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二十四時間コウソクされますか(5)

「ご苦労様でした、またよろしくね」と敷島の両親から労いの言葉をかけられ、事務室で私服に着替えた。

 ふぅ、やっぱりいつもの服が一番落ち着くな。と、一息をつくのは後回しにして、今度は雑巾とバケツを持ってフロアに出る。

 終業後の『ステイゴールド』店内は、照明の光量を落として薄暗い。甘味の残り香と生暖かさが混ざった空気に安堵を覚える。

 だが――今日に限っては例外だ。


「バケツ、ここに置いておくぞ。つまずいたり、ぶちまけたりしないようにな」

「はい、ありがとうございます。転ばないように気をつけます」


 座席の下。暗がりの中で床を掃きながら答える敷島くるみの声音は、不機嫌そのものだ。屈みこんだ華奢な背中から「私に話しかけないで」オーラがひしひしと伝わってくる。

 ちりとりでゴミを集めてから、ぬるま湯で濡らした雑巾を絞り、二人で手分けして店内の清掃に取りかかる。そこまでしなくてもいいよと敷島の両親からは申し訳なさそうに言われたが、これもKP加算のためだ。

 面倒事には巻き込まれたくないが、やるからには手を抜かないのがおれの信条。ごしごしと汚れや埃を拭きとる。無心で拭く。磨く。擦る。


「あいたっ」


 目の前で星が散った。脳天に衝撃が走る。反射的に顔を上げると、敷島が至近距離で頭を押さえていた。声にならないうめきがどちらからともなく漏れる。

 やべ。集中していたせいでぶつかっちまった。


「悪い、敷島。痛かったよな。大丈夫か」

「あぅ……私はだいじょうぶですから。千鳥くんは私にかまわず掃除を続けていてください」


 言葉とは裏腹に、ぐすっと鼻を啜り上げている。思ったよりダメージは深刻そうだ。


()()が出来てたら大変だ。ちょっと見せてみろ」

「あっ――」


 手を伸ばし、敷島の頭頂部にそっと触れる。ほのかな体温が手のひらに伝わってくる。不自然に膨らんでるところは、なさそうだな。


「たぶん平気そうだ。ほんと悪いな、もっと注意しておけばよかった」

「あ、いいえ。私もまわりに気をつけておくべきでした。千鳥くんも痛かったよね。ごめんなさい」


 暗がりの中、互いに何度も頭を下げあう。今度はぶつけあわないように。

 鼻を啜っていた敷島がこらえきれない様子で、ふっと息を漏らした。やがて、さざなみのように広がり、ボリュームが大きくなっていく。それが笑い声だと気づくのに少し時間を要した。しばらくスイッチが入ったように敷島はくすくすと笑い続けていた。


「変な女ですよね、私」


 ようやく落ち着いたのか、目元を拭うと、ぽつりぽつりと語り始める。


「自分でわかってるんだけど、ひとつのことが気になりだすとまわりが見えなくなっちゃうんですよ」


 おれは黙って相槌を打ち、続きを促す。


「こんなんじゃ駄目だって、変えようと思ってもなかなか変えられないの。自分では全部見えているつもりなんですけどね。ほら、昔あったじゃないですか。ゾンビを銃で撃って倒していくゲーム。私、すごい苦手で。目の前の敵に集中してると突然後ろからゾンビに襲われて、怖くなって、お父さんにコントローラーを返してました」

「ああ、なんか想像できる気がする」


 言うほど昔のゲームでもないけどな。ってか何を娘に遊ばせているんだ、あの変態親父は。


「だから、さっきも千鳥くんたちが楽しく話しているときに、勝手な思い込みで雰囲気を悪くしちゃって。あの、気分を害してしまったなら本当にごめんなさい」


 敷島は目を伏せた。先輩といい、今日は謝られてばかりな気がする。むしろ頭を下げなければならないのはおれのほうだ。今なら耳を傾けてくれるだろうか。


「おれが先に敷島の機嫌を損ねたんだから、謝るな。元はといえば、仕事の時間中にスマホばかり見てたのが悪いんだよな。優先順位を切り替えられない人間が怒られるのは当然のことだ。おれが敷島の立場だったら、絶対に注意してた。だから、想像力が欠けていたのはおれだと思う。本当、申し訳ない」

