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2.彼が知った、彼の前世とその記憶

続きをどうそ~(´・ω・`)

 「“世界”もまた、生き物(・・・)だよ」と、彼は言った。

 「この世界の古い時代の遺跡の幾つかは、まったく異なった文明だ。それは、君も知っているだろう?気付いているだろう?“魔法”とは異なる、けれど、魔法以上に不可思議な技を持った文明が、この世界に栄えていたなんて、信じられるかい?

 遺跡は残っているのに、その痕跡が、継承が、この世界のどこにも無いなんてありえないだろう」


 穏やかな低い声だ。男の声だ。

 淡々としながらも、どこか狂信的な熱を帯びた饒舌さ。未知への畏怖と憧憬を囁く魅惑の言葉。

 証拠なんて無い、突拍子もない自論を展開し、子供のように無邪気に語る。

 

 「ねぇ、クラルス=コード。

 “世界”は、生き物だ。時に、互いの生存の為に喰らい合うことも然り。これらの遺跡はね、食われた(・・・・)世界の“夢の残滓”っていう感じなんだろうね。

 なにも無いんだ。空っぽなんだ。ただの空の骸に過ぎないんだ。

 君が探している【真音(ラール)】も、神の奇跡も何もない。これは、別の世界があったということだけを示す虚無の骸。この世界に喰われた(・・・・)哀れな世界の……」


 それがどうした?!と、叫びたかった。

 だが、出たのは小さなため息一つ。

 そんなこと知るか。自分は、歴史学者でもどこかの神の宗教家でもない。ただの“魔法使い”だ。

 【真音(ラール)】――――神の言葉。力を宿す音、文字。

 古の時代に“魔法”と呼ばれたその根源にあったそれらを集めて、自分の研究を、自分の“魔術”を追い求める一介の魔術師でしかないのだ。

 8つの母音と27の子音。崩された、その言葉―――【上位神音真語(クリュニア・ラルド)】と呼ばれた“魔術”の基礎となる言葉ではなく、その大元を求めているだけだ。

 その為に、各地に残る古代の遺跡を探し歩き、そこにある遺物を調査してきた。

 


 「うん。知っているよ。だからこそ、目的は違うけど、同じく遺跡を渡り歩く僕と君が出会った」


 暗闇に、ランタンの明かりで浮かび上がる優男の微笑み。

 淡い色の髪は長く、三つ編みに纏めているが、首に巻いても尚長い。その金にも銀にも見える髪はくすんで艶が無い。その薄い紫の目は、いつも夢見るように遠くを見ている。

 すらりと背が高く、布を幾つも重ねるような不可思議な服装で、見た目は20代半ばなのに、いつも若いのか老いているのか分からない印象を受ける。

 まるで、道化師のように大仰に、滔々と、饒舌に自論を語る男。エル・エリエラ。

 彼を呆れたように見るのは、まだ20歳にも満たない少年だ。艶やかな金髪は、やや長めの短髪。色白の肌に、整った怜悧な顔立ち。そこに輝く知的な新緑色の瞳の、小柄な少年。


 どこかの遺跡の、廃墟の広間で、一夜を明かす2人の旅人。

 暗闇の中、唯一の光源であるランタンの灯りが埋もれた遺跡の一部を浮かび上がらせる。地下の奥底んい埋もれた古い遺跡だ。歴史に遺された大陸を統一し、高度な魔法文明が栄えたと言われる【魔法帝国】の遺跡よりも深く、古い。魔物すら住まない太古の遺跡だ。

