが、目に入る。

 半年近くも意識が無く、何も食べず飲まずで、人間生きていけるのか?という疑問が、ちらりと脳裏に浮かび上がる。しかし、今現在、梢は、生きている。生きている以上、もうそこは『魔力って凄いよな』と、無理矢理納得するしかないだろう。

 正直、分からないものは分からないのだ。

 腐ったゾンビとかではなく、きちんと五体満足、どこにも異常無く生きているのだから、起こったことに対して、あれこれ考えても仕方が無いだろう。

 つまるところ、梢は、開き直ったのである。

 

 世間に知られれば、貴重な検体とばかりにあれこれ調べるのだろうが、幸いにして梢が【灰塵病】で倒れたとは誰も知らない。半年も音信不通なら家族が心配するという話もあるが、梢の実家は、多忙な人たちばかりである。半年や一年くらい音沙汰が無くても、『音沙汰が無いのは元気な証拠』と思っているくらいだ。これが娘なら、それでも流石に多少の心配はするのだろうが、息子なんてそんなものである。

 たとえ知られたとしても、この状況は梢にも説明が出来ない。

 “前世の記憶”が云々などと言い出したら、逆に精神科の受診を勧められるだろう。

 なので、梢自身、「生きてるんだから、もういいじゃん!!」と開き直る以外、どうしようもない。

 ぐだぐだと悩んでいたところで、現状が変わるわけではない。

 それに、梢にとって問題はただ一つ。


 「せっかくの長期休暇が、半年も過ぎちゃったよ!どうすんの、これ?!」


 夏までに東北を回りながら北上して、夏は北海道を巡る計画をしていたのが、完全に没と化した。

 今から北上したところで、北は寒くなる。冬の東北、北海道も良いのだろうが、キャンピングカー生活となると厳し過ぎる。さらに言えば、梢は、寒いのは苦手である。


 「…まぁ、多分、それどころじゃないよな」


 窓から外を見る限り、残暑の厳しい真昼の街並みだ。人気が少ないのは、この暑さの中、誰か好き好んで歩き回るだろう。そう思いたい。

 しかし、電気が通じていない事実に、梢は、不安になった。

 街は、静かだ。

 そう、静かすぎるのだ。

 見た感じでは、鳥は普通に飛んでいるし、虫もいる。でも、人がいない。

 

 梢は、携帯を見た。充電切れをしている。

 電気が使えない以上、携帯を充電することもできない。会社や家に電話をいれて、現状を聞き出すことは不可能である。

 

 梢は、とりあえず風呂に入ることにした。

 この暑さだ。電気が通じていないのでお湯は出ないが、水でも問題は無い。

 寝室に行き、クローゼットから着替えを取り出す。新しいバスタオルを手に、洗面所に向かう。浴室で、一度、シャワーがきちんと出ることを確認すると、梢は、着ていた服を全部脱いで、浴室に入った。

 確認しても、やはり水しか出ないが、この暑さなら逆に水の方が心地良かった。

 頭から全身まで隈なく洗い、さっぱりすると、梢は、浴室を出た。

 身体を拭いてから、タオルを頭に巻く。Tシャツと五分丈のカーゴパンツに着替えて、リビングとして使っている部屋に戻り、残っていたミネラルウォーターを仰ぐ。


 「まずは、キャンピングカーをチェックしないとな……」


 梢は、これからのことを考える。

 今日は、まだ、半年以上眠っていたせいか、倦怠感があるので、無理はせず、普段使っている軽自動車とキャンピングカーの様子を見がてら、近所の様子を見に行くだけにする。

 キャンピングカーの食糧は、旅に出る日に途中で買う予定だったので、保存食だけのはずだ。それで、数日は保つだろう。

 車で、街の様子を見るのと、できれば食料などを調達する必要がある。

 携帯は、車で移動している間に充電できる。そしたら、会社や友人、家族に連絡を取ってみることにする。半年以上も音沙汰が無かったので、少々不安ではあるが、仕方が無い。

 

 「どちらにせよ、近いうちには家を出ないといけないか…」


 梢は、呟いた。

 なんとなくの予感でしかない。

 けれど、多分、キャンピングカーで旅立ったら、もうここには戻って来れない気がするのだ。

 キャンピングカーには、夏の間、東北や北海道を回り、一度帰ってくるつもりだったので、晩春から夏の物が多い。北方面は寒いというので、多少防寒用の服などはあるが、一度、整理をし直なければいけないだろう。


 梢は、頭のタオルを取って簡単に身繕いをすると、キーケースを持って、自宅を出た。

 髪は生乾きだが、この陽気だ。すぐに乾くだろう。

 一見、変わらない通路も、よく見れば、うっすらと埃が積もっている。

 とりあえず、隣の部屋の呼び鈴を鳴らす。しかし、応答はない。一瞬、ためらったが、梢は、ドアに手を掛けた。あっさりとドアは開き、梢は、おそるおそる中を覗き込んだ。

 薄明るい部屋に、人の気配は無かった。

 つい先ほどまで誰かいたかのような状態のまま、全てが停止していた。うっすらと埃が積もっている。

 梢は、ドアを閉めた。

 たとえ、部屋に誰もいなくても、部屋に入ってみる気にはなれなかった。

 その後も、いくつかの部屋を同じようにしてみたが、無人だった。部屋によっては鍵の掛かっている所もあったが、アパートに誰も居ないのは確実だった。

 郵便受けを覗く。チラシが幾つか入っていて、梢は、それを手に取った。一応、さっと目を通そうとして、手を止める。


 【○○市××地区 緊急避難勧告】


 日付は5月のGW明けすぐだ。

 一色刷りで、慌ただしく作ったらしい簡素なチラシは、【灰塵病】の拡大による人口減少と感染の予防の為に、別の安全とされる地区もしくは隣の市への避難を勧告する内容だった。


