1. 彼が長期休暇を取る理由
この物語はフィクションです。
ちなみに、作者は車やキャンピングカーにまったく詳しくありません。
全て、ご都合主義設定でお送りします(笑)
生温い視線でスルーして頂けると、非常に助かります(´・ω・`)
街は、無人だった。
青年の記憶では、半年前までは、いつもと変わらない日常があった。
半年―――それをどうとるかは、それぞれだろう。
青年にとっては、つい昨日のことのような感覚だった。
無人と化した街の大半は、半年前と変わらない。けれど、一部の店舗が、そのガラス張りの壁が破られ、中の物が荒らされた形跡があった。半年前には見られなかった、植物の異常繁殖で、ビルに蔦が巻きつき、窓ガラスが割れた廃墟と化している場所や、伸びた草にアスファルトの道路が隆起し、ひび割れている場所、かつて公園だったのだろう場所が、巨大な木々に埋もれた別のもの―――まるで森のようになっていたりと、異常ともいえる光景がちらほらとあった。
電気は通っていないらしく、信号は暗い。
街は、放置されたままの場所と準備を整えて避難したのだろう場所が混在していた。
盗難にあったコンビニやスーパーなどは、おそらく、この街が放棄された後に何者かが入り込んだ故の犯行なのだろう。そう、“放棄”だ。この街に、あてはまる言葉は、それが一番ぴったりだ。
「……ここも、かぁ」
路上に立つ青年は、ガリガリと頭を掻いて、呟いた。
年は20歳前後。黒髪黒眼の痩型で、色白の肌の青年である。背は、175cmはあるだろうか。ホワイトグレーの五分袖Tシャツに黒のジーンズ、その上に丈が長めの紺色のカーディガン姿である。
一見、どこか怜悧な印象のある顔立ちだが、口を開くと、穏やかで人の良さそうな穏やかな空気を纏う。
「うーん、どうしよう?」
青年は、困ったように首を傾げる。
「誰もいないよねぇ。いないんだよねぇ。…今後の為にも、補給してもいいかなぁ?」
腕を組んで、迷うように呟く。
人気が全くない街。見る限り、公共的に電気も通っていないだろう。いつからこの状態なのかは不明だが、少なくともここ数カ月以上はこの状態だったのだろう。
人がいなくなった街は、ただの廃墟だ。あっという間に朽ち果てる。
「スーパーとかの備品を持ち出さずの避難ってことは、一時的なものと思っていたか、あるいは、緊急を要するものだったか………」
「お兄ちゃ――――んっっ!!!」
ぼやく青年の言葉を遮るかのように、綺麗な高い声が響く。
見れば、大型犬を連れた小柄な少女が、大きく手を振りながら、青年の方に駆けてきていた。艶やかな黒髪を肩で揃え、整った顔立ちに黒目がちの大きな目、色白の肌。着物が似合いそうな和風の美少女である。しかし、今着ているのは着物ではなく、黄色いパーカーに色あせたジーンズにスニーカーという活発な格好だ。
少女が連れている大型犬は、くすんだ蜂蜜色の毛並みに黒目の、ゴールデンレトリバーだ。まだ若く、愛嬌のある穏やかな顔立ちに、澄んだ目に賢そうな光を宿す。長い尾がパタパタと揺れていた。
「あっちに、ジ○セコ見つけたよ!!ついでに、ガソリンスタンドも!!」
「よし、補給しようか!」
少女の言葉に、青年は、あっさりと己の悩みの答えを決断した。
*** *** ***
青年―――春日梢は、39歳の独身男である。
同年代が結婚し、子供も出来、親父化と同時に貫録をつけ始める中、婚期を逃した“負け犬組”である。独身のせいか、見た目は若く、時々20代後半に間違われることもしばしばあった。
大手企業の子会社の営業職で日々を稼ぎ、暮らす日々。
一応、そこそこの四大を卒業しているし、一時期は、結婚も考えた彼女もいた。
けれど、婚期を逃したのは、その彼女の手酷い“裏切り”だった。
大学時代からの恋人だった。社会人になってからも、こまめに連絡を取り合っていたし、ちゃんと季節のイベントも記念日もこまめにお祝いをしていた。時には、サプライズをして驚かせたり、将来のことも話し合った。お互いに、結婚を意識していたと、梢は思っていた。
だから、密かにプロポーズする為の結婚指輪も選んでいたのに、ある日、突然、「私、この人と結婚するわ!」と、別の男を紹介された衝撃は今でも忘れられない。
なに?つまり、俺って二股かけられてたの?!5年以上付き合っていて、やることもやってたのに?!!という憤りも何も、あまりのショックに固まった梢が反応できなかったのには、罪が無いだろう。
なにせ、梢は本気だったのだ。
本気だったからこそ、あまりのショックに反応できなかったのだ。