「……えっ?」

「まわりが見えないという意味ではおれもそうかもな。ある意味で似たもの同士かもしれないな、おれと敷島って」

「は、はぁ。あの」


 何か言いたそうに敷島が身じろぎする。そういえば、敷島との距離が不必要に近づいていたことを忘れていた。あわてて掃除を再開するために、顔をそらした。


「千鳥くん」


 今更になって恥ずかしくなってきた。勢いで頭も触ってしまったが、あとで念入りに洗い落とされたりしたらどうしようか。ああ、夜中に思い出しながら人間不信に陥りそうだ。


「千鳥くんっ」

「おうふっ」


 肩を揺さぶられた。白い手袋の残像が前後に流れる。

 視線が合う。掴まれた肩が瞬時に離される。見えない断片をひとつずつ繋ぎあわせるように目を泳がせ、しどろもどろになりながら敷島は言った。


「あのね、その。千鳥くんが今使ってるスマートフォンって……」

「スマホがどうかしたか」


 予想外の質問に、つい早口になるおれ。

 まさか――見られてたのか。

 いや、葛城の動画に見入ってたとはいえ、奴と話すときには細心の注意を払っていた。もし何か追及されそうになっても、姉貴ならともかく敷島相手なら切り抜けられる自信がある。たぶん。


「ううん、なんでもないです」


 そう言ったきり、敷島は黙りこくったまま、掃除を再開してしまった。いったい何が言いたかったんだろうか。考えているうちに時間は過ぎていく。両親からの夕食の誘いを丁重に断り、敷島宅を後にする。

 駅までの、歩道と車道の境目が埋まってしまった大通りを歩いていると、ざくざくと後ろから歩調を速めてついてくる足音が、一組。


「寒いだろ、なにも外まで見送らなくても」

「歩いているほうが身体もあたたまるかなと思って」


 後ろからついてくるくせに、決して隣に並ぼうとしない。


「変な奴」

「今、私のこと変な奴だって思ったでしょう。思いましたよね」

「実際に変な奴だと口に出したんだ」

「むぅっ」


 振り返らなくてもわかる。敷島は頬をふくらませている。本当に犬みたいで、変な奴だ。

 けれど、変な敷島くるみのおかげで、首の皮がつながったまま生かされているのが実情だ。うっかり足を向けて寝られない。もし無事にホワイトデーを迎えることができたなら、お返しを最初に贈らなければならないのは敷島だな。いや、むしろ前倒しで渡すべきだろうか。怪しまれるだろうな。それに最後まで諦めるつもりはない。糞みたいな運命を甘んじて受け入れるのが大人なら、そんな大人にだけはなりたくねえ。


「誰に負けても、おれは自分にだけは負けねえからな」


 聞こえないように呟き、夜空に向けておれは拳を振り上げた。白い息が高く昇っていく。犬の遠吠えが後を追いかけるように辺りに響いた。


「千鳥くんも十分に変な人じゃないですか」


 苦笑を漏らす気配が背中越しでこそばゆい。


「じゃあ変人しりとりでもするか。まずはおれからな。アインシュタイン」

「どういう話の流れですか。しかもいきなり終わってるし」

「なら変人部でも作るか。敷島が部長で、入部資格は変人であること。活動目的はみんなを変人にするってのはどうだ」

「……千鳥くんの、ばか」


 足音がぴたりと止む。歩道橋を渡れば、駅はもう目と鼻の先だ。

 振り返る。

 傘を差していた敷島が、ダッフルコートの肩についた雪を払ってから顔を上げた。車道を行きかう車のヘッドライトや繁華街の看板に照らされて佇む敷島の瞳には、決然とした意思がこもっていた。今もなお舞い踊る粉雪が、彼女を幻想的に彩る羽衣にすら思えたのは、おれが自分に酔っているからかもしれない。


