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お返しはテホドキのあとで(4)

 チッポへ

 あれからいろいろあった。

 いろいろってのは、お前が説明してくれた【カルマポイント】に変換するための被虐指数を稼ぐために、形振り構わず恥も見栄も外聞も捨てたってことだ。

 とはいっても、もちろん法に触れるようなことはしてないからな? せいぜい変わったことといえば、三点倒立をしながら接客に臨んだり、日直当番を担当した日におれの名前だけ創英角ポップ体で貼りだされたり、教師や敷島母のことをお母さんと呼び間違えたり、ショッピングモールの婦人服売り場で女装に着替えさせられたりしたくらいだ。最後のは少々綱渡りが過ぎたが。さすがに本物の手錠をかけられて最後の日を迎えたんじゃ、申し訳が立たない。つか、家族に二度と口を利いてもらえなくなりそうだ。

 ところでチッポ、おれがどうしてこんな文章を書いているかっていうとな、包み隠さず本当のことを伝えたいからだ。

 おれは、お前にどうしても伝えたいことがあって、こうしてメモアプリに書きこんでいる。多少、回りくどくて読みにくいかもしれないが、大目に見てくれよな。

 正直なところ、お前の存在も、カル魔界のことも、おれが召喚されることもまったく信じていなかった。頭のいかれた、電波女の戯言としか思えなかった。いや、男の娘か? 結局お前がどっちだったか聞きそびれてしまったな。

 今日は最終日。三月十二日の早朝だ。これからおれたちは登校時間よりも前に学校へ行き、最後の仕上げに取りかかるところだ。屋上で四つんばいになって半ケツを出しながら、敷島と葛城の二人から尻を叩かれつづける。そういう手筈になっている。自分で書いてて悲しくなってくるが、もういちいち考えていたら前には進めないんだ。

 そのことを、お前――チッポが、教えてくれたんだよ。

 今回のことは、周りを見下して甘えた生き方をしていたおれに対する罰だったんだと思う。努力も工夫もせず、そのくせ結果だけを求めようとして、望んだ結果が得られないと自分を棚に上げて他人のせいにする。今だって、努力の限りを尽くしているとは自分で思ってはいない。最終日になってから夏休みの宿題に追われる小学生並みに追いつめられないと、何もできない人間のあがきを努力と呼ぶのは、あまりにも虫がよすぎる。

 そういう性根だったから、カル魔界に選ばれてしまったのかもしれない。

 なあ、チッポ。

 お前に言っても、首を傾げるだけかもしれないけどな。

 お前は、お前という存在自体が奇跡みたいなものだったんだよ。

 カル魔界とは、精神世界だ。最初にお前はそう説明してくれたよな。ある人がカル魔界について補足してくれた。彼女は自分のことを“観測者”と称していたが、ふだんはアイドルグループの一員として活動している現役女子高生だ。まったくもってわけのわからない奴だったが、裏づけが取れた今となっては、全部信じざるをえなくなった。

 精神世界は、人々の深層意識がより集まってできた世界で、現実世界とは異なる理で存在している。物質世界とはかかわりを持たない世界。そうだったよな。

 それにもかかわらず、現実の世界にまで影響が及んだのは、意識のないまま眠り続ける本物の葛城珠が、カル魔界の構成に多大な影響をもたらしたからだ。その影響が原因で、おれはカル魔界に連れて行かれそうになり、お前はナビゲーターとしておれの前に現れた。

 チッポ。

 いつも余計なことばかり言って、いるだけでうざったくて、あってもなくてもよさそうな胸のことを気にしていて、絶望的に空気が読めなくて、肝心なときに役に立たなくて、かまってちゃんだったけど。

 お前は、奇跡から生まれた存在だったんだって、今ならわかるんだ。

 お前は自分のことを『落ちこぼれ』だと言ってたよな。

 ノルマを達成できず、女王から勘当されて、国を追われてきたと。

 それは、お前のせいじゃなかったんだ。

 お前は、お前という存在は、カル魔界にとって“イレギュラー”だったんだよ。わかるか? イレギュラーって。ばかにするなって?

 そう、変則的な存在。

 チッポは、カル魔界を終わらせる存在として、生まれてきた。誰かの深層意識の一部でもあって、誰でもない。言わば、精神世界から落ちて、こぼれた子供。

 それが、お前だったんだ。

 ゆえに迫害された。精神世界の秩序と安寧を守るために。

 世界から失敗を望まれていたお前は、それでも諦めなかった。

 だから、あの日、第二回中間報告メールが届いた日に、事態を重く見た世界の側から、イレギュラーであるお前は消された。消されてしまった。

 チッポ。

 おれはまだ諦めてないから。

 諦めるつもりはないし、これからも探しつづけると思う。『男の子ぷらねっと』だって毎日立ち上げるし、暇さえあれば、ネットでお前みたいな奴をどこかで見かけなかったか検索する。

 お前を。うざったいほど前向きなお前の笑顔を。

 もうすぐ、最後の悪あがきが始まるからさ。一瞬でいいから、出てこいよ。空気の読めないことを言ってくれよ。ほんの、ほんの一瞬でいいんだ。

 奇跡でも、ご都合主義でも、なんでもいいから。

 ああ、もう時間か。最後に、これだけは言わせてくれよ。

 おれは、お前のこと、お前が思うよりはそんなに嫌いじゃなかったよ。


【被虐指数一〇〇%/残り期限〇日】



 追記

 雪の降りしきるなかで散々尻を叩かれつづけたわけだが、結果から言うと何も起こらなかったぞ。

 指数ゲージは百パーセントまで到達したのに、何もなかったからかえって拍子抜けだ。どういうことなんだよ、説明しろ。

 それからアプリは消えなかったし、本物の葛城珠も目覚めないままだ。

 でも、雪は降らなくなった。

 あれだけうんざりさせられるくらいに降り続いてたのに、一晩経ったら嘘のように晴れてやがる。マンションの前の植え込みには、まだ点々と溶け残ってるけどな。

 そうだ、お前にひとつ言わなきゃならないことを忘れてたぞ。

 相合傘はな、男を右側に置くのは間違ってるんだよ。おれは女じゃないっつの。

 正しくは、こうやって書くんだよ。覚えとけ。


挿絵(By みてみん)

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