それを、挙句に「あなたのそういうところがダメなのよ!」と言われ、さっさと立ち去った彼女に唖然とし、それが夢だったのではと、その後数日間の記憶が曖昧だった。
しかも留めとばかりに、彼女から結婚の招待状が送られてきたときには、「酷い。酷過ぎるだろ、これ!!」「傷口に塩をぐりぐりと練り込んでやがる!?」と友人たちに酷く同情されたぐらいだ。
正直、泣いた。男泣きに泣いた。人生であれだけ泣いたのは、初めてだ。
そんな経験からか、どうも女性不信気味になったらしくて、付き合っても長続きしないのだ。
そうこうしているうちに、30を過ぎ、35を過ぎ、すでに40近くになってしまった。
梢は、ある日、友人の誘いで、キャンピングカーの展示イベントに行った。
すでに既婚者である友人は、家族の為のキャンピングカーを選ぶ目的だったが、その展示場で、梢はふと思った。「そうだ、旅にでよう!!」と。
唐突な思いつきだった。
コンパクトな設備の日本のキャンピングカーも良いが、居住性に優れた外国のキャンピングカーで気ままな一人旅。国際免許を取れば、それこそ、そのままフェリーなどで海外にも行けるだろう。
夢が膨らんだ。
こんなにわくわくした気分になるのは、久しぶりのことだった。
40手前という、そろそろ“若くない”年代に入る前に、一旗上げる――――というよりは、最後に何か挑戦したい。そんな心情だったのだろう。
あるいは、女性不信気味に鬱々とした日常を払拭したい。そんな気分だったのかもしれない。
彼女と結婚する予定だったし、日々が忙しい営業職。時々、ゲームや漫画などは買ったが、特別な趣味があるわけではないし、貯金は十分にある。
今の時勢、長年務めてきた会社とはいえ、“長期休暇”を取るのにはかなり難航したが、最終的には親戚の“コネ”を使って、1年間の長期休暇を獲得した。
退職しなかったのは、“旅”というのは一過性のものでしかないからだ。
旅に出て、40過ぎて再就職を探しても、雇ってくれるところなどありはしなだろう。
だからこぞ、“コネ”を最大限使って、無理矢理休暇をもぎ取った。復帰後が怖いことは怖いが、まぁ、そこはなんとかなると思いたい。
長期休暇の申請やら諸手続きなども含めて、1年かけて―――その間も旅の資金の為に、真面目に働いていたが―――様々なことを準備し、特に旅の相棒となるキャンピングカーは、慎重に選んだ上にオーダーカスタムもして、自分の理想を作り上げた。
こうして、4月下旬のGW前に、念願の長期休暇に入った梢は、あることを忘れていた。
御時世というものを、まったく考慮していなかったのだ。
というのも、梢が旅に出る3年程前、後に【大災害】と呼ばれる大地震があった。
日本全のほぼ全土を襲った大地震だ。
震源は太平洋上で、震源も深かった。発生した場所が悪かったらしく、日本が乗っかる3つの大陸プレートに揺れが響いたことによる日本全土に影響する地震になった。
しかし、想定よりも遥かに被害は少なかった。
起きた時間帯が午後を過ぎた辺りだったのも良かったのだろう。
さらに、近年各地で起きた震災などによって、人々の防災意識が高まっていた事や諸々の要因が良い方向に働いた結果、地震後の津波や街中での火事による被害などは最小限に抑えられたのだ。都市圏での帰宅困難者によるパニックはあったが、時間が経つ中で交通機関の復帰などで解消され、被害の大きかった地域に関しても、世界が驚く冷静さと素早い対応で復旧が行われた。そして、約1年後には各地の大半は日常の落ち着きを取り戻していた。
だが、問題は、その後起きた。
【大震災】ではなく、【大災害】と呼ばれる原因は、この地震後に起きた諸々も含まれているからだ。
各地に発生した【奇病】―――【灰塵病】。
これは、大地震直後から実は発症例があったが、この時点では確認されていなかった。最初は、ほんの数人程度。だから、地震による行方不明者などに加えられてしまったのもある。
この病気に、人々が気付いた時はすでに、世界中に広がっていた。
【灰塵病】は、あるとき、突然、人が灰塵の如く崩れて消えてしまう奇病である。
そう、人が消えてしまうのである。
なので、目撃例があっても、行方不明者として片付けられてしまい、発見が遅れたのだ。巷では、性質の悪い都市伝説として広がっていたが、それを信じる人が少なかったのである。
とはいえ、消える人が無視できないくらい多くなれば、話は別である。
