モクバのご利用は計画的に(2)
「私、友達を殺したんです」
え――?
聞き間違いだろうか。およそ敷島とは縁のない物騒な言葉が発された気がするんだが。
「といっても、本当のではないですよ? そんな過去があったら、今頃こんなところで普通の生活できてないし」
「ま、まあ、そうだよな」
ビビったじゃねえか。さすがに一線を越えてしまった人間とお近づきになるのは勘弁願いたい。とはいっても、今になって殺されるのなら、たいして結果は変わらないか。まあいいや。
「イマジナリーフレンドって知ってますか、千鳥くん」
「何かの本で名前を聞いたことはあるかもしれないが。それがどうかしたのか」
唐突に飛び出した耳慣れない単語を反芻しながら正直に答えると、少し得意げな様子で説明してくれた。
「イマジナリーフレンドというのは、直訳すると想像上の友達って意味。ネットとかで調べるとすぐ出てくると思うけど、思い当たることが結構あって。千鳥くんにはなかったですか。子供の頃、自分にしか見えない話し相手がいたとか」
「うーん、どうだろうな。それって、心の中の天使と悪魔がせめぎあってる状態みたいなアレか? 理性と本能の間で揺れるみたいな」
「そういうのとはちがうかな。なんて言えばいいんだろう。私の場合だと、小学生の頃だったかな。ある日突然見えるようになったの。といっても幽霊とは違って、別に怖がらせたりはしてこないんです。なにか嫌なことがあると、どこからともなく自分と同じくらいの年頃の子が現れて、『どうしたの?』って静かに訊いてくれる、そういう存在でした」
誰にも見えない友達を思い出しながら、敷島は胸の前で両手を重ね目をつむる。
「嫌なことって言ってもね、別にいじめられてたとか、友達がいなかったんじゃなくて。跳び箱に膝をぶつけて怪我したとか、お店のエアコンが効きすぎて寒いとか、お弁当のおかずを交換してもらえなかったとか。今にして思えばささいなことばかりだけど、その時は本音を聞いてくれる相手が欲しかったのかも」
おれも倣って目を閉じてみたが、当然ながら暗闇が広がるだけで、都合よくもう一人の自分が出てきてはくれない。想像とつくからには想像力が豊かじゃないと適性がないんだろうな。
「彼女とは色んな話をしました。時に励まし、時に慰め、時に一緒に前を向いてくれる。いつしか私は、彼女と過ごす時間こそが、自分に欠けていたものを埋め合わせてくれる大切な時間だと思うようになりました。でも、でもね。ある日、私は怖くなったんです」
「怖くなった?」
「彼女が現れるのは、決まって自分の部屋の中だけでした。たぶん、領域を線引きしてたんだと思います。それをはみ出してしまったら、戻れなくなりそうだってわかってたから。『くるみ、なんだか雰囲気が変わった』って不思議そうな顔をしてお母さんから言われたときだったかな。最初、私は褒め言葉だと思ってました。少しずつ大人へと近づけている気がして。でも、それは違った。私は、無意識のうちに彼女の話し方や仕草、考えかたを真似するようになっていました。中学に上がっても、毎晩、彼女は私とお話してくれました。けれど、彼女が親身になって話せば話すほどに、自分の心の中がぽっかりと空洞にされていくんです。自分が自分以外の何者かに作り変えられていく気がして……」
組んだ手が小刻みに震える。
「無理そうなら話さなくても」
おれが言うと、敷島は強く首を横に振った。
「私は、気づけば彼女の首を絞めるようになっていたんです。何の抵抗感もなく。彼女は最後まで微笑んでいました。苦しむことも、泣き叫ぶこともなく。作った本人から身勝手に首を絞められて、だよ」
「敷島、もういいだろ」
押し殺した声で罪を独白しつづける敷島の肩を掴むと、抵抗しなかった。
代わりに、冷めた眼差しが、おれを貫く。
「まだわかりませんか、千鳥くん。私が言いたいこと」
「なんだよ、言いたいことって」
にわかに胸のざわつきを覚える。視線に耐え切れず目をそらそうとすると、追い立てるように声が重なった。
「スマホだよ。千鳥くんのスマホ。そこに私の友達がいたから」
といって、スマホの提出を要求してきた。
予感的中だ。
言われるままにスマートフォンを取り出し、手渡す。敷島は、怖いほど真剣な様子で画面を凝視しはじめた。そこに全ての元凶が閉じ込められていると信じて疑わない表情で。
おれはそれを見ながら、考えを整理しようと試みる。
誰にもばれないように注意を払っていたはずだ。他に思い当たることなんてない。
つまり、敷島はチッポを知っている。それは、どういうことなんだ。
頭の中がこんがらがってきた。
敷島が頭の中で思い描いただけの存在が、何故おれのスマホに現れたんだ。考えれば考えるほどにわけがわからない。そんなことはあり得るのか。そもそもチッポの存在自体が現実離れしているから、なんだってありなのか。