「変人だからって、部活なんか作らなくてもいいじゃないですか。私には茶道部がありますから」

「ただの冗談だからさ。あんまり深く受け止めるなよ」

「だから、ね。お互いに変な部分を戒めるためにも、千鳥くんも私と一緒に茶道部で鍛え直されましょう」


 ん? なんだか雲行きが怪しくなってきたような。


「きっと千鳥くんも何か得るものがあると思うんです。私は一応部員なんだけど、文化祭が終わってからは幽霊部員気味で、行くのが億劫で。ごめんなさい、自分勝手な都合を押し付けてるとわかってるんですけど、せめて見学だけでも。あの、駄目ですか? 駄目ですよね……たぶん」


 言って、人差し指と人差し指をもじもじとつきあわせてみせる。

 くそ、卑怯だぞ。そんな仕草を見せられて何の躊躇もなく断れる奴は冷酷非道な人間か、酸いも甘いも噛みわけた熟練のリア充と相場が決まっている。いや、真のリア充はリカバーの立ち回りが上手いから傷口が広がらないのか。


「毎週金曜日の放課後に活動してるはずなんだけど――」


 放課後は葛城に勝負を挑まなきゃならない。あいつとは約束を交わしているわけじゃないが、大抵はいつでも稽古を開始できるように待ってくれている。どちらかを選択する行為は、どちらかを切り捨てるということだ。果たして両立できるのか。

 否――できるか、ではない。やらなくてはならないんだ。おれはやれる。きっとやれる。


「そういうわけだから男の子はいないんだけど、たぶん先生が不平等に扱うことはないと思うの。よろしくお願いしますね、千鳥くん」

「おう、任せておけ」


 半分くらい聞き飛ばしてしまったが、なんとかなるだろ。

 おれは不可能を可能にする男。たかが(茶を)淹れたり出したりするくらい、女装に比べれば何倍もマシなことは明白だ。

 ――などという舐めくさった態度で部活に付き添ったのが、手痛いしっぺ返しを受ける羽目になると、この時のおれは思いもしなかった。学習能力ないな、おれ。


   ◇


 翌日。中庭にいた葛城に「今日は用事があるから顔を出せないかもしれない」と一言断りを入れてから、不安げな様子を隠せない敷島と合流した。

 入りにくそうに佇んでいたので、先頭に立って部室に入る。以前に葛城を探しに行った時とちがい、女子部員が五人ずつ向かい合って正座していた。一番奥の上座には目を閉じてじっと動かない老魔女こと茶道部顧問の姿があった。


「お、お久しぶりです……」


 背中に隠れていた敷島が顔を覗かせる。おずおずと声を発すると、場にそぐわない朗らかな声が彼女を迎え入れた。


「やっほ、久しぶりだねくるみっ」


 一番手前に座っていた三つ編みの女子が、足を崩してひらひらと手を振る。


「最近こっちにあんまり顔を出さないからみんな心配してたんだよ。でもまた来てくれてよかった。お帰りなさい」

「ご、ごめん。心配かけちゃって」

「そういう時は『ただいま』でいいのよ。ところでさ――」


 と、当然のように物言いたげな複数の視線が一斉に飛んできた。この時点ですでに役目は果たしたことにして帰りたかったんだが、敷島にブレザーの裾をきゅっと掴まれては、もう後には引けなかった。

 おれは気さくに声をかけてきた同級生らしき女子に、社会勉強のために見学したいんだが、ともっともらしい理由をつけて、顧問に伝えてもらうように頼んだ(後で聞くと、この三つ編みの女子こそが敷島におれの番号を教えた張本人らしい。つまり鈴木とよろしくお付き合いしているとかなんとか、まあどうでもいい話だ)。