パンデミックとまではいかないが、人が消える【奇病】が世間で騒がれたのは、震災後2年目の半ばだった。 その後、【灰塵病】は、発症すると身体に青い斑点が出ることや崩れた人の周囲にいて、その“灰”を吸うことで感染が広がることなどが分かり、対策が取られるようになった。
原因や治療法は見つかっていなかったが、感染者の早期発見や隔離で、二次感染を防ぐことで、人々はようやく一息つけたのである。
【灰塵病】で、人口が激減した街や集落は、人々の不安もあり、他の地域への移住や避難措置が取られたりした。さらに、各地で犬などの動物の凶暴化や不可解な植物の増殖、異常気象などが起きていた。
それらは、日本だけではない。
規模の差はあったが、世界中に似てようなことが広がっていたのだが、日本では、とりわけ日本全土の震災後からというイメージが強くあり、【大災害】と呼ばれるに至ったのである。
そんな危険な御時世にも関わらず、確かに、日常的には大半の人が、変わらない“日常”を送っていたわけで、梢もそんな中の一人だった。
人間、自分の身に降りかからないことは、無関心でいられるのである。
念願のキャンピングカーを受け取り、長旅の為に家の中を片付けて、必要な物をキャンピングカーに入れた。さらには、近くの大型スーパーなどを回り、保存食や備品、足りない品物などを買い集めた。
長期休暇を取ってからの一週間は、そんな感じで忙しく追われた。
万が一の為に、まとまったお金を銀行から下ろして、自宅に帰った梢は、準備万端を確認した。キャンピングカーのガソリンも満タンで、後は、明日の朝、出発するだけである。
予定としては、北に向かう予定だった。
各地のキャンプ場やキャンピングカーを泊めれるポイントもちゃんと事前に調べてある。基本は車中泊の予定だが、温泉地とか時々はホテルや旅館に泊まろうかとも思っている。いくら、居住性が良いとはいえ、やはり、車中泊ばかりでは気が滅入るし、疲れるだろう。
地図を広げて、進路の予定を考えていた梢は、ふと、違和感を覚えた。
「え、……あれ?」
急に息苦しく感じられた。なにか、濃い気配にひやりとした。それは、何故か、どこか懐かしいものだった。まるで、急激に酔ったかのような酩酊感と吐き気、気分の悪さ。
ぐらりと視界が揺れる。
慌てて身体を支えようとするが、身体に力が入らず、ずるずると座っていたソファに横倒しに倒れた。
ふと、手の甲が視界に入った。あまり日焼けしない自分の手の甲に、青い点々が浮かんでいるのを見た。じわりと、滲む不安感。脳裏を走ったのは、流し見していたテレビのニュースだ。
【灰塵病】。――――原因不明の奇病。
でもあれは、感染者の崩れた“灰”を吸うことで感染するものだったはず……と、梢は思った。
「ちがう………」
この感じ―――感覚は、【魔素過剰症】だ。
魔素―――魔法の大元、マナの別名。魔力といってもいい。魔術師が、魔素の多い場で起こす【魔力酔い】よりも酷い症状。魔力適性の低い人間が起こす病である。
眩暈や吐き気など通常の【魔力酔い】から症状が重くなると、意識が混濁し始め、最後には意識を失う。さらに症状が進むと魔素への耐性が無くなり、肉体が一気に崩れて死に至る。
ただ、魔力の適性が低くとも、魔素が日常的に一定量ある世界だ。大半の人は、魔力に耐性があるから、掛かる可能性は少ない。だから、一部の魔素の低い地域でのみ掛かる“奇病”として知られていた。
具体的な治療法は無い。不治の病として知られている。
だが、魔力操作を得意とする魔術師なら、身体の中の魔力を操作し、中和の魔力で致死分の魔素を中和し、少しずつ身体を魔素―――魔力に慣らしていけばいい。
そう。“魔術師”なら、魔力を操作して体内に入った魔素を中和すればいいのだ。
混濁する意識の中で、梢は、はっと我に返った。
「なに?」
今、何を思った?何を考えた?
梢は、混乱する。
自分は、今、何を考えた?魔素?魔法?魔術師?……ゲームや漫画、アニメなど二次元じゃあるまいし、この科学が発達した現代社会にはあり得ない。
それを、“自分”は、何故、当たり前のように思ったのか。
――――――頭が痛い。
ずきずきする頭痛に、梢は顔をしかめた。
頭痛を感じた。内側から響くような嫌な頭痛だ。
痛みは、生きている証だという。なら、今まだ、春日梢という自分は生きているのだ。
「くそ、せっかく長期休暇とったのに……」
……旅にも出てないのにこんなところで死ねるか!
そう思いながらも、梢は、動けなかった。
ずきずきと痛む頭痛だけが、梢の中で、唯一己の生存を確認する術だ。
そして、梢は、そのまま意識を手放した。
あ、中途半端…………(゜◇゜)ガーン