「なあ、何かの間違いじゃないのか。見た目だけ似ていたとか」
「ううん、間違いないよ。この服や髪型は、昔好きだったアニメのキャラクターをアレンジして出来たものだから、私が考えたものにちがいないんです」
「じゃあ、喋り方はどうだよ。こんな喋りかたをする奴だったのか、お前の想像上の友達は」
おれは横からチッポの身体に触れる。
すると、よだれを垂らして夢の世界に旅立っていたらしいチッポが跳ね起きた。きょろきょろと左右を見回し、憤懣やるかたない様子で正面に向き直る。
「ワタシが気持ちよく浅い眠りの世界に旅立とうとしているときに、えっちな手つきでいじめるのはやめていただけませんか。訴えますよっ。どうしても触りたい、とのことでしたら、あらかじめ申し付けていただければ夜のサービスもやぶさかではありませんが……って、ありゃ?」
敷島の耳が真っ赤に染まり、スマホを持つ手が震える。
「麻代様、まずいですよ! 他の方にワタシの存在を知られたら守秘義務違反――」
「……千鳥くん。ひとつ、いい」
「なんなりと」
「このアプリって、どういう目的のアプリなのかな」
「こ、コミュニケーション的な」
「消してね。なるべく早いうちに」
にっこりと口角を上げてみせるが、目は少しも笑っていない。
消せたらおれもこんなに苦労しないが、今の敷島に説明したところで納得はしてくれなさそうだ。代わりに、別の質問で誤魔化すことにした。
「いつから知ってたんだ」
「バレンタインの時です」
それって、最初からじゃねえか。じゃあ、ほとんど接点のなかったおれにわざわざ近づいてきたのは、こいつの正体を知るのが目的だったってことかよ。若干人間不信に陥りかけたが、考えてみれば当然の行動か。疑心暗鬼になっても、咎めることはできない。
「とにかくですね、カル魔界のことは他言無用でお願いしますからね、麻代様っ。ワタシはストーンヘンジよりも固く口を閉ざしますので」
逃げこむように、チッポがダンボール箱の中に入っていった。責任を丸投げするとはいい度胸だな。あとでお仕置きのひとつでもしないことには気が収まらない。
気まずい沈黙が訪れる。深まる夜の中を吹きすさぶ風が、いっそう寒く感じてきた。
何を口にしても薮蛇にしかならなさそうだ。いっそ物言わぬ貝になりたい。
「一応、聞いておきたいんだけど」
スマホを返すと警戒するように数歩離れて、敷島が口を開いた。
「千鳥くんは、私のストーカーじゃないよね?」
「当たり前だろ」
変態扱いならまだしも、ストーカー扱いされたらもう社会的にアウトすぎる。だいたいろくに話したこともなかった女子を追い回すくらいなら、レアアイテムを求めて狩りでもしているほうがよほど性にあっている。
「ですよね」
納得したかどうかはわからないが、ようやく安堵の息をついてみせた。それから時刻を確認して、もうこんな時間なんだと呟く。
「私の思い込みに付き合わせてしまったみたいで、ごめんなさい。今日はもう遅いから、また月曜に」
「ああ、待った」
歩き出そうとする敷島を呼び止めると、いぶかしげな様子で振り返った。
「はい」
「アプリのことは他の奴には黙っていてくれないか。とくに先輩や葛城には」
「言いませんよ。私、そんなに口の軽い女に見えますか。千鳥くんこそ、今日話したことは内緒にしてくださいね。今まで、誰にも話したことなかったから」
そういうむず痒いことをさらっと言われると、反応に困るだろ。
「今更ながら、自分で恥ずかしくなってきました。痛い子ですよね、私」
頭ごと覆いそうな勢いで、敷島はマフラーで顔を隠す。
「お互い様ということでいいんじゃねえか」
不覚にも可愛いと思ってしまったが、こういう感情こそ後生大事に墓場まで持っていきたいと思う。生憎とおれは『可愛い』を安売りしたら死ぬ病にかかってるんでね。
そして、また訪れる沈黙。今度は嫌な沈黙ではなかった。
美味い料理を食べた後で、もう料理が来ないとわかっているのに、なんとなく席を立ちたくなくなる感覚に似ているとでもいえばいいか。
けれど、時間は有限だ。意味のない相槌を互いに打ち、沈黙を破った。
「あのさ」「あの」
ベタな漫画みたいに被ってしまった。通称・幅の狭い通路で反対側からやってきた奴と同じ方向に避けようとする現象。あれ、どうして発生するんだろうな。
閑話休題。
「おれは後でいいから、先に言ってくれよ」
「いえ。千鳥くんからどうぞどうぞ」
不毛な譲り合いが繰り返されそうな予感がしたので、
「だったら、同時に言えばいいんじゃないか」
機先を制して提案する。
「あ、それいいアイデアですね」
敷島もポンと手を合わせて乗ってくれた。
「じゃあ、いっせーのーせで言うぞ?」
「はい」
合図の後に目配せして、おれたちは口を開いた。