 【○○市 緊急避難命令】


 別のチラシでは、警告レベルが上がっている。

 日付は、5月下旬。たった半月で、事態が大きく動いている。パンデミック…と言いたいが、【灰塵病】は、死体が残らない為、本当に死亡したか判別ができない。それでも、世間が危機的状況と思うほど、行方不明者―――死亡者による人口減少が顕著に現れたのだろう。

 

 梢は、チラシをゴミ箱に放り込むと、外に出た。

 照りつける太陽。9月も半ばなのに、容赦無い日差しに一気に汗が噴き出す。梢自身としては、晩春から一気に真夏に放り出されたようなものだ。おもわず、眩暈を感じてしまう。

 日陰に逃げ込みたいのをぐっと我慢して、駐車場に向かう。

 半年も放置されていたせいか、うっすらと汚れているが、自分の藍色の軽自動車が無事に置かれているのを確認する。ロックを解除して、ドアを開け、キーをセットする。エンジンを掛けると、異常無くエンジンが掛かる。計器などを確認するも、特に異常は無いようだ。

 ほっとして、エンジンを止め、梢は車から出る。

 ガソリンも満タンではないが、ほどほどあるので、近くを回るくらいなら、問題ないだろう。

 梢は、車のロックをして、駐車場を出た。


 近所の様子を見るも、誰もいないようだ。

 しっかりと戸締りがしてる家や店は、おそらく避難したのだろう。ぽつぽつと開いたままの家や店もあり、梢は、小さく息を吐いた。

 おそらく、人が消えたのに気付いても、感染を恐れて、誰も近づけなかったのだろうか。

 原因が分かっていれば、対応はできる。

 しかし、【灰塵病】が【魔素過剰症】として、魔素=魔力を操作し、中和までできる人間がいない状況では、根本的な問題は解決しない。

 そもそも、【魔素過剰症】にしても、治療方法は無いのだ。

 魔術師―――特に、魔力操作に長けた、魔力相殺による中和を使うことができる者なんて、クラルスの生きていた異世界でも、そんなにいない。たまたま、クラルスが、その魔力操作に長けた魔法使いだっただけで、それは、もう運が良かったというしかないレベルだ。

 魔力操作による他人の体内の魔力調整なんて、非常に難易度の高い技術だし、中和もまた然り。しかも、長期間を要するのだから、これを“治療”とは言えない。

 梢だって、自分自身だから、無意識にできたことであって、他人にやれと言われても無理だ。

 まぁ、実際的に言えば、今の梢に“魔力操作”以前に、“魔力感知”もよく分かっていないのだから、“知識”として知っているだけである。

 

 梢が、こうして生き延びたのは、“前世の記憶”が蘇るというイレギュラーが発生した為でしかない。

 梢の前世の、クラルス=コードが、たまたま、魔術師で、【魔素過剰症】に対する処置方法を知っていたという、奇跡的な偶然が重なった結果なのだ。

 梢自身に、なにかできるということではないのだ。


 それでも、やるせないような複雑な気分で、梢は、近所の様子を確認して、誰もいないことを確認する。途中、最終の避難命令という内容のチラシを見つける。日付は6月の半ばだ。

 それ以降、おそらく誰も、この街に戻ってきていないのだろう。

 アパートから歩いて5分も掛からない、2車線の国道に出る角にあるコンビニは、入り口のガラスが割られ、荒らされていた。

 梢は、一応、割れたガラスのそこから中に入ってみる。

 雑誌類は、6月始めの日付のものが多く、陳列棚の弁当やサンドイッチ、パンやおにぎりなどがほとんど無かった。壁沿いの冷蔵庫の中の、ペットボトル類もあらかた消えている。

 おかげで、食品が腐ったような臭いは、さほど酷くない。

 バックヤードも覗いたが、人気はなく、埃が舞うだけだった。常温で置かれていた1.5ℓのミネラルウォーターを2本を持って、店内に戻った梢は、買い物カゴに、棚に残っていたインスタントの食品類やカップ麺を適当に放り込んでいく。ついでに、大丈夫そうなお菓子類も入れる。

 荒らされた割には、保存食がけっこう残っていたことに、梢は、内心ラッキーに思った。

 

 食料品を中心に、コンビニで物色したものを入れたカゴを手に、家に戻る。

 キャンピングカーも見に行きたいが、思いのほか疲れたので、明日に回す。まぁ、急いでも仕方が無い。

 キャンピングカーは、日本のコンパクトなタイプではなく、居住性に定評のあるヨーロッパの会社の“バスコン”と呼ばれるタイプのものである。観光バスより一回り大きい車体は、アパートの駐車場では停められず、近くの契約駐車場を借りて停めてあるのだ。

 

 「とりあえず、明日にしよう」


 キャンピングカーから保存食を取ってくるつもりが、おもわぬ収穫を得た。

 梢は、買い物カゴを手に、意気揚々と部屋に戻ることにした。



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