「聞こえていますよ」


 心の中の自己(persona)を召喚しそうな勢いで老魔女がくわっと開眼し、ひとつ咳払いをした。

 弛緩しかけた空気が再び張り詰める。暖房は効いているのに、ひやりと足元から冷たいものが這い上っていく。


「たしかあなたは、一年二組の千鳥さん、でしたね。見学だけでも結構ですが、お茶を頂いていかれてもいいですよ。いかがされますか」


 にこりともせずに顧問。歓迎されているのかそうでないのか、さっぱりわからない。まあ普通に考えたら、千利休のせの字も知らない程度の門外漢が乱入したって活動の邪魔になるだけだよな。かといって、部屋の片隅で活動が終わるまで正座で待機していられる自信はまるでない、

 ならどうすればいい。考えろ。この放課後お茶会戦争、生き残りをかけた最善の策。それは。


「何か手伝えることはありますかね? 配膳の準備でも、なんでもしますから」


 無い頭で考えた末に導き出した生存戦略。これなら長い間、座り続けることもないし、他の部員の邪魔にもならない。ついでにKPも稼げる。

 顧問が片眉を上げる。やや間があって、口を開いた。


「わかりました。では、必要になったら声をかけますので、くつろいでご覧になっていてください」

「ありがとうございます」


 頭を下げると、敷島がまた裾をくいくいっと引っ張ってきた。白い手を耳に当て、顔を寄せてくる。


「千鳥くん。ありがとね」


 小声で耳打ちすると、荷物を置いてから上履きを脱ぎ、そそくさと座敷に上がっていった。くすぐったい感触を覚えたまま、おれも後に続いた。

 それから――数時間。少なくとも窓の外はすっかり藍色から黒に変わりそうな頃合い。


「けっこうなお点前でした」


 おれの出番は毛もとい茶筅ちゃせんほどもなかった。座布団と茶器の片づけくらいは手伝ったが、果たして手伝いのうちに含めていいのかどうか。せめて茶器を洗うくらいならと申し出てみたが、女子が多数派を占めるコミュニティ特有の固有結界「結構ですから」によって、縁の下の力持ちとしての機会も奪われてしまった。


「だいじょぶ?」


 顧問が姿を消し、他の部員もほとんど帰ってしまった部室。最後まで残っていた三つ編みの女子にまで気遣われてしまった。結果として座っている時間がほとんどを占めていたせいで、足の痺れが限界に達してしまった。