 幾つもの遺跡を渡り歩く者だけが知る、歴史という時間に埋もれ忘却された時代の遺跡だ。

 そこで夜を明かす、自分の魔術の研究の為に、遺跡を渡り歩く少年と自分の奇妙な自論の為に、遺跡を渡り歩く男。

 こうして、時々、遺跡でかち合っては、夜を共に過ごすくらいの仲だ。


 「でも、君は、こうして黙って、ちゃんと僕の考えを聞いてくれるだろう?」

 「世迷言半分。でも、あり得ない(・・・・・)って確証もない。否定する要素も、また無い」

 「ふふふ…。そう言ってくれる君が好きだよ」


 憮然とした少年の言葉に、彼は、ふわりと微笑んだ。


 「こうして聞いてくれる君に、今日は、付与魔術の新しい術式でも語ろうかな?それとも、こないだ話した病の対処法?」

 「両方。……聞いといて損は無い」

 「ははっ!流石だね!そう、損は無いよ。どんなことでも、考える材料にはなる」

 「知っているさ。【魔素過剰症】だっけ?……確か、魔素がほとんど無い場所で育った人間が、魔素の多い土地に行くと掛かる病だっだよな」

 「そう。珍しいけど、魔素がとても少ないっていう土地も世の中にはあるんだよ。そういうところで育った人間は、魔素に対する耐性が無いか、もの凄く低い。最初は、眩暈や息切れ、違和感。それから、肌に青い斑点、倦怠感、吐き気、意識の混濁、さらには、身体そのものが魔素に負けて、崩れて死に至る。

 恐ろしいだろう。崩れた人間の“粉”を吸いこむと、魔素に耐性のある人間でもこの病に掛かる。なにせ、“粉”は魔素を濃縮した塊みたいなものだからね」

 「……怖い病気だな」


 膝を抱き込んだ少年は、自分の毛布を引き寄せる。

 地下に埋もれた遺跡の中だ。頭上を見ても、夜の星の煌めきは見えない。今が本当に夜なのかも、本当は分からない。ただ、手持ちの“時計草”の色変わりでの判断でしかない。

 時計なんて高価なものは買えないから、遺跡の中では、“時計草”だけが時間を知る方法だ。


 「心配はいらないよ。クラルス。君は、魔素…魔力操作は得意でしょ?身体の中の魔力を調節しながら、過剰な魔素を中和する。時間は掛かるだろうけど、それでなんとかなる。

 少しずつ魔力に身体を慣らして、魔力、魔素への適応を上げる。まぁ、それに伴っての身体的影響は出るかもしれないな。なにせ、魔素。魔力自体が、神の力、神の奇跡。君が探す【真音真記(ラール・ルーン)】の力と根源は同じなんだから」

 「……今日は、いつにも増して饒舌だな。エル・エリエラ」


 ふわぁとあくびをする少年は、毛布をかぶって横になる。

 襲い来る眠気の波には逆らえそうにも無い様子だった。丸くなる少年に、エル・エリエラは「おや?」と片眉を上げる。いつもなら、まだ、起きている時間なのだ。


 「まだ、君の一番の関心事である付与術のほうを話してしないよ?……まぁ、君なら、そのうちこの式も理論も見つけちゃうだろうけどね。

 なにせ、君は、本物の“魔法使い”になる子だから……」


 残念そうに、けれど饒舌に話す男の声を子守唄に少年は、眠りについた。

 自由な男は、おそらく、少年が目を覚ます頃にはもう、そばにはいないのだろう。寝ていて起きない男を少年が置いていく場合もあれば、その逆もある。

 そうやって、何故か、半月から3カ月も経たず、いつも再会して、夜を過ごすのだ。それが、むしろ楽しみになってしまっている自分がいる。

 なにせ、魔術師は孤独なのだ。一人は、本当に寂しいのだ。

 それにいつまで経っても慣れないでいる自分に、果たして“魔術師”の資格があるのだろうか。


***  ***  ***


 「………エル・エラエリ………」


 自分の声で、目が覚めた。

 目に優しいモスグリーンの布地が、視界に映る。二度、三度、瞬きをして、春日梢(かすが しょう)は、意識を取り戻す。

 見慣れた部屋だ。社会人になってから住んでいる部屋。2DKの自分の“城”である。

 

 「……生きている?」


 出した声はかすれていた。身体が重く、倦怠感が半端ない。

 ソファに身を投げ出したまま、梢は、ぼんやりと自分が死んでいないことを知る。いや、死んでいたら、身体が灰と化して、崩れていて、春日梢という人間の形の欠片も残ってはいないだろう。

 確認すれば、五体全部があるようだ。


 「……斑点が消えている」


 のろのろと時間が掛かったが、手を上げて、視界に映せば、色白―――というより病人のように青白い肌しかない。倒れる寸前にちらりと見た点々とした青色は、どこにもない。

 ふと、夢を思い出す。

 鮮明な夢だ。別の人間―――クラルス=コードと呼ばれる少年になっていた“夢”。

 否、夢ではない。

 あれは、そう、“記憶”だ。春日梢という人間が生まれる前の、記憶。


 「……いや、いやいやいや、ネット小説ネタじゃあるまいし……」


 ライトノベル系小説ネタでは、異世界トリップやら勇者召喚に次いで人気のある、転生もの。確か、現代日本人の前世を持つ主人公が、転生して異世界に生きるというネタだ。

 ならば、その“逆”があってもおかしくはないだろう。

 現に、梢の中には、“クラルス=コード”という人物の記憶があるのだ。もちろん、全部の記憶を思い出したわけではないが、彼が生きた世界の、魔術に関するものを中心に知識はある程度分かる。

 そう、魔術。魔法。――――クラルスの生きた世界は、別世界らしい。

 いわゆる、ゲームや小説、漫画などの二次元にある“剣と魔法の世界”。但し、国によっては、“銃”の存在もあったり、微妙に科学っぽいものがある国もあった気がする。


 「………エル、喰われた世界の文明もこれって継承されてないか?」


 ふと、“夢”に見た、かつての“旧友”にぼやく。

 春日梢になったからこそ分かる。異なった文明―――おそらく科学のことだろう―――は、消滅したわけではないと。魔法と同化して、【魔導具】や【魔機】などの分野に受け継がれたのだろう。


 しばらく夢の余韻に浸るようにうだうだしていた梢だが、日が高く上っているらしいことに、倦怠感の残る身体をようやく起こした。

 気を失ってから、一体、どれくらい時間が経ったのだろうか。

 違和感は、感じる。それは、微妙なものだ。

 クラルスの知識を得た梢は、それが【魔素】であると、もう知っていた。

 【魔素】あるいは【魔力】。別名マナとも呼ばれる、魔術を使う為の、力の源ともいうべき要素だ。

 

 「でも、地球には、【魔素】は無いはず……」


 否、無いわけではない。ただ、非常に魔素が低いのだ。それこそ、大昔は濃密に世界に満ちていたのだろうが、科学が進むにつれて、急速に減っていったのだろう。どうやら、魔素と科学は相性が悪いらしい。クラルスの生きた世界でも、魔法よりもカラクリ―――科学に力を入れた国では、魔素が少なく、魔術師に忌避された土地になっていた。

 どういう関係があるかは分からないが、科学が栄えると魔素は減少するらしい。


 「なら、どうして今頃、急激に魔素が満ち始めてるんだ?」


 そう。クラルスとしての“記憶”から得た知識を当て嵌めると、おかしいのだ。科学文明が発達して、魔素――魔力が失われた地球。なのに、どこからか突然、魔素が世界に満たされ出した。その影響で、【灰塵病】―――すなわち、【魔素過剰症】が流行し、人口が激減する。

 満ちた魔素の影響は、おそらく人間だけではない。動物にも、植物にも、世界そのものに大きく影響していくはずだ。


 ――――世界が変わっていく。


 その考えに行き当たり、梢はぞくりとした。

 昨日まで当たり前だったものが無くなる恐怖。世界が滅びるわけではない。けれど、確実に、これまでの人類の文明は変わるだろう。ひょっとすれば、完全に失われるかもしれない。