 要するに、立てねえ。


「そのうち大丈夫になるから、気にしないでくれ」


 敷島もいる手前、強がってみせたが、あっさりと見抜かれてしまう。三つ編み嬢がほくそ笑み、帰り支度をしている敷島に呼びかけた。


「だってさ、くるみ。ちょっと彼の土踏まず、棒でつついてみたら。つんつんって」

「駄目だよエミちゃん。千鳥くんが死んじゃう」

「勝手に殺すな」


 痺れどころかもはやふくらはぎから先の感覚がないに等しい状態だというのに耐性ありすぎだろ、お前ら。


「あははっ、ジョーダンだから真に受けないでってば」


 悪びれもせずに三つ編み嬢が笑う。それから、声を潜めて「ところでさ……」と敷島に小声で話しかけていた。

 内容は断片的な相槌くらいしか聞き取れなかったが、時折ちらちらと視線を向けてくるのが、居心地の悪さに拍車をかける。

 ……早く帰りてえ。


「じゃ、お邪魔虫は先に帰るとするわ。次もまた来るのを待ってるからね、くるみ。と正座の彼氏もバイバイ」


 不穏な言葉を残して、三つ編みを揺らしながら去っていった。

 戦々恐々といった具合で、敷島が近づいてくる。


「帰っちゃった。うん、そうだよね。がんばらなきゃ」


 ぶつぶつと独り言を漏らしていた。ダウジング棒のごとく人差し指を立てながら、なぜか抜き足差し足で背後に回りこもうとする。


「おい、なんのつもりだ不審者」

「ひゃ、ひゃいっ」


 挙句に舌を噛む始末だ。


「わ、私はべつに興味本位でつんつんしたかったわけじゃないですよ? ただ、心配だったから千鳥くんのことを診てあげようかなと思っただけで、他意はないです。はい」


 口ごもりながらわたわたと手を振って釈明しようとする敷島。つい最近にもどこかでこんな挙動不審な奴を見たような――あ。


「お前、チッポに似てるんだ」

「ふぇ?」


 敷島が顔を上げる。しまった、敷島のせいで独り言の癖が感染うつっちまった。


「ちっぽ、って誰ですか」

「なんでもない。忘れてくれ」


 早口になりそうになるのを抑える。人間、我慢のしすぎは禁物だな。


「それより手を貸してくれないか。マジで立てない。なんつーか、座っていただけなのに一日分のエネルギーを燃焼した気分だ」

「かなり重症だね、千鳥くん」


 敷島に手を貸してもらって、立ちあがる。


「そういえば、敷島って茶を飲むときも手袋をつけてるんだな。手が滑らないのか?」


 時間差で押し寄せてくる痺れの波を誤魔化すために適当な質問を投げてみる。


「寝る時はさすがに外してるよ。でもどうして急にそんなことを?」

「まあ、この状態を見て、察してくれ」

「あっ……。それじゃまた変人しりとりでもしますか? 今度は私からで。フセイン」

「もうそれはいい」


 しかも微妙にきわどいから。

 ややあってからエントランスに出ると、室内との気温差に肌寒さを覚えた。もう明日から三月だというのに、今年は異常気象だな。ここのところ、毎年のように異常気象がどうとか叫ばれている気もするが。

 二階からは、掛け声やボールのバウンドする音が聞こえてくる。あいつはまだ学校に残って練習しているんだろうか。


「タマちゃんのところに行くんですか」


 心の中を見透かすように、敷島が言った。

 なんで知っているのかと一瞬思ったが、そういえば最初にメールで葛城の居場所を教えてくれたんだったな。あの昼休み以来、葛城は店に姿を現していない。おれが葛城から一本を取らない限り、本当のことを話すつもりはないんだろう。その固い決意は十分すぎるほどに伝わっている。


「行ってあげてください、千鳥くん。きっとタマちゃんは千鳥くんが来るのを待ってるはずだから」

「敷島はさ」

「なにか言いましたか」


 一旦言葉を切ってはみたが、続きを言うべきかどうか迷う。だが、結局正面から訊ねることにした。

 あいにくと回りくどい真似は苦手なんだ。


「三日前の昼休みに、敷島は葛城と何か喧嘩でもしたのか」

「――どうしてそう思うんですか」


 ささいな、あまりにもささいな変化だ。

 季節はずれの花火のように瞬く間に弾けていく日々の中で、彼女の近くにいる機会が増えたからこそ、微細な感情の揺らぎに気づけたのかもしれない。葛城の名前を出したとたんに眉をひそめたように見えた。

 思い当たることはあった。店内で仕事に集中できず、葛城の倒し方を考えながら動画を見ていたときだ。おれからスマホを取り上げて、食い入るように画面を見つめていた敷島に対して覚えた、形容しがたい違和感に似ているんだ。

 つまり、敷島の機嫌が悪かった原因は、おれが(店長の命令とはいえ結果的に)仕事をサボって先輩とのぬるま湯トークに浸っていたからだけではなく、複合的な要因が積み重なっていたことにあるんじゃないか。積もり積もった感情のズレに苛立ちを覚えていたと考えればしっくりくる。


「私はタマちゃんと喧嘩なんかして――」


 とすれば――


「敷島。今から時間あるか」


 おれに出来ることは、ただひとつ。


「えっ、えっ。え、ええ、はい、ありますけど……」


 迷える敷島を導くべく、おれは敷島の手を引き中庭の方向を指差す。


「行くぞ。葛城はきっとそこにいるから」

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