 それこそ、古き友人―――エル・エリエラが求めていた“失われた文明”のように。


 「……あー……」と、梢は、頭を抱えた。

 寝起きだからだろう。いや、“前世の記憶”を取り戻した影響だろうか。

 あまりに、突拍子もない考え―――答えを出そうとしている自分に気付き、梢は、頭を振った。まるで、前世の自分という“亡霊”にとり憑かれたかのようだとも思う。


 「俺は、春日梢。今年39歳で独身……」


 そう。クラルス=コードという、金髪緑眼の魔術師などではない。夢で見た“記憶”は20歳前の青少年だったが、彼は、あの世界では珍しく若い見た目のまま、200歳近くまで生きた人間だ。

 さすが、魔術師。ファンタジーな設定だ。


 身の上を口にして、少々虚しくなる。特に、“独身”という辺りが。

 溜息1つ、梢は、立ち上がって、洗面所へと向かった。顔でも洗って、頭を冷やした方がいい。

 どうして“前世の記憶”が復活したのかは分からないが、梢の中にある(・・)のだから仕方が無い。それを否定するほど、頭が固い訳でもない。だが、自分は、今、“春日梢”であって、“クラルス=コード”ではない。おそらく、一気に復活した情報量に脳がパニックを起こし、混乱しているのだ。

 

 梢は、洗面所で顔を洗った。

 掛けてあったタオルで顔を拭う。


 「ぶ……っ?!」


 梢は、おもわず吹き出した。タオルが、妙に埃っぽかったせいだ。

 梢は、手にしたタオルを見た。

 タオルは、長期間使われておらず、放置されていたかのように、変色して、綿埃をかぶっていた。いや、それだけではない。歩いてきたフローリングもうっすらと埃が積もり、歩いたところだけ足跡がついている。

 ようやく、目が覚めた感覚で、梢は周囲を見た。

 部屋が埃っぽい以外は、気を失った時のままだ。まぁ、翌日の朝から家を空ける予定だった為、リビング代わりの部屋以外は、長期留守用にきちんと整理と掃除が済ませてあったから、埃ぐらいしかないだろう。

 まるで、長期間、放置された部屋のようだ。

 ふと、洗面所に置かれたデジタル時計を見た。

 午前11時過ぎを示すデジタルの下、日付を表す数字がおかしいことに気付く。


 「……は?」


 その日付は、梢が意識を失った4月の下旬ではなく、9月の中旬を示していた。梢は、一瞬、自分の目がおかしくなったのかと思った。それか、時計が狂ったのか。

 

 「………え、えええええっ?!!」


 そう思い、時計を覗きこんだときに、洗面所の鏡に映った自分を視界に入れ、梢は、さらなる違和感に気付く。思わず、鏡にしがみつき、マジマジと鏡に映った自分を見て、声を上げてしまった。

 そこには、39歳の見慣れた自分ではない自分が映っていたからだ。

 背や体格はそんなに変わらない。けれど、艶々とした肌や幼さが残る顔立ちは、どう見ても、過去の自分―――大学に入った頃の、20歳前後の若い自分の顔だったのだ。

 

 ………わ、若い。


 梢は、思った。見た目、そう変わらないと思っていたが、やはり、確実に年を取っていたということか、目の前に映る自分は、若かった。

 それが、逆に頼りなくも見える。


 ふと、“夢”の中で、かつての友人が―――エル・エリエラが言っていた言葉を思い出す。


 『……少しずつ魔力に身体を慣らして……まぁ、それに伴っての身体的影響は出るかもしれない…』


 ある“仮説”が、梢の中で形になる。

 突拍子もない現状を全て説明できる、ある1つの仮説が…。


 「え、ええええぇぇぇぇぇ~…………??!!」


 それでも、梢は、それが信じられなくて、今度こそ本気で頭を抱え込んだのだった。